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低評価の剣

「おい、鍛冶屋はここか?」

 太陽がある程度の高さまで登った午前十時頃。一人の青年が、煙突のある建物の店先で言った。

 青年は二十代と思われる顔立ちで、金色の髪を短く伸ばしていた。羽織ったマントは汚いが、中に着込んだ灰色のシャツと茶色のズボンはさほど汚れていない。

「はい! 少々お待ちください!」

 中から少し慌てて少女が姿を表した。肩ほどまで伸びた茶色の髪の、青いツナギを着た小柄な少女だ。ツナギは所々が炭で汚れている。

「ご用件は?」

 少女は小首を傾げた。青年は鍛冶場を見るようにして目を逸らす。

「鍛冶師はいないのか?」

 焦れたような妙なニュアンスを含んだ青年の発言に、目の前の少女が苦笑した。

「あの……わたしです。わたしが、鍛冶師のティカルです」

「はぁ?」

 青年は眉をひそめた。両手を腰に当て、ティカルを見下すようにして一歩近づく。

「鍛冶屋? 女が?」

「はい」

 ティカルは臆することなく青年を見上げ返した。

 その目線に青年は微かにたじろぐが、すぐに顔全体に見下したような笑みを貼り付けた。

「はっ、話になんないよ。女が打った剣なんて使い物になるわけない」

「そうですか。それは残念です、では……」

「ちょ、待て!」

 一礼してすぐに引っ込もうとするティカルを青年が慌てて呼び止め、その肩を乱暴に掴む。

「なんですか?」

「ふんっ……だけど、剣がなくちゃ旅にも支障を来すからな。仕方ないから、場しのぎに何か作ってもらおう」

「はぁ……」

 あくまでも上からの物言いに、ティカルも眉を寄せる。

「それで、どういった剣を? ロングソードやショートソード、ダガーなど色々ありますが……」

「あ? あぁ、ロングソードだ」

「わかりました。値段は材料に応じて……だいたい銀貨三枚ほどになります」

「銀貨三枚? ふん」

 青年はあからさまに眉をしかめた。

「仕方ないな、それでいいよ」

「では、そのように作ります。完成まで約三日、或いは四日ほど掛かりますから、宿の場所を教えてください――」


 ハイノサイスは独立交易国家である。

 一年を通して極端な冷え込みや温暖化はなく、そして一年を通して眠らぬ商人たちの国だ。

 陸の中心に陣取ったこの国は周辺国との交流を主に、手工業者が発展している。

 ティカルは、ここハイノサイスにおける唯一の鍛冶師であった。

 旅人の青年と店先で別れ、鍛冶屋の中に入ると、朝食を取り終えたらしいティカルの仲間が炉の前に佇んでいた。

「面倒そうな依頼ですね」

「うーん、そうかもね」

 ティカルは困ったように笑いかけ、道具のチェックをした。その後で、金敷の隣に水入れを置く。

「さて、じゃあ早速はじめようかな。ヴィカは後で昼食をなにか買ってきてね」

「わかりました」

 そう言うなり、ヴィカは鍛冶場の隅に移動した。

 簡素なローブに、目にかかるほど長い黒髪。その出で立ちから、影の下に立つとヴィカの姿を視認するのは少し難しくなる。

 唯一暗闇の中で判断できる赤い瞳は、ただ静かにティカルの作業を見つめていた。

 ティカルは手袋をはめ、鉄鉱石を手に取った。それを金敷に置くと、左手には金槌を、右手には金箸を手にする。

 炉の横にかけられた火打石を叩き合わせて炉に火を入れる。

 金箸で鉄鉱石を掴むと、それを炉の炎の中に入れる。黒い石が橙に、やがて赤く染まる。

 熱した鉄鉱石を金敷に置き――金槌を振り下ろした。



 カンカンと金槌が音を鳴らし、煙突は高く煙を吐き続ける。

「やぁ、こんにちは。精が出るねぇ」

 絡みつくような声が投げかけられ、ティカルは一瞬入り口に目をやる。依頼人の旅人だ。

 再び刃に目線を直し、作業を続ける。金槌の音に混じって青年の足音が近づいてくるのがわかった。

「あーあぁ、そんなにやたらめったら叩いたって仕方ないのに」

「…………」

 青年はウロウロしながらティカルの作業に口出しをしてくる。

 青年が言うには、自分は元鍛冶師であったから鍛冶の作業の良し悪しはわかるとの事だ。

「水に入れるタイミングが早いんだよねぇ。もっと――」

「…………」

「あぁ、まだ火に入れるべきじゃないよ。ダメだなぁ」

「…………」

 それに対してティカルはあくまでも無視の姿勢を貫いた。

 しばらく青年による一方的な講釈が続く。しかしティカルは意に介さず、徐々に刃の形が浮かび始めた。

「はっ! 誰に教わったのか知らないけど、まるで話に――」

「何か御用ですか」

 青年の背後に、ゆらりと影が現れる。昼食の買い出しから帰ってきたヴィカだ。

「うおっ!? な……なんだお前!?」

 気配に気づくこともできず背後から声をかけられ、青年は大いに驚き二人から距離を離した。

「ティカルは作業中です……邪魔をしないでもらえますか」

 無表情のままのヴィカの赤い瞳が青年を射抜く。

「邪魔? 邪魔だって? 人が親切で言ってるんじゃないか」

「とにかく、邪魔です。速やかにここから出てください」

 青年の発言に被せるように、ヴィカはずいと前に出た。青年に息がかかるほど近くにいるにも関わらず、ヴィカからは息遣いもほとんど聞こえない。

「……っ、わ、わかったよ、出ればいいんだろ!」

 言い捨てるようにして、青年は鍛冶場から出ていく。

 青年がその場からいなくなってから、三回ほど金槌を叩いて、ティカルは溜め息を吐いた。

「ありがとう、ヴィカ」

「いえ。それと昼食です」

「ちょっと休憩するよ……はぁ、疲れた」

 ティカルは一旦道具を置くと、手袋を外し、かんざしを解いた。まとめていた薄茶色の髪が広がる。

「何やら面倒な客のようですね」

「疲れるよ、ホントに……」

 ティカルは台所に行くと、木製のコップを手に取り、台所に取り付けられた濾過器から水を注ぐ。

 喉を鳴らしてそれを一気に飲み干すと、長めに息を吐いてから再びコップを戻した。

「昼を食べたらすぐ再開するよ」

「わかりました」

 二人は一旦鍛冶場に戻る。

 ヴィカが買ってきたのは、近くの料理店に売っているサンドウイッチだ。レタスとトマトとベーコンが挟まっている。

「いただきます――」


 次の日も、青年は嫌味を言いにやってきた。

「まだ出来上がってないの? 進み遅すぎなんじゃない?」

「邪魔です。お帰りください」

 そして、すぐにヴィカに追い出された。


 その次の日も、青年は懲りずにやってきた。

「ロングソードって言ったよねぇ? 君素人なんじゃないの?」

「お帰りください」

 そして、すぐにヴィカに叩き出された。


 さらにその次の日の昼――

「よくやるもんだね……」

 店先をちらりと見て、ティカルは呆れを通り越して笑いさえ浮かんでいた。

 店先ではヴィカが青年の前に立ちはだかり一歩も動いていない。

 いかに旅人といえど大きな騒ぎを起こすわけにもいかないし、そもそもヴィカの身長で見下されるのはかなりのプレッシャーだ。

 もう一度金敷に目線を戻す。刃はほぼ完成していた。あとは柄を作るのみだ。

 ロングソードの柄に必要なのは三つのパーツだ。

 まずは先端になる柄頭とよばれる輪のパーツ。これは剣を握り、振った時に手から抜けるのを防ぐと同時に、剣全体の重量を安定させる。

 また、刀身を固定するために、内部で柄を通って柄頭に固定されるネジを入れる。そういった面でも、間違いなく必須のパーツだ。

 次に、グリップ部。素材は木製。内部で剣の刃を固定し、そして握り込みやすいように布を巻きつける。

 最後にガード。剣と柄とを分けるパーツで、相手の攻撃から手を守ったり、手が滑ってそのまま刃で指を切らないよう柵代わりになったりもする。

 また、このガードがないと剣は十字形にならない。剣が神聖なものだと言われる理由の一つは、ガードによって剣が十字形になるためだ。

 ティカルは神を信じてはいないが、機能性と見た目のバランスが両立された機能を省くだけの理由にはならない。

「夕方くらいにはできそうかな」

 ティカルはノミとカンナを持ち、作業を再開させた。

 仕上げ台の上で、四角く切り出された木材を切り、削って加工していく。

 台の上に木くずが溜まっては床に落ちていく。

 グリップの形が浮かびだし、ティカルは手応えとともに少し笑みを浮かべた。



 その日の夕方。

「ったく、やっとできたのか」

「お待たせしてすみません。こちらになります」

 ティカルは剣に布を被せたまま、両手で青年に手渡した。

 青年はそれを受け取るとすぐに布を取り、太陽に向け剣の角度を変えながら幾度か眺める。

「いかがですか」

「…………」

 青年は沈黙している。やがて不機嫌そうに、

「全然ダメだね!」

 そう冷ややかに言った。

「どこがそんなにダメでしたか?」

「ふん、そりゃ、色々あるけど」

 まず、と口を開きかけた青年を制すように、今度はティカルが冷ややかに言い放つ。

「それはそれとして、お代は銀貨三枚ですよ」

 青年は苦虫を噛み潰したような表情を作った。次に眉をひそめながら、嘲笑の表情に変わる。

「冗談じゃないよ! こんな出来の剣にそんなに払えるか!」

「払ってもらいます。事前にそういう取り決めでしたから」

 青年が一歩引き下がる。

「は……盗っ人猛々しいとはこの事だよ! 女なんかの打った剣を誰かが買うこと自体滅多にないってのに、そんなに金を要求するなんてね!」

「言葉の使い方、及び文法が間違っています」

「うるさい!」

 関係のない痛いところをヴィカに突かれ、青年は激昂した様子で剣を振った。

 それを見ると、ティカルが二歩ほど後ろに下がり、代わってヴィカがティカルを庇うように前に出る。

「騒ぎを起こせば、いかに町外れといえどすぐに自警団が来ますよ」

「う……」

「それと一つ、警告します。僕を斬ろうとした時、斬られるのはあなたです」

 ヴィカの迫力に押され、青年は剣を下げる。そしてすぐに、大げさな身振りとともに取り繕うような笑顔を浮かべた。

「い……嫌だなぁ。俺が騒ぎなんか起こすわけないじゃないか! ちょっと動いただけで斬るだの斬られるだの、ハハ、大げさってもんだよ!」

 ティカルは青年の様子に溜め息を吐いた。

「いいからお金は払ってくださいね。あなたの目的ももう割れていますし、その手には乗りませんから」

 青年は図星を突かれ、表情に渋さと憎さが入り混じる。

 表情を取り繕うことを忘れ、とりあえず低い声でティカルに報いた。

「……何の話?」

「最初の時から、わたしからなら値切れると思ったんでしょう? さんざん剣にケチをつけて、最終的に安く買おうとしたんですよね」

「…………」

 男はもはや何も言ってこない。ただただティカルを睨んでいた。よほど路銀が少ないと見える。

「銀貨三枚です。払ってください」

 だがついに、どうしようもないと悟ると、男は肩を落とした。

「……わかったよ……」



 ティカルはノミやカンナ、金槌などを片付けながらヴィカに話しかけた。

「やっぱり悪いことしちゃったかな……」

 ヴィカは壁に寄りかかったまま、閉じていた目を開く。

「あの男に、ですか?」

「少しくらい値引きしてあげても良かったかなって、思ってね」

「非合理的ですね」

 ヴィカは無表情のまま、ティカルに首を向ける。

「物々交換は等価か当然です。あの男はティカルへの精神的苦痛を強いたのだから、その分の料金もあって然るべきです」

「それって……」

 ティカルは片手を口に当て、悪戯っぽく笑う。

「怒ってくれてるの?」

「…………。恐らく、違います」

 ヴィカは断言を避けた。それが彼にとってはとても珍しいことだと、ティカルだけが知っている。

「きっと、昔のわたしだったら、あの低評価のせいで自信をなくして値引きしてただろうね」

「今は違うのですか?」

「うん。今は、色々あったからね。自分の腕にも自信はあるから、しっかりした根拠のない低評価はただの悪意だなってわかるんだ」

 ヴィカは顎に手を当て、少し思案した。長い前髪が揺れる。

「経験……」

 道具を片付け終わり、ティカルは一息つきヴィカに歩み寄る。

「うん。経験もだけど、それだけじゃないよ」

「?」

 ティカルは薄く笑い、ヴィカの手を引く。鍛冶屋の外に出ると、札を返して「open」から「close」に変える。

 夕飯を食べに行く道中、ティカルは花屋の女店主に呼び止められた。

「ティカルちゃん!」

「あ、こんばんは、おばさん」

 律儀に立ち止まってお辞儀をするティカル。店主の女性は上機嫌で、顔全体を綻ばせている。

「いや〜、あなたの作ったハサミの調子がすごく良くてね! これからも、何かあったらよろしくね、ティカルちゃん!」

「ありがとうございます、おばさん」

「ヴィカくんも、花が欲しくなったらいつでもね!」

「必要ありません」

 ほとんど女性の方も見ずに言い、ヴィカは先を歩いていった。ティカルはもう一度お辞儀をして、軽く駆け足でヴィカに追いつく。

「あ、そうそう、さっきの続きだけどね」

「はい」

「自分の腕とか、自分の力とか、それは経験だけじゃなくて……ああいう周りの人の声も、大きな自信になってくれるんだよ」


「…………。なるほど」

 二人は、大通りへと歩いていった。

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