虚空の雷鳴
「我らの遠征艦隊がとうとう敵辺境主力軍と交戦に入ったそうだな」
ここは人類の中心―――とも一部の風刺記者より評される、巨大なドーム状の空間。天井はさながら硝子のように透き通り、特別な加工によって天よりの光を取り入れている。壁は基本的に大理石、ゴシックを基礎とした一流の建築家による意匠はまさに荘厳というべき、いるだけで襟を正されるような場所である。その更に中心、一段高いところにある座席に腰掛けた女性の言葉の響きはどこかヴァイオリンにも似る―――
「はい、陛下。遠征艦隊はカルツェイドを出撃、作戦を開始しました。結果は3日後ぐらいに出る事でしょう」
返す男の声も、流暢な英国風英語で美しい。耳を刺激する音は、この空間には1デシベルといえども存在しないのだ。
「ふむ・・・・・・卿の息子殿は流石だな。それに比べ我が娘ときては・・・・・・ジークフリート殿に迷惑をかけていなければよいが」
「私の息子じゃなくて、養子なんですけどね・・・・・・。まあそれはともかく、両殿下ともよくやっておられます」
この国において皇族は極めて複雑な存在であった。お互いに血の繋がっていない事の方が多いのだ。
もっともこの男―――エーリッヒ・フォン・クロイツフェルト、人類帝国軍の事実上の最高司令官である軍令部長に到っては皇族ですらなく、たまたま両親を喪ったオストマルク大公爵ジークフリートの面倒を見る事になっただけ、それでも今や皇太子の親と見なされているのだ。
人類帝国。内政権のほとんどを自治体に任せ、政治及び軍事的統合のみを目的とする、いわば共同体組織。その方針を決めるのは、彼女、人類帝国第479代皇帝ローザとこのクロイツフェルト、そして宰相ヴェストファーレン公のまだ十分に若い3人であった。いかに強大にして広大な人類帝国といえど、一番上の者達の数などは極めて限られてしまうもの―――
「修辞は必要ない。私にとって興味があるのは軍の勝利、国家の反映のみだ。娘もその為ならただの一兵に過ぎない」
冷徹な声で告げる女性。こういう時に、彼女の類稀な美貌は他人の心に吹雪すら吹き付ける。
「ならば、もう少し正統な評価もなされる事です。陛下のご息女殿こそは帝国軍の必要とする人材です、我が職をすぐに譲り渡しても良いぐらいの」
「残念だ、私にそのつもりは無い。娘には情が移るからな、側近になど天地が入れ替わろうとありえぬ」
慈悲深く、同時に厳格に―――その結果この女帝が身につけた術は一種の差別だったのかもしれない。身内を極めて低く評価し、厳格に接するという。そうしなければ、立場上他への示しがつかないとも考えたのだろう。
「陛下のお決めになる事ですから。それが帝国の為に一番ではありましょう」
「そうだ・・・・・・帝国の為にはな」
呟き天井を見上げる彼女。その先に広がる虚空は、どこまでも冴え渡っていた・・・・・・
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星降る日々に
第3話 『娘達の帰宅』
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虚空に連なる大艦隊。目に入る限り、無限に続くそれら。上も、下も。太陽光の反射を受けて輝く黒の塗装。
透過壁ごし―――正確には更にカメラで取り込み映像処理されて室内壁に投影された、だが永遠の夜。それをじっと眺めやりながら、彼女は軽く頭を振る。背中に掛かった期待に、重みを感じないとしたらそれは嘘になるのだ。
(多分、ジークも。あるいは、エレアノールさんなんかも。きっと今は首が重いのでしょうね・・・・・・)
この作戦を組み立てた手前、彼女には最高司令官と同じく最大級の責任がかかってくる。何十兆という将兵の生命が彼女の両の掌の上にある。中にはその事を喜ぶ人種もいるだろうが、彼女は逆だった。軍人としては大胆な彼女もこういう事に関してはずっと繊細な人間なのだ。戦争は確かに彼女にとって享楽の一面を―――それも最高級、麻薬のような―――持つが、しかし同時にこうして大きな負担を精神にかけるものでもある。
あの時―――結局彼女はエレアノールの手前で勝利を約束したのに均しかった。確約は出来ないと言っても、こちらの努力を認めろという主張は、結局は勝利の約束と同義なのである。その事が無くとも常人には押しつぶされてしまうような重責が、彼女には伸し掛かっているというのに。
(自分から荷を重くするような事をするなんて。愚かね、本当に私は愚か・・・・・・母様に嫌われるのも当然だわ)
彼女の母親―――皇帝ローザは厳しい親だった。皇女にも関わらず父のわからない彼女にとっては、唯一の親。それなのに、母は彼女に砂糖菓子のような愛情を注いだ事が無い。ただ、情に薄いという訳では無い事は、彼女自身深く理解していた。出来る限り彼女に関わろうと時間を割いてくれた事からもそれはよくわかる。だが、その時間のほとんど全てで彼女の母は彼女にとって恐怖の象徴以外の何物でもなかったのだ。
子供は飴と鞭、そして若干の愛で育てろ―――そんな諺が人類帝国にはあったが、彼女の母は冗談抜きで鞭をその手に持った。めったに振るわれる事は無かったが―――子供の頃、隣の子に意地悪した時は一晩中叩かれた数を数えさせられたものだ。
彼女の母は本気で彼女の事を出来の悪い娘だと思ったようだ。本人の前では決して口に出す事は無かったが。たぶん、出来が悪いから嫌われている―――そう彼女は本気で思いこんでいる、その根拠は小さい時帝王学を教え込まれたのに長じてからは作法や礼儀ばかり教えられるようになったからだ。彼女の母は母で彼女に期待していたのだろう、だから一見急いた様な事をした時もあった。でも、彼女にはその事が理解できなかったのだ。
(自分に背負える分だけの約束をせよ・・・・・・たとえ相手が友人でも、責任を持てない約束はしてはならない。それが相手への愛情)
どうにも彼女は根が優しすぎたようだ。それもただ優しいだけで、自己満足してしまうような所がある。自分に対して厳格になりきれないから、他人を突き放すという、その真実の思いやりを行う事は彼女自身無理だと気付いているのだ。その面で、自分は絶対に自分の母を越える事は無いとも。
(母様・・・・・・戦いの前に貴女に想いをはせる、そんな娘なんてお嫌いですよね・・・・・・)
嫌わないで。子供の時はそう思った。嫌われても構うものか、駆け出しの士官の時は心のどこかでそう思っていた。
今は―――深く嫌われた方がそうでないよりもいい。無関心には耐えられない、それだけだ。子供じみているが、そうなのだ。
だからこうして時折心の鏡に持つ。少しの曇りも無い、ほんの少しの成分であっても自分の醜さを映し出す、そういった鏡を―――
『クラウディア元帥殿下、艦橋までお越し下さい』
名前で呼ばれる軍でも数少ない存在。男性士官の声が耳に届くと共に彼女は振り向き、鏡の前に立つ。長髪を軽く整え、軍服の襟を正し、傍らの物掛けから高級将帥用の純白のマントを手にとって身に纏う。ホルスターの位置を修正、身も心も―――臨戦態勢だ。
「わかりました。5分で行きます」
将兵達の中では―――彼女はどちらかといえば敬愛はされているが同時に可愛がられているようでもあった。士官としてはあまり好ましく無い状態だ、士官たるものは本当なら多少畏怖されるぐらいでなければいけないのに。だがどうしても彼女は丁寧になりがちだ、たとえ相手が一新兵だったとしても。その為に皮肉屋から風刺画を書かれたり、あるいは全軍の中で最も同人誌のタネにされる事が多い将帥という側面も持つ。
だが今更評判を変える事も出来ない。旗色を翻して将兵達が持つ彼女の寝起きを捉えたプロマイドをとり上げる事すら出来ないのに態度を豹変させてもポーズだとしか思われない事だろう。彼女は道化であり、そのキャラクターを変える事で生じる士気の低下を思えば、こうであり続ける他無い。
ともかく彼女は通路に出て、艦橋へと歩き始める。距離的に言えば艦の中心に存在する―――西暦の頃の艦船のように見晴しのいい場所にある訳では無い、もっとも防御区画の内側に存在するのだ―――艦橋までは特等の彼女の部屋からは近い部類に値する。歩いて行けるからだ。
指揮官や幕僚の中にはこの移動の最中にフライウインドウを展開して情勢を把握する者もいるが、彼女は決して歩いている最中にはそれをする事が無い。前が見えなくなるからで、それで人にぶつかったら悪いと心のどこかで思っているからである。彼女は何もせずただ早足で歩き続ける。
あれほどジークフリートには突きかかる彼女も、彼以外の前では昔からおしとやかすぎた。それが彼女の足かせにもなっている。
「殿下」
敬礼、彼女もすかさず答礼。目の前にいるのは引き締まった体躯の持ち主、最高司令部護衛室長オットー・ニコラウス・カリウス准将―――彼女にとっては特別な士官の一人である。はじめて軍務に就いた時の直接の上司、前線部隊の大隊長であったのだ。
「カリウスさん、異常はありませんか?」
彼女にとっても敬愛の対象である。いや、人類帝国軍装甲擲弾兵にとって等しく彼は敬愛と畏怖の対象だろう。人類帝国一の勇者と賞賛する声も多く、陸戦将兵達で彼の名前を知らない事は決して無いのではないだろうか?生き続ければ、まず間違い無く装甲擲弾兵総監だろう。そうなった場合、軍令部長までにしかなれない(それでも帝国のNo.2ではあるが)彼女は彼と同僚と言う事になる。上司と部下と言う関係はいつか崩れる。
「ありません、殿下。装甲擲弾兵はいつでも出撃可能です」
「結構です。モーリシャス攻撃に必要になるでしょうから。あとはいつ、一旦休憩をとるかですね」
2人は並んで歩き続ける。廊下に立つ儀杖士官達が彼らに捧げ銃を行っている。それに彼女はいちいち軽くではあるが答礼を返している。
「この作戦の骨子はいつこの第1集団と第3集団が最終ジャンプを行うかにある、ですね?」
「その通りです。それに基づいて各構成降下装甲擲弾兵部隊には休息のタイミングを測らなければ。カリウスさんの助言が必要です」
彼は役職こそただの護衛室長だが、ある意味前線の陸戦元帥よりも彼女にとっては重要な人物であった。その実績を高く買っているからこそ、高級幕僚級の扱いを行っている。9年前は大尉、銀河帝国軍との戦いで大いなる武名を上げつつ、最前線でありながら部隊の損耗率は最低だったのだ。それから彼は僅か2度しか戦闘に参加する機会が無かったが、そのいずれにしても冴えた部隊指揮と味方の危急を救うという英雄的行為を行い、限られた戦闘回数の中で准将まで昇進した実力者である。陸戦は彼に任せて誰も意義を唱える者はいないのでは無いだろうか?
勿論小部隊の指揮と軍の指揮は別物だが、彼女が長い間付き合って導き出した結論は、むしろ軍の指揮にこそこの人物は力量を生かすのではないかというものだった。そうである以上、この作戦の最中ぐらいは試してみる価値があるというものである。
「荷が重い話ですね。ですが将兵達の為に、私も全力を費やす事にしましょう」
そう彼が言った時、目の前の扉が開く。巨大な空間が彼女達を待ち受けた。
艦の制御中枢であると共に最高司令部の中心も同時に占める艦橋。当然その大きさはスタジアムと比するに相応しいものとなる。ここからだと下まではかなりの距離、まずそんな事はありえないが、落ちれば彼女のような身体の丈夫な人を除いて重傷は免れ得ない。こういった危険が一応この艦橋にも存在するが、高さは権威の象徴でもあるから、そちらが重視されているという事情を彼女などはよく知っていた。
「総参謀長元帥に敬礼!」
手を離せない者を除き全員が彼女に敬礼する。移動しながら彼女は答礼で返し、コンソールの前に立って問いを投げかける。
「状況の報告を」
これは多分に形式的なものである。部屋を出る前に彼女は状況を確認しているし、重要な情報なら敬礼などの前に担当士官は彼女に話しかけにくるだろう。大事な時までに特別な意図を除いて無駄に形式を重視する愚か者は人類帝国軍士官にいない。
「索敵部、変わりありません。敵主力は第4集団の牽制に対応中です」
「集団運用部、同じく変わりなし。現在第2種警戒態勢で行動中」
「本部分艦隊、異常無し。0.21光速で戦略座標E-4132内α211ポイントへ移動中です」
「全艦エネルギー残量99.7%以上」
「"スクイード"、完全巡航状態。異常ありません、殿下」
異常が無い―――結構な事だ。いかに彼女が内心ハプニングこそを楽しむ体質の持ち主とはいえ、いつも異常ばかりというのでは困りものである。矛盾した感覚を一切人には感じさせずに彼女は軽く頷く。高級士官らしくそれは静かで一応威厳の欠片ほどはあったと見ていい。
「そう・・・・・・ケッセルリンク閣下はよくやっておいでのようね」
本来主攻軍であるところの第4集団。ほとんどの人間は、敵は尚更その認識でいる事だろう。その為の工作を彼女はいくつも打ってきた。今回、第4集団には作戦84個戦域艦隊のうち最大の35個戦域艦隊を預けている。モーリシャスを北西、正面から最大の集団が攻めているところから見れば主攻軍だったとしても何の不思議も無い事だろう。だが―――彼らは陽動である。
勿論、あまりに実体が敵の想定に対して弱ければ陽動にはならない。ケッセルリンク帝国元帥は既に敵主要機動部隊30個戦域艦隊と交戦し、これを僅か2日で完全に敗走せしめていた。彼の率いる部隊は確かに敵にとり差し迫った最大脅威であり、現在彼らの浸透を防ぐ為に新たな迎撃部隊を第4集団にあてている。その総数は45個戦域艦隊以上、少なくともモーリシャスを護る55個戦域艦隊のうち18個は迎撃部隊に加わりモーリシャスより離れてしまっていた。更に5個戦域艦隊にも及ぶ予備と巡検部隊のかなりもこの迎撃部隊に参加しているようなのだ―――陽動は成功である。
偵察による最新の情報によれば敵部隊はケッセルリンク元帥による敵30個戦域艦隊による機動部隊撃破前で91個戦域艦隊相当。予測よりも微妙に少なく、それでいてこちらは当初の予定よりも4個戦域艦隊も―――第6集団司令長官ファーニバル帝国元帥のお陰だ。彼は手早く星系占領活動を終息させ、4個戦域艦隊も援護に送ってきてくれたのだ―――多いのだから、戦力差はかなり埋まってきている。今や陽動を除いた決戦兵力で言えばこちらの方が上になっていると確実に言えるだろう。
モーリシャス及びその周辺銀河―――ノールも含まれる―――を堅めた艦隊数は先程も言ったとおり55個戦域艦隊。一方こちらはまずこの方面の新たなる主攻軍として第5集団19個戦域艦隊があり、これがノール方面より敵を圧迫し、できれば多くモーリシャス以外の敵を誘引する。そして気を見てこの第1集団16個戦域艦隊、第3集団14個戦域艦隊計30個の最精鋭が一気にモーリシャス星域にジャンプし攻勢を行う。
(・・・・・・ノール、ユミルを通ってモーリシャス。第5集団の進撃状況次第でいつこちらが待機点まで移動するか、決まる)
第1集団と第3集団はモーリシャスに突入する前に一度そのジャンプ範囲圏まで移動する必要がある。勿論そこは敵の勢力圏内であり、待機点と言えども長い時間いれば確実に気付かれ、完璧な防備態勢をとられる事だろう。流石にモーリシャスに完全な奇襲を行う事は無理としても、敵防御線の中への強襲だけは避けなければならない。
もっとも作戦上望ましいのは、敵(とその指導部)が無駄に戦意過多でカルツェイドに向かって大挙して兵力を向ける事であるが、クラウディアが見るに良くも悪くも鈍重な神聖帝国軍はそんな事をするはずが無い。一応カルツェイドに誘い込む準備だけはちゃんとしてあるが、それだけである。
相手が大きく動かない以上、第4・5集団を上手く使ってなるべくモーリシャスより敵兵力をはがし、短期間でモーリシャスの敵を撃滅、占拠するほか無い。能動作戦において問題なのは敵の出方であり、彼女はずっとそれを心配していたが、どうやら今のところは上手くいっているようだ。
後方の扉が開く。それだけで彼女は誰が入ってきたのかわかる。周囲の空気の乱れ―――敬礼だ―――からもそれは明らかだ。
「最高司令官殿下、第5集団は当初の予定通りノール星系に接近中です。まもなくノール星域会戦が始まるでしょう」
素早く振り向きながら同時に敬礼する。そこには完全に仕事モードに移行した彼女が存在した。
「ランカスターさんの腕を拝見するとしよう。総参謀長、α211他第1ジャンプポイントに各分艦隊が整列次第、一部警戒部隊を除いて休憩をとる事にする。恐らくこちらの出番がくるのは16から19時間後だろうから。モーリシャスまでの移動は4時間で十分だろう?」
「・・・・・・わかりました。4時間でやります。待機点付近に偵察艦群を機を見て多く配置、PJBを多く散布します」
(将兵達の休憩と言っても、私は休めないのよね・・・・・・。事前の準備は私の担当だから)
「その辺は任せよう。モーリシャス側には当然PJBは無いから、待機点での整列が大事になる。それについては?」
「プラン4132を参照下さい。この通りの整列手順を採りたいと思っています。勿論、理想状態下での推定に過ぎませんが」
「いや、構わない。このあたりは正直どれほど秀逸な計画を立てても結局は将兵の錬度次第だからね。プランに問題は無い」
ほとんど会話が跳んでいる印象だが、2人はDFSで多数の図表を参照しながら会話しているので、意味は通じている。
「将兵の錬度については信じる、としか言い様がありませんわね。宇宙最高の部隊ですから、期待に応えてはくれると思いますが」
たとえ宇宙最高の軍隊だとしても、出来る事と出来ない事はある。彼女が出来ない事を組み立てたかもしれないとは、可能性の一つである。
「いつまでも憂えていても仕方ないね。もはや犀は投げられた、賭けの結果は出るべくして出るさ」
それ以上の不毛な会話を回避して、ジークフリートは巨大なウインドウを呼び出す。この近傍の星域図である。
その時、彼女は気付いた―――彼の腰に"例の剣"がついている事に。ライノセスの時はなかったものである―――
―――貴方がいらしたなんてね、ジークフリート・フォン・マンシュタインさん。
彼女も"彼"と会話する事が出来た。その事に気付いたのは17歳、"生きている方のジークフリート"を許せるようになってからの話だが、それ以来、彼女もよく"彼"の助言を聞く事がある。何しろ相手は1万年前の英雄、何か考えている事もあるだろう。
(クラウディア君か。"生きている彼"からは色々と聞いている。エレアノール女王に何か嫉妬しているようだね)
だが、剣といえどこの人はこの人で度し難い人間でもあった。戦場に向かうというのに一言目がこれという事も無いだろう。
―――そんな事はどうでもいいんです。どうしてここにいるんです?ライノセスにはいなかったのに。
(ライノセス会戦なんてどう考えてもこちらが勝てるつまらん戦いだからな。今回の作戦は面白そうじゃないか)
溜息をつきたくなる。歴史上これほど戦争と言うものをゲームとして見なしていた人間はいないのではなかろうか?英雄、人格者などと1万年後の現代からは称揚される彼だが、考えてみれば馬鹿と天才は何とやらとも言うし、こういう度し難い性格の持ち主だったとして何の不思議も無い。
(それにだ、この戦いはいわばターニングポイントとなるのだろう?ここを完全に制圧する事で悪の帝国の本拠への扉が開くと)
―――冗談がきついですわね。でも、神聖帝国は打倒されなければならない敵です。たとえこの生命に替えても。
(君達2人は本当に似ているな。もっとも君の場合は"私のクラウディア"ともとても良く似ているのだが)
不思議な事に1万年前にもこの英雄の隣には女性の姿があったらしい。クラウディアという名前の、高級副官が。まるで歴史をやり直しているかのようだ、"彼"の口から"クラウディア"という自分の名前と等しい固有名詞を聞くたびにそう感じる。
―――残念ながら"貴方のクラウディア"と私は違います。時折同一視するの、やめてくれませんか?
(違う事はよくわかってるさ。何しろ君は私には優しくしてくれないからね、君が唯一心を預けるのは"君のジークフリート"のみだ)
話をしていても不毛な気がする。"彼"は余程の事が無い限り彼女に助言する事は無いからだ。それでも話しかけてしまう自分に彼女は時折首を捻りたくなる。どうして自分は"彼"と話をするのだろう、"彼"は今を生きる人間では無いのに。この世に"彼"は責任を持ってないのだ。
「・・・・・・第5集団、敵集団と接敵まであと何分?」
かすかないらだちを言葉で覆い隠す。今は戦いに集中する、そうすれば不毛な思考からも逃れられるのだ。
「あと40±5分です」
「そう・・・・・・はじまるわね、私達の戦い。アルトリウス作戦が・・・・・・」




