死出の木の極点たち・真理のミハエル、第一の邂逅衝突劇
その、そこは、病院のような施設である。
彼がみんなを連れて行った場所は、そういうところだった。
「ふーむ、ここで、真理が知れるってのか?」
率直に疑わしい話だ、怪し過ぎる。
だいたい真理って言うのが、意味不明で意味がわからないってモノだろう。
とりあえず、ちょっとだけ、気づかれないように覗いてみて、ヤバかったらやめておくか。
まあ、やば過ぎて、どうしようもない所だったら、それはそれでいい、そういう場所があると知れる。
最悪、この観測端末が殺されても、そういう場所を一知れるなら、等価交換として十二分に成り立つだろうし。
結果として、まあヤバイところだった訳だが。
診療みたいな所を受ける、隔離された場所で行われていたこと、それを一瞬だけひょいと除いた、それは。
自分が、奥歯を噛み潰すレベルで、実際噛み潰したわけではないが、しないと耐えらなかった。
あれは、正直一切不明でよくわからない行いだった。
パッと見ただけで、何してるのか、まったく概要が掴めなかったが、なんだか視力検査のような趣だった。
これは100%予測でしかないが、多分、あれは掛け値なしのガチの超洗脳か、あるいは操想術の類だろう。
少し見ただけだが、ソレを感じさせるだけの迫力はあった。
とてつもなく背徳的で罪悪的、害悪的な悪意とも言える、そういう雰囲気で臭いだ。
「君は受けないのかね?」
後方から声、みんなをココに誘った、その張本人だ。
「先生、そうですね、どうしましょう」
曖昧な返事をする、断言するのは躊躇われた、てか素直に危険な感じだろう。
「人間は真理を知るべきだよ。
そして初めて、物理的なストレスから解放されて、神のような意思、判断決断能力を手に入れられる」
ああ、なんか、一瞬で読めたぞ。
「そうですね、それが本当なら、確かに、みんながこぞって行きたくなる気持ちも分かります。
あんな、それこそあんな、研究施設だか教育機関にいるくらいだ、
真理の一つか二つも知りたがる、そういう知的好奇心が最低限ないと、どう考えてもやっていけませんから」
これまた曖昧な返事、はぐらかしていると見られても全然不思議じゃない。
「ならば、なぜ、躊躇っているのかね?」
「契約書を見ましたよ」
「それが、何か?」
先生の顔が、若干変わる。
まあそれは、変わっただけで、ポーカーフェイスが更に強固なポーカフェイスに変わっただけだが。
「あの契約書を見る限り、
もし、仮に、診断、みたいな事で、どんな事態が起きても、法規的処置から免れる」
この場合のどんな事態でも、というのは、別に殺されても、みたいな、無茶なことじゃない、
ただ、どんなモノ、例えば常軌を逸したスプラターやアダルト的な映像資料等々を、見せ付けられても、文句はいえない、
言うならば、例えばホラー映画を見る前の、警告文の発展して遥か延長線上にある、それを契約にしたようなモノだ。
「ああ、そうだが、それは当然であろう? 真理を知れるのだから、
あとあと、そんなモノは知りたくなかった、などと言われて騒がれても、こちらとしては困るだけなのだから、その対処くらいはさせてもらうよ」
「その真理というのは、本当に知るべきですか?」
「当然知るべきだ、物理的な、脳の限界、精神の限界から解放されてこそ、真に価値意味ある人生が送れる、これは間違いが無い。
精神的な限界、これを超越し、無限大の精神力とも呼べる、これを手に入れるには真理を知る以外に、手は無い」
「それって、真理に対する、盲目的な信仰、なんじゃないですか?」
先生は少し考える素振りをする、おそらく振りなだけの、ただの演技だが。
「確かに、そう言えるのかも知れない。
だが、わたしはそれが正しい事だと考える。
まずは、絶対的に従わざるを得ないモノ、言い換えて絶対的に正しいと思える何か、善と率直に言えるもの、
それを知り、そして、今よりも見識深い世界観で、人生とは生きた方が、間違いが少ない、そう思わないかな?」
ふむ、それには賛成、する。
深い悪意でも善意でも、所詮は無限大に高められる感情のレベルでしかない。
ならば、少しでも高い感情のレベルで生きるのが、刺激的で面白い、という見方も決して否定はできない、それを自分は知っている。
だが。
「自分は、やめておきます、さよなら」
それだけ言って、踵を返し後ろを向き、立ち去ろうと、そうとすると。
後頭部に衝撃、意識を刈り取られた。
「うぅ、、」
目が覚める、多分あんま意識を失っていなかった、そんな体感感覚。
「目覚めたかね」
目の前には、先生の顔がある。
身体が動かない、さっきまでいた場所、その地面に、押し倒されて、全身を全体的に押さえつけられている。
「ちょっと、なにするんですか?」
「さすがに、こういう事はしたくないのだが、しょうがない。
君は余りにも、余りだ。
その類稀な美貌に、それ以上に類稀な知性の輝き。
今まで生きてきて、君ほどわたしをソソッタ存在は、ゆえにして知らない」
それだけ言って、先生は他にはもう言葉はいらないと、ばかりに、自分の唇を奪ってきた。
それからは、一瞬、と、形容できるか、どうか、分からない。
端的に事実を表す言葉で言うなら、ありとあらゆる限り、陵辱の限りを尽くされた、としか言いようがありえない。
およそ、異性が異性にできる、可能な、征服という征服を尽くされた、のだ。
最悪。
「くッ、、こんな、、クズみたいなやつに、、、」
余りの衝撃に、そんな捻りもない悪態を、つかざるをえない。
顔に変なものを掛けられて、それから漂うアレな臭いが、もう最悪で最悪で最低で、意識が遠くなる。
自分は率直に、悔しい、こんなやつに、、、
この、あの人にだけ全部捧げたい、自分自身もどこまでも潔癖でいたいと願う、身体を、心に、魂の根底に
こんなにも深く接触されて、穢されて、一生拭えないほどの汚辱に塗れさせられるなんて、耐えられない、よぉ、
「どうだね?」
先生、いや、男は、やり遂げたような顔をしているんだと、そう思う、見える。
「」
自分は、なにも答えられない。
真理なんて知らないが、これが真理だと思い知らされた。
多分だが、みんなにこんな事はしていないだろう、わたしだけ特別、このような手法を使ったと見るべき。
思い知らされたのだ、彼こそ、悪の枢軸、悪の人、悪意の顕現、悪意のカリスマ、
そして、この広い世界において、だれよりも可愛そうで、それゆえに、誰をも魅了する、愛しい人、だと。
「わたしに従ってくれるね、リリー?」
自分は、こう答えざるを得ない。
「はい」
と。
「へえ、可哀そう、凌辱の限りを尽くされたんだね、リリーちゃん」
「うるさい、ヒルダも同じ目に合えばいい」
拗ねた顔で、観測端末の放棄を完了し、新規端末で、若干幼女化した彼女が言う。
「ヒルダーネットワーク機構に、あいつ、ミハエルの討伐を依頼するよ」
「ああ、ついにそうなるの、やっぱり聖書の力じゃ、異邦の地では不利だもんね」
「違う、相性の問題、あいつは知恵の木の次第の極点、真理を操るようなのよね、
しかも、目新しい新規ネットワークだから、歴史的権威の圧力に、概念的に強い傾向、
よって、私たちの力よりも、汎用性の高い貴方達の力、上部世界における大規模概念で押した方が良い感じなの」
「それで? 見返りは? それなりに期待できるんだよね?」
「うるさいうるさい、ていうか私って、聖書の現代既存組織系図の中でも、相当に偉い立場って、知ってた?」
「知ってるよ、智天使の象徴的権威存在? だっけ、相当に見上げた人だって、内心では思ってたよ」
「表に出しても良いのよ。
で、そうよ、私は独断で、組織的判断と思ってもらっていいってこと。
だから言うわ、ぶっちゃけ、最近の反聖書勢力の抑えとして、あんた達をもっと使えれば良いと思っているのよ」
「うんうん、分かるわ、世界を全体的に見てると、意外と最近は新興勢力の独立化が著しいモノね」
「で? どうなのよ、最大派閥の観測者様、私たちは、世界の全体的メリットに、果たしてなるのかしら? なっているの?」
「ふーん、そうね、正直な所、新興勢力の独立化も、様子を見たい、
でも、観測者としては、系譜的な繋がりが、地続き、貴方達を基盤にして、
つまり、聖書のような基幹を軸にして、そこから枝が伸びるような、新興勢力の在り方が、
少なくとも、私たちネットワークを最重要視する、外部から傍観するモノ、情報を司る知性体、観測者は最良と思うの」
「それで? 結論は? 貴方達は、最古の世界知に対して、協力的なのかどうか?」
「もちろん、世界を育む同志として、今まで通り協力するし、要請があれば、さらなる協力も考えるわ」
「なるほど、少なくとも過激派の抑えは、進んで行う意思があると?」
「まあ、見返りは要求するんですけどね、うっふっふ」
「嫌らしい顔をするな、知っている、観測者も、所詮は概念に束縛させるのだろう?」
「そうね、でもそれでも、世界を限りなく私たちで満たさない様に、できる限り世界の最外辺に、その存在の基盤を置きたいと思っているわよ?」
「ならば、聖書にお前達の記述を正統化するよりも、裏の、民間伝承の類の方がお気に召すのかな?」
「いいえ、聖書は絶対不可侵、民間伝承にも、特段興味はありません」
「だったら、なんだ? 望みは?」
「望みは一つよ、私たちは私たちの働きを、貴方達が隠ぺいしない事だけ、
真実を真実として、世界に合った事を、正確に、
そう、これは本当の意味で正確に、一切の真実を歴史の闇に、貴方達が葬らない事を願うだけ」
「なんだそれは、私たちの創作した聖書が、虚偽に塗れたマガイモノと、嫌みのつもりなら鼻で笑わせるのだが?」
「ええもちろん、そんなはずはないと、私だって、世界を覆う絶大な聖書の力で、力技で信じさせられていますのでご安心を」
「ああ、そうか、言いたい事は分かった。
例えば、ミハエルという、我々が定義する所の悪魔を、お前達が退治すれば、
その事実は、特に包み隠さず、己達の手柄とせず、というわけだな?」
「そう、別に観測者がやったとか、言う必要はありません、言っても良いですけど、
少なくとも、誰がやったのか分からない、世界の不思議として、放置してくれれば、
そろばんの勘定は、あと世界の辻褄はあいますので」
「あい分かった、私はそのように処理しよう」
「貴方以外には?」
「私がそうだと言ったら、私以外の全てが頷くはずだと、先ほど言ったよな?」
「喧嘩口調はおやめになって、わたし悲しく成っちゃうのよ?」
「道化の口調をヒルダがやめたら、考えてやる」
「うん、そうする、で具体的には? そのミハエルって奴だけを、とりあえずは潰せばいいのかしら?」
「そうだな、智天使が、端末を失い、みすみす負けたみたいな格好だからな、
さっさと血の制裁を加えてやらないと、権威がな」
「分かったわ、総力を結集して、できるだけ迅速に、事態を望む結果に陥れてあげましょう」
「そうだ、微力かもしれないが、この端末戦力も、加わっておくか?」
「お願いするわ、実を言うと、ここ周辺って使える戦力が少数精鋭で、なにかと数が必要な戦略戦術を選択肢に入れずらいのよね」
「大丈夫なのか?」
「大丈夫、そのかわり、特級の戦力が配置されているの」
「まあ基底現実だしな、お前達のような超越者は、存在秘匿や身内のトラブルを考慮すればってやつか?」
「そう、信頼信用のおけない端末は、多少あばれても大丈夫な、上位世界の所に普段はいるのよ」
「有事になれば、そいつらは気軽に此処に来れるのか?」
「もちろん、ネットワーク的な繋がりは、私たちの専売特許、強力な因果は時空間を超越するのよ」




