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ヘイゼルとミハエル‐強化人間について

 

 

「はぁーあ、幾ら作っても作っても、全部無駄に思えてくるんだけど」


 豪奢なプラチナブロンドを掻き揚げて、彼女は端末を操作する作業を一旦停止させる。


「しょうがないだろう、強化人間の作成なんてのは、膨大な無駄があってこそ、大量生産が第一に必要なんだ」


 対する言葉は、端末の後方、壁に背を預けて、下方を見ている金髪碧眼の青年から発せられた。


「分かってるわよ、それくらい百も承知。

 だけどね、幾らこちらが手塩に掛けて育ててあげても、まったくの一瞬で壊れちゃうアレ、あの軟弱さが恨めしいのよ」


 本心から恨めしそうに、怨敵を睨むような凄い実を持って放たれる言の葉を、対する彼はやれやれと受け流す。

 端末の上部に描かれる立体の空間窓、『試験終了・生存者なし』、その事実を言っているのだろう事を理解する。 

   

「まあ、何度も言うが、しょうがないだろう。

 超一級品の強化人間てのは、確立定量的にしか生まれないと、穏やかに諦めるべきだろう」


「そうね、そう諦念を抱いたら、その瞬間、そもそも強化人間なんて必要ないって結論を、認めることになるんだけどもね」


「この前も聞いたが、一級の強化人間で、妥協する案は駄目なのかい?」


 端末を畳んで、椅子からも立ち上がり、背越しの会話から、対面に位置するように向き直って彼女は言う。


「全然駄目ね、駄目中の駄目、よ。

 私達が対するのは、相手は、掛け値なしに、それこそ超大国って言っても加減じゃない、大国の軍隊ってね。

 一級の人材なら、掃いて捨てるほど、腐るほどいるでしょうよ。

 だから、超一級品が必要なのよ。

 局地戦闘で完膚なきまでに圧倒し余りあるほどの、破格級の戦力が。

 そして、幸いにも、私達はあらゆる非人道的な英才教育ができる環境、陣営に属している。

 その強み、メリットを使わない手は無い。

 相手は正義の自由民主主義国家、まあ所詮上辺だけの建前だけれど、、、。

 とかく、それに雁字搦めに縛られて、こんな事は公に絶対にできない、少なくとも、手広く大規模にはできないでしょうね」


「ふーむ、それはそうだな。

 一応東側諜報機関が調べてくれているみたいだが、そういう動きも西側にはないようだし」


「別にあっても構わないけどね、それを出汁に、いろいろ揺すったりもできそうだし。

 まあ、それも敵は心得ている、変に外交カードを握られるよりもってね。

 それに小規模にこんな事をしても、得られるメリットも少ないでしょうよ」


 言いながら、立体空間窓をお互いの間に出現させて、新たな情報を閲覧する彼女。


「これから、知力特化の素体たちを見に行くわ」


 身を翻らせる彼女に対して、金髪碧眼の彼は背を壁から離しつつ、優雅な紳士のように「お供しますよ」と会釈してみせた。


 研究所特有の、無機質で人間味の排された通路、端的に言うなら陰鬱な雰囲気漂う場所を歩きながら二人は話す。

 

「はあ実際、大規模にやっても、払う費用に見合ったメリットが生まれるか、微妙なラインなのよね。

 もしこれで西側が成果を出してたりした、私が発狂してしまうわよ」


「さっきの話の続きか? 大丈夫だろう。

 この手の非人道サディスト研究で、お前に勝る人間がいたら是非ともお目に掛かりたいね」


「お褒めに預かり光栄の至りだわ」


 それに対して彼は「だいたい発狂してくれるなら、それはそれで俺にとっては見モノだしな」と軽い口調で言う。

 頬をわざとらしく膨らませて彼女は「ふざけないで」と怒った風も無く言う。

 「ふぜけてなどいない、俺は本気で見たいぞ」と身を乗り出すような演技っぽい口調。

 「ぶっ飛ばしてやろうかしら」拳を怒らして、彼にぶつけるような構えを取る。


「冗談はこのくらいにして」


 変に脱線した話を戻すように一息、彼は「冗談でないが」などと、まだ無駄口を叩こうとするのを咳払いで一蹴する。


「知能特化型も、戦闘特化型と同レベルの成果しか出てないのよね」


「お前の求める超天才は現われないか?」


「駄目ね、後継者でも現われない限り、わたし程度の天才すら現われる見込み皆無よ。

 それでも、まあ、この旗艦を始め、重要度の高い艦艇のオペレータができる人材は幾らか量産できてる、それはそれで喜ばしい事よ。

 でも、インテリ物量でも勝る敵に、この方面で優越しようとは、流石に想ってないわ。

 だいたい生粋のサラブレットを生み出すなら、両親や環境から整備しないと、土台無理って分かりきってる」


「その点じゃ、お前の娘はどうなんだ? 思えば、余り話題に出してなかったな」


 その話題に転換したタイミングで、彼女の表情が一線を画して変わった。

 それは或いは母親と呼べるものだったのか、付き合いの長い彼なんかは、不意の変化にそう思ったものだった。


「見込みで言えば、かの帝国の娘達にだって、引けをとらない自信があるわ。

 なにぜ、最高の環境、そしてなにより、わたしの献身的な愛情を一身に受けて育ち、花開いた娘だもの。

 まあ仮に、もし、これで、将来的にはなんの成果も出さない変哲な娘に脱するなら、わたし自らの手で殺してあげるつもりだし、、、」


 流石に、そう流石の彼でも、この彼女の有様、狂気の深さには戦慄を禁じえなかったのか、宥めるような合いの手を入れる。


「おいおい、ヘイゼルちゃんは貴重なロリだ、殺すなら俺にくれ」


 一瞬の戦慄のあと、回帰した彼は、発想を転換したのか、それを凌駕する狂気を覗かせた。

 今度は彼女が目を丸くして彼を見つめる番だった。


「ああそうだ、面白いこと思いついちゃったわ、こういうのはどう?

 例えば、任務でヘマをしたら、今までは私が手厚く優しくお説教してあげたけど、今度は、貴方に性的な奉仕をさせる、とか?」


「おいおい」彼は曖昧に笑った。

「ふっふ、こういう所も含めて、娘の教育は完璧よ」彼女も似たような笑み。


 そこで目的地についたのか、厳重そうな装いの扉が、滑らかに左右に自動的に開いて、彼彼女を招く。

 二人がついた場所では、沢山の筐体が等間隔でずらりと並んで、その静かな稼働音を響かせる場所だった。

 その一つに手を掛けながら、彼女は語る。


「幼少期から、生体ストレスの限界スレスレで、何度も何度も過負荷の情報を出力すれば、まずは第一選別、見込みのある脳が残るわ。

 それから、基本は専門特化の知識を学ばせる。

 全体を統括し、俯瞰する視点が必要な、指揮官タイプは直属の生え抜きで十分だしね、今のところは、信用の問題もあるし。

 そして稀に発生する天才タイプ、この場合の天才ってのは、天才中の天才ね。

 彼彼女達には、別途に学ばせる事がある。

 戦闘にも成らせられるなら、陸戦特殊兵、つまり暗殺者ね、プラスして機動兵器運用も視野に入れて文武両道鍛えていく。

 それ以外なら、多少適正を見て、艦船運用、幕僚業務、特に梃入れが必要な研究のフォロー、とかね」


「なるほど、それで、目に見える成果は、具体的に数量で答えてくれ」


「四よ、私の娘も入れれば五になるわよ。

 最前線に展開されている、俗にいうスーパーエース、敵に伍する力量がある乗り手の数」


「よくやった、と、俺は褒めればいいんだろうか?」


「私が直接調整して、目に掛けてもコレ、あまり意地悪なこと言わないでね」


パソコンが、溶けている?

 熱暴走ウイルス? いや、幾らなんでも、こんな風にドロドロに溶けるわけがない。

 つまり、幻覚ウイルス、ここは己の電源を落とさなければ。

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