Beginning of vika 1
昔の話をしましょう。
僕がかつてアイギスと呼ばれていた、あるいは名乗っていた頃の話です。
かつて存在した巨大な帝国は、あらゆることを恐れていました。
他国からの攻撃を。自国での反乱を。武器の暴走を。
そして帝国は考えました。何者にも傷つけられず、何であろうと敵意と力を相手に返す盾を作ろうと。
帝国は盾で覆うには大きすぎたため、まず彼らは兵器としての運用を考えました。
その兵器のために彼らがどんな秘法を用いたのか、どんな科学技術を用いたのか、定かではありません。
兵器のために、ある男がその命を捧げました。誰かが一人、兵器のベースにならなければならなかったのです。
帝国は、男の情報を元にその肉体を複製し、ありとあらゆる技術が尽くされました。
多くの複製体は実験に耐えきることなく消滅していきました。
そして最後となる実験で、初めて兵器「アイギス」が完成しました。
それを剣で斬れば、斬りつけた者が切り傷を負う。
それを銃で撃てば、銃の持ち主が銃創を受けました。
帝国はさっそく兵器を複製しようとしましたが、それより先に完成品の奪い合いが起こりました。
奪い合ううちに、彼らは兵器が邪魔になりました。壊そうとしましたが、どれだけ手を尽くしても壊れませんでした。
壊れたのは国の方でした。僕の生まれ故郷は、僕を奪い合って滅んでいきました。
人間らしい代謝や生理現象はなく、さらに感情などの不要要素も持ち合わせていなかったので、特にやることはありませんでした。
ならばと、残った思考回路で自分は何なのかと考えようとしましたが、答えは出ませんでした。
どうやら瓦礫の山になった国では判断材料が足りないようなので、僕は外に出ることにしました。
それからというもの、僕はいくつもの国を巡っていました。
その中で僕は、人の感情というものや欲求などの人間らしさをデータとして学んでいきました。
しかしいずれにせよ、どの国でも僕は何なのかという答えは見つけられずじまいでした。
そのうちの一つの国で僕は、ハイノサイスという国の名を聞いたのでした。
「……ハイノサイス」
「そう、そこから大陸路に行けるぜ」
その国では、大陸路を西に進むと、何やらとても大きな国があると聞きました。
国が大きければ当然集まる情報も大きくなる。知識が集まるほど僕は答えに近づく。
その頃の僕は、それ以外のあらゆることに興味がありませんでした。
しかし、大陸路に行くためにはハイノサイスという中継国で馬車を雇う必要がありました。
時間はいくらでもありましたが、あまり時間をかける理由もなかったため、馬車による移動が優先されます。
しかし、僕は手持ちの金がありませんでした。
「で、乗るのかい? 乗らないのかい?」
「金がなかったようなので、少し待っていてください」
「あん? 別に構わないけど、あんた旅人だろ? 金のアテなんかあるのかい?」
馬車の男の言葉は何ら意味がなかったので無視し、僕は少し離れた酒場に入りました。
丸テーブルが三個、カウンターがひとつ。カウンターの向こうに立つ店主がこちらに気づきました。
とりあえず、店主にナイフを突き付けました。筋骨隆々といった体型の人の良さそうな店主は苦笑しました。
「おいおい、兄ちゃんなんの真似だ?」
「売上金を出してください。銅貨四枚ほどで構いません」
「はっはっ、何言ってんだお前、物乞いか?」
「? いえ、強盗ですが」
該当する行動は物乞いよりも強盗に近いようです。すると、店主はますます笑いだします。
「なにが面白いのです?」
「そりゃお前、そんな細腕とナイフ一本で俺から強盗だなんてなぁ? 冗談はやめて帰りな」
どうやら話が噛み合っていないようなので、とりあえず僕は目の前の男の腰にナイフを突き刺しました。
腰のシャツに血が滲み、先ほどまで笑っていた男は、今度は一変して怒りだします。
「てめぇ……っ! ふざけやがってガキが!」
男は拳を振り上げました。その瞬間、本能に刻まれた言葉が口をつき出てきました。
「警告します。あなたが僕を攻撃するとき――」
警告の言葉を言い終える前に、男の拳が僕の顔面に入りました。
兵器アイギスの力が働きます。僕の体には一切の痛みも傷もなく、代わりに店主の顔面が殴られ歪んでいました。
「プッ……ぐ……いい、パンチじゃねぇか」
「自画自賛ですね」
「わけのわからねぇことを!」
至極真っ当なことを言ったつもりでしたが、男は激昂し再び拳を振り抜きました。
同時に、勢いよく男の身体が倒れます。どうやら脳震盪でも起こしたようでした。
酒場は騒然としていましたが、僕はとにかく馬車代だけが手に入れば構いません。
相場の代金銅貨四枚を手に入れると、早々に酒場を去ろうとしました。
しかし、どういうわけかテーブルで飲んでいた複数の男がこちらに歩み寄ってきています。
「オイ小僧、ちょっと待てよ」
「なんでしょうか」
「なんでしょうか、だと? マスター殴り倒して金奪って、そのまま逃げられると思ってんのか?」
質問が飛んでくるとは思いませんでしたが、答えは返すこととします。
そのまま逃げられると思っているのか否か。答えはイエスでした。無言で頷きます。
「ざけんじゃねぇ! 酒不味くしやがって!」
「成分は変わっていないはずですが」
「この野郎!」
「警告し――」
またしても、言い終えるより先に男が吹っ飛んでいきました。
いずれにせよ、この酒場にはこれ以上価値はないようでした。騒ぐ男たちを無視し、そのまま外に出ます。
酒場の外に出てもしばらくは男たちが追いかけてきていましたが、馬車のもとに辿り着くまでには勝手に倒れていきました。
馬車の男に金を差し出すと、男はやけに驚いた様子を見せました。
「は、はえぇな。強盗とかしてないだろうな?」
「……ええ」
男にやや遅れて馬車に乗り込むと、馬の嘶き声のあとでゆっくりと景色が動きます。
馬車はガタガタと鳴りながら進みました。
馬車の外を眺めていると、どこかの海の近くの国で、誰かが一度干ばつを見てみたいと言っていたのを思い出しました。
なぜこれを見たいと思ったのか。僕にはわかりかねました。
それ以外に特に考えることも感じることもありませんでした。馬車の移動は二日かかりました。
ハイノサイスの門の前で馬車は元の国に引き返していきました。
僕は南の門で簡易的な身体チェックを受けたあと、国に入りました。
床はレンガで整備されており、建物はすべて丈夫に作られていました。
なかなかしっかりとした国のようです。すぐに馬車で出る予定なのであまり関係はありませんが。
僕はすぐに馬車を手に入れたかったので、予め金を入手しておくことにしました。
進む道の左手には花屋。右手には鍛冶屋がありました。
強盗に入るのであればどちらが楽か考えます。
通常の強盗と違い、僕の場合は相手の力が強いほうが有利に強盗を行えます。
一般的に、鍛冶屋は男がなるものです。また、鉄を打つ過程で肉体も鍛えられているでしょう。
金を奪う先は鍛冶屋に決定しました。扉はなく、開け放しの状態だったので、中に入ります。
中の空気は冷えていました。掃除が行き届いているようで、床に塵や炭はありません。
壁にはいくつかの剣が掛かっていましたが、肝心の炉には火を入れた形跡がしばらくありませんでした。
「どなたですか?」
奥から現れたのは小柄な少女でした。肩ほどまでの長さの茶色の髪と、同じ色の瞳。
若草色のドレスを着ていました。おそらく鍛冶屋の娘でしょう。
娘であっても、この際構いません。金を奪うこととします。
少女は無警戒にこちらに歩いてきました。その口を塞ぎ、首にナイフを当てます。
「っ!? 〜〜っ」
少女は少しの間もがきましたが、首元のナイフに気づくと大人しくなりました。
なかなか正確な判断能力を持っているようです。実際に切る必要はないでしょう。
「手荒な真似をするつもりはあまりありません。馬車の代金が必要なので、銅貨五枚ほどを持ってきてください」
「…………」
少女は悔しげにこちらを睨みながら、頷きました。塞いだ手を放します。
「……待っていてください」
少女は奥の部屋に入っていきました。
脱出される可能性もありましたが、大した事態にはならないでしょう。
またそれは杞憂で、結局脱出経路の類はなかったらしく、少女は戻ってきました。
少女は右手に握り込んでいた銅貨五枚をこちらに渡しました。
「……どうぞ」
確かに五枚の銅貨を受け取ったので、ここにもう用はありません。
少女に背を向け外に出ようとします。背後で彼女が何か武器を持ったようですが、無論脅威にはなりません。
それでも彼女が動き出したため、とりあえず警告は行います。
「警告します。あなたが僕を攻撃するとき、攻撃されるのは――」
直後に、後頭部に衝撃が走りました。
馬鹿な。事態を把握しきれません。後頭部に走ったのは衝撃だけでなく、おそらく痛みの信号もありました。
「な、ぜ」
なぜ。ナゼ。何故。兵器アイギスの力を突き抜けて彼女はこちらを殴ってこれたのでしょう。
吸い込まれるような奇妙な感覚。視界が途切れました。