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Project BLUE LADY  作者: 宇佐視ひろし
第一章 COCKPIT
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その3

「……戦闘中に、行方不明……?」

 虚ろな母の声。

「はい。本作戦の陽動を担う航空作戦の最中に、率いる一個中隊と消息を絶ちました。現在、原因の調査と乗員の捜索が行われていますが」

 対応しているのは、乗って来た軍艦の艦長さん。大らかな雰囲気の人で、航海の最中も乗船した子供達の相手をしてくれた気さくなおじさんは、今は厳しい顔と声で母と対面している。

「そ、そんなはずありません……。エイリは、そんなはず……」

 いつも笑顔を絶やさない母が、こぼす震える声。

「痛っ」

 繋いでいたレクスの手を、いつの間にかきつく握りしめている母。息子の悲鳴にすら気付かない。

「嘘よ。そんなはずない……。エイリが……」

 既に母は何も感じることが出来なかった。


 この一週間に対するレクス・キャロイの感想。

「最悪だ……」

 これからの数時間に対する所感。

「憂鬱だ……」

 この一週間、アトハウザー大佐の発言によってレクスは一躍注目されていた。姉エイリとガンダルフ・エイスの戦いについて語られ、その内容はほぼレクスの発言に則していた。

 龍の三十G機動。ミサイルは命中していたのではなく、回避運動と同時になにがしかの魔法によって弾頭が原子レベルまで分解されていたこと。回避可能にもかかわらず、わざわざそれを行なっていたこと。そして、基本的に反撃しかしないこと。

 エイリ・キャロイは空軍で初めて、それらのデータをもたらした。

 しかしまだ検証段階であり、一般公開レベルではないものの訓練生にも伝えるべき事象ということで講義に組み込まれてはいるが、龍はやはり空における最大の脅威であることに変わりない。

 そうは言われても、今までの常識に反した内容に若い学生の情動が抑えられるかというと、そうともいえない。

 既に半年以上の付き合いの訓練小隊の連中は、レクスの人となりを知っているので余計なことは言わず流してくれたが、帝国空軍航空士官養成課程ヴォンデルランド戦術科は四か年制であり、同期の定員は九個小隊七十二名。

 大佐に対する暴言寸前の台詞の数々を笑い飛ばしてくれる奴もいれば、姉のことを聞いてくる奴、なんで龍のことが詳しいのか問い質そうとしてくる奴、それを窘める奴と煽る奴、そしてそれ以外の行動を取る奴。色々な奴に入れ替わり立ち替わりいじられる。

 特に酷かったのは、ユリスタン・シュタンジット率いる第一小隊の連中だろう。どうもレクスは妙な対抗意識をシュタンジットに持たれているのか、彼には見下されているような感覚を受ける。

 そんな彼の取り巻きともいえる、成績優秀者が集まった第一小隊は、わざわざ劣等生であるレクスに向かって扱き下ろすようなことをしてくれる。

「どうせ、姉弟で教えてもらったんだろう」

「それって情報漏洩なんじゃないの?」

「なんせ敵前逃亡の噂もあったからな」

 などなど言いたい放題だ。シュタンジットはそれを見てほくそ笑んでいたりする。

 アトハウザー大佐が講義中に(エイリ)の名を口にした時は動揺したが、シュタンジット達のそれにはもう慣れた。

 慣れた、はずだ……。今朝見た夢は相当酷かったが……。

 おかげで同室の二人に気を遣わせてしまった。

 上級生にまで噂が広まっているのには辟易した。伝わりすぎだろ、ふつーに。


 溜息をつきながら対Gスーツと救命補助装備を、規定時間以内に身に付けたレクスは、ハヤトやリデル達男子訓練生とともにヴォンデルランド第三滑走路に向かう。

 相変わらず測ったように、女子更衣室からエリナが駆け寄って来てレクスに並ぶ。

「相変わらずお熱いね」

「あんまり見せ付けるなよ」

「なんで君だけそんないい目見てるんだろうね」

「いや、美人だけどさ、エリナだぜ……」

 散々な言い草である。

「どこが?」

「目え腐ってんじゃない?」

「あなたもみてみる?」

「余計なお世話」

 と、いちいちエリナが返すものだから、この暗闘はいつまでも変わらない。

「エリナもいちいちバカ男子の相手しなきゃいいんだよ」

 小隊唯一の女子戦術魔法師、マリ・コルリーがエリナに耳打ちするのが聞こえた。

「それに、あんたなんでレクスなんかに貢いでいるわけ?なんか得になるの?」

「はあ?貢いでなんかいないわよ」

「へえ?ずいぶん献身的だと思ったんだけど」

「何でそんなことする必要があるのよ?」

「成績上げるため?」

 身も蓋も無い女子の会話を、レクスは聞こえないふりをしなければいけない。いつの間にか、女子比率の高いこの小隊の暗黙のルールになっていた。

「キャロイ、大丈夫?」

「ん?」

 珍しいことに、エリナが心配したように声をかけてくる。

「なんで?」

「だって、キャロイのことを言いたい放題言ってる人達が……」

 意外だ。エリナがそのことを知っていたとは。

 一瞬夢をことを知っているのかと思ったレクスだったが、まさかそんなわけはない。魔法は実在しても、人の夢まで診断出来るわけがない。

「大丈夫だよ。いつものことじゃん」

「え?なになに?ユリ、また何かしたの?」

 マリがいきなり戻ってきた。ていうか、ユリって……、ああ、ユリスタンでユリか。

 レクスよりも背が高く、健康的な褐色の肌にベリーショートの黒髪が似合うマリは、ご覧のように快活で付き合いやすい。友達としてやっていくには、申し分の無い女の子だとレクスも思う。そんな子に嫌な思いさせるのもなんとなく嫌で、レクスは黙っておくことにした。

「なんでもないよ」

「ごめん。レクス。ほんとアイツ、そういうとこどうにかしたいんだけど、なかなか昔からうまくいかなくって」

 事情を察したのか、マリはそう言ってくれたが、レクスが気になったのはそこではなかった。

「マリが謝っても意味が無いわ」

 エリナの辛辣な台詞は、地味にマリを傷つけたらしい。こめかみが引き攣っている。

 おそらくだが、エリナが言いたかったのは、マリのせいではない、という意味だろう。

 言葉の用法容量は正しくしましょう。

 マリが少し可哀想になって、レクスは話題を転換した。

「昔からって?」

「……ん?そうだよ。親同士が仲が、いいような悪いような?軍属の腐れ縁?みたいな?それで、子供の頃から知ってるんだ」

 ユリスタン・シュタンジットとマリ・コルリー。凄い組み合わせの幼馴染同士がいたものだ。


 ヴォンデルランドには三本の滑走路がある。二千八百メートル、四千二百メートル、三千六百メートルの三本の滑走路がヴォンデルランド湖の北、南西、南東に配置されている。

 戦術科と打撃科共用にして、中型機運用が可能な南北に伸びる三千六百メートルの第三滑走路に続く駐機場に六機の機体が並んでいる。

 そこに彼らは向かっていた。

「実機か……」

「武者震いって奴か?操縦をミスるなよ」

 口数の少ないカツキ・キリハラの珍しい独り言に、彼の相棒ナクル・リンデルが神経質そうに突っ込む。目付きが鋭く、褐色で筋肉質で大柄な格闘家みたいなカツキと、同じく大柄だが色白で丸顔に、普段は丸い眼鏡をかけている研究者のようなナクルの気が合うのかどうか妖しいコンビ。

「おまえなあ……」

「お前は意外とおっちょこちょいだからな」

「悪かったな」

「ナクル、いじめちゃだめだよ」

 またまた珍しいな、とレクスは思った。

 ナクルに絡んだのはマリの相棒レイ・ソルビスだ。朗らかな呑気な声と可愛らしいウェーブのかかった赤毛の少女、およそ軍人のイメージとはかけ離れた存在。

「べ、別にいじめてる、わ、わけじゃない」

 何故かどもり始めるナクル。

「みんな緊張しているのは分かるが、あんまりはしゃぎ過ぎるなよ」

 ハヤトの一声。

 みんな緊張しているのか。そうか。一人納得するレクス。

 しかし、暑いな。滑走路は陽射しのせいで熱せられた鉄板状態で、少し離れた戦術科の主格納庫群とその前面に並ぶ航空機がゆらゆらと揺らめいている。

「レクス。おまえは少しは緊張しろ」

「へ?」

 ハヤトの声に、思わず間抜けな声を発してしまう。

「これから実機のイーグレットに乗るときに、緊張していないのはおまえくらいだろ?」

 戦術科高等練習機イーグレット。主力戦闘機ブルーレイディ専用の実機練習機だ。トライウェル連合帝国空軍は創設以来、主力戦闘機に代々ブルーレイディの名を冠してきており、現在は六代目だ。

 ブルーレイディは空軍の主力にして象徴的な機体である為、常に最新鋭の魔法技術が導入されており、その搭乗員養成は専用の練習機を必要としている。それがイーグレットであり、この日が彼ら第三八八期生第三訓練小隊にとって初めての実機演習だった。

 練習機とはいえ実弾兵装搭載も可能であり、世界の魔法戦闘機の中でも高い運動性と兵装搭載能力を誇る。二枚ずつの高翼配置の主翼と水平尾翼、一枚の垂直尾翼、流麗にして複雑なきらめきを湛える魔法刻印装甲。実際に機体を見ると少し胸が高鳴る。

「僕でも緊張はしているよ」

 ハヤトが目を細め、エリナも胡散臭そうにレクスを見ている。どうやら、親友と相棒の二人から信用されていないらしい。

 確かにうんざりしているという感情のほうが強いので、仕方ない。

 それよりも話を変えることにしたレクス。

「イーグレット四機に、ブルーレイディ二機?教官は四人いるの?」

 イーグレットの前に、二機の濃紺の戦闘機が並んでいる。イーグレットよりひと回り大きく、気高さと力強さを併せ持つ流麗な双発機。空の淑女の名に相応しい翼の周りに垂れ下がるドレスのような多重可変翼。

 エリナが目を細める。

「違うわ。カッツ大尉とディータ中尉、それに四年のレイビス准尉とアルゴス准尉よ」

「まだ卒業していないのに准尉?」

「四年は一日付けで第九九戦術飛行隊に配属になったでしょ。実戦部隊で各種任務に対応する教育を行なう、第一教育航空群に移ったのよ。知らなかったの?」

「まあ……」

 興味ないからね、と心中で付け加えておく。

「興味無いのね?」

 エリナ、鋭いね、君。

「まあまあ。レイビス准尉は訓練総隊長だよね。主席戦闘機に面倒見て貰えるなんて贅沢だね。三年のフェルクライン先輩と違って実技で常にトップの座を維持していたはずだよ。魔法戦闘機(エイルワーズ)の操縦技能だけじゃなく、射撃や白兵戦技術でも成績優秀。去年の戦科対抗戦の優秀選手だよ」

 リデルのまめな補足説明に、さすがのレクスも頷く。

「それは知ってるよ」

 骨身に沁みている。魔法格闘訓練中に何度も見ているし、味わったこともある。大柄で気さくな感じの先輩だが、何度か床に叩き付けられたことがある。最上級生にして最も優秀な戦術魔法師の卵。

 レクスは溜息をついた。

 たぶん、そんな優秀な人物でも彼の噂を聞いているのだろう。


 蒼の世界。

 遮る物の無い澄み切った世界を支配するのは、蒼。

 雲ひとつ無い世界で遥か天空から見下ろすのは、刺すような強烈な陽射しで地上を焼き尽くさんとする太陽。

 蒼一色の世界に描かれる幾筋もの白い航跡。時に横一列に並び、時に絡み合う、人類が唯一この世界で持つことが出来る自由の翼の軌跡。

「噂どおりなのか、ありゃ?」

 蒼穹に描かれた軌跡を見ながら感嘆の声を上げたのは、後席のCFOディカレット・アルゴス准尉。何事にも動じない頼れる相棒が、珍しく驚愕している気配が伝わってくる。

「ディック。吸気コントロールがふらついてる。後輩の前で恥じかきたいのか?」

「すまねえ。だが、あれは一体どういうことだ。あんな重力魔法使える奴だったなんて聞いてねえぞ」

 前席のヒューイ・レイビスも全くの同意見だった。

空軍最高魔法戦闘機(アリス)の弟が二年課程にいる』

 その噂は瞬く間に広がり、彼ら四年課程にも届いていた。そして、付け加えるならば……。

『アリスの弟は落第ギリギリの特待生(・・・・・・・・・・)

 だが、今ヒューイとディックの前で大空を舞うイーグレット二機のうち一機は、既に高等練習機の範囲を逸脱した高機動性を発揮していた。

 弧を描いていた軌跡が、突然垂直に近い角度で移動し、無茶な迎え角から失速したのに、きりもみ状態から動翼操作なしで復帰する。

 ヒューイ達の乗るブルーレイディに比べ、小振りで魔法吸気(クラフトエア)エンジンも小型の物しか積んでいないイーグレットは、エルロンやフラップの数も可動域も小さく設計されているはずなのに、空中を飛び跳ねるように舞う姿は最新鋭機の戦闘機動に匹敵している。

 クラフトエアエンジンの高らかな詠唱音に重なって聞こえるのは、パイロットの謡うワーズか。淀みの無い澄んだ詠唱。

 元々、人体において事象変換言語は非常に困難な発声を必要とする。そのため帝国は様々な機器にワーズ刻印を施し、使用者のイメージをワーズに変換する代理詠唱技術を進歩させてきており、搭乗者の代わりに機械が複数の魔法を同時詠唱できる魔法戦闘機(エイルワーズ)はその粋を極めたものだ。

 だが、パイロット自身が自ら詠唱を行なうこともあり、それぞれの得意魔法によって、エイルワーズの機体特性は大きく変化する。

 噂の特待生のそれは、常軌を逸している。そのためか、僚機は既に追尾を諦めている。

「三番機何をしている。編隊長は(エレメントリーダー)貴様だろ」

 監督機として訓練生達に檄を飛ばしたものの、あれを追いかけるのは自分にも厳しいとヒューイは感じていた。

 重力波推進(グラビティスラスト)と俗に呼ばれる、一部の魔法師のみが扱うことが出来る航空機動制御魔法。エンジンの吸気、出力、翼面による流体力学的揚力、姿勢制御、それらを全て無視して、高度な詠唱と独特なイメージ力が必要とされるレベル5に分類される重力魔法(グラビティ)のみで機体を操る、魔法戦闘機の意義を否定するに等しい暴挙。

 だが、龍種を初めとする対異種族戦闘において、それは高い効果を発揮する。

 優秀な師に就いたのか、それとも生来の才能か……。いずれにせよ、それは入校二年目の若い学生が身に付けている技術ではない。

 ふとヒューイは、自分の中で苦いものが湧き上がってくるのを感じていた。そんな自分の感触に戸惑いつつも、訓練生達に指示を出す。

「第二分隊、編隊飛行に移れ。自由時間はおしまいだ」

 二機の魔術航法士官の冷静な返答を聞きながら、自分の戸惑いの理由を探っていた。

 三番機はつたないながらも、きちんとヒューイ達の右後方に着いた。問題の四番機は、重力魔法のまま左後方に着こうとしている。

 不意に機体が身動ぎした。重力魔法の持続させる体力が無くなり、通常機動に戻ったのだろう。そこに幼い拙さが見て取れた。動きが小さくて済んだのは、魔術航法士官の腕だろう。

 それを見て取ったヒューイは、自分の中に浮かんだ感情の理由に思い至った。

 あの唄は……。

 後方監視モニターで四番機を見やりながら彼は心中で呟いた。

 あの唄は、(・・・・・)戦っていない(・・・・・・)

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