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Project BLUE LADY  作者: 宇佐視ひろし
第一章 COCKPIT
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第一話 落ちこぼれ特待生

2014年9月6日修正。

基本ストーリーは変わっていません。描写と誤字脱字の修正です。

 照り付ける太陽。

 熱せられたフライパンのようなグラウンド。

 立ち並ぶ建物群すら揺らめかせる陽炎。

 北国育ちにはつらい夏の始まり。

 しかも、絶賛汗だくランニング中。

 肌がじりじりと焼かれる。色白なんて以前は言われていたが、グレーのタンクトップが汗で貼り付いている彼の肉体は浅黒く日焼けしている。

 ――なんてことだ。

 毎度のことながら、内心自分の運命を呪いながらも彼は足を進めていた。訓練小隊毎に二列縦隊を組みグラウンドのトラックを二十周回。

 ――よくもまあやるもので……。

 黙々と走っている訓練小隊の仲間男女七名。そんな姿を見ていると彼は溜息をつきたくなる。

 ――僕には真似出来ないね……。

 口を突いて出て来そうになる感想は、必死に抑え込んだ。ここで愚痴の一つでも零そうものなら、教室棟の正面で腕を組み、ランニング中の訓練生を嗜虐的な笑みを浮かべて睥睨している主任教官、ロイド・カッツ大尉の叱責が飛んでくる。

 ――何事も平穏に……。

 自身のモットーを思い直し、真面目に(・・・・)ランニングに集中する。

 去年の今頃――入校した頃は、この毎朝の訓練には文字通り血反吐を吐きながら走っていたものだが、一年も経てばやる気皆無の少年でも体力が付くようで、無様な姿は見せない。

 ただ、志願してまでこんなことをしに来る連中の感覚は理解出来ない。

「ルダー、ジラード、そしてキャロイ。隊列を(フォーメーション)乱すな。味方を殺す気か」

 カッツ大尉の罵声を浴びて彼は少し速度を速めた。

 右隣を走っていた少女が、ちらりとこちらを伺っている。能面のような無表情な、青空のような蒼い目が何故だか雄弁に彼女の心理を語っている気がした。

 ――はいはい。合わせますよ。

 レクス・キャロイはランニングを続けながら、器用に溜息をつくことで彼女の視線に応えた。


 ほどなくして、規定の周回を走り終えた訓練生達は、一旦集合し朝食のために解散となった。

 レクスも、走り終わっても体中から吹き出す汗を拭いながら訓練生食堂に向かう。

 脳内では今日の座学講義科目に思いを巡らせる。一限は戦史、二限は数学、三限は魔法学、四限は射撃演習……。

 ――移動があるのか、めんどい。

 ――だいたい、戦闘機に乗るのに射撃ってなんの意味があるんだ?

「キャロイ」

 名前を呼ばれて、立ち止まって振り返るレクス。

「なんだ、エリナか」

 思わず口を突いて出た返答が、不満だったらしい。支給品のグレーのタンクトップに青いカーゴパンツ、編み上げ半長靴(ブーツ)という、自分と同じ格好をしているはずなのに何かが違う少女エリナ・フルセクターは、眉間に皺を寄せた。

「そんな顔をすると、綺麗な顔が台無しだよ」

 ひとかけらの他意も、下心も無く放たれた彼の言葉。

 事実、南国の陽射しにも負けない白い肌と、切れ長の目に透明な蒼い光を宿し、光を孕むと蒼く輝くほど艶やかな黒髪を肩で切り揃えたエリナは、客観的に見て美少女といえた。同期の男子訓練生の間では割と人気がある。レクスには興味の無い話題だったが。

 だが、彼の言葉に面食らったのか、無表情に固まる彼女。

 しばらく待っても返答が無い。レクスは歩き出した。朝食の時間は短い。しかも早く食べなければ食事は抜きになってしまう。座学は制服着用が義務付けられているし、その前にシャワーも浴びておきたい。

 硬直は僅かに一瞬だったらしく、エリナはすぐにレクスの右側に並ぶ。いつも通りのポジション。別に彼らの間に特別な関係があるというわけではない。

 二人で前席後席(コクピット)を組み始めてから半年、この位置関係は変わらない。

「思ってもいないこと、口走らないでちょうだい」

 いきなりの舌禍。ちらりと見やると焼かれることの無い白いままの頬にはかすかな赤み。余人にはそれが、運動後の体温上昇によるものかもしれないと思われる程度。

 ――照れてるんじゃん。

 半年間、毎日顔を突き合わせているレクスの内心のツッコミは口に出さず、思ってもないわけでもないのだが、とぼやいてみる。

「何っ?」

 聞こえなかったらしい。さらに噛み付かれてしまった。己の失策を悟った彼は、いまさら何を言っても無駄だと諦めた。

「それで何の用?」

 露骨に話を変えてしまう。

 それをエリナは睨みつける。

 そうしていても埒が明かない。

「だから何の用?」

 機先を制して問いかけるのだが、彼女の機嫌はさらに悪化した模様。まずい。泥沼だ。

「どうしてはぐらかすの?」

 はぐらかす?話が逸れてるのはエリナがしつこいからじゃないか、と言おうとして一瞬言葉に詰まる。会話の初めに思いを巡らせる。

「また黙るの?」

 詰め寄るエリナに気付かずに振り返ったレクスは、鼻の頭が触れそうなほど間近にあった彼女の顔に驚いたが、ここで目を逸らすのは失礼だと思い懸命にこらえる。彼女とはほとんど身長差がない。

「ごめん。エリナ」

「え?」

「僕が余計なこと言ったせいで話が逸れたんだった。ごめん。ただ、僕は嘘をついた覚えもないよ」

「え?あ、そう……」

 無表情に固まったまま、唇の間から言葉になりきらない音をこぼすエリナ。彼女がどうやら理解したらしいことを確認して、彼は続けた。

「それで、最初話しかけてきたのは何か用事があったんだよね?何?」

 問いかけられて、ようやく再起動が終了したエリナ。僅かに頬を引き締めた。

「来週から、高等練習機(イーグレット)の実機演習でしょ?」

「みたいだね」

「みたいって……」

 エリナが眉間に皺を寄せる。自覚の無いレクスの発言を窘めたいようだ。

「だからね、イーグレットのシミュレーター訓練をしたいんだけど……」

 訓練?なんで?レクスにはエリナがそう言う理由が分からない。

「大丈夫じゃない?問題無いっしょ」

「そんな訳無いじゃない」

「ん?なんで?」

 エリナの目がすうっと細められる。もともと表情の乏しい彼女だが、無表情を通り越して氷のような相貌に、レクスは背筋に冷たいものを感じた。

「またお前らはやってるのかよ」

 助けが来たという喜びと、ややこしくなるという嫌な予感が、同時にレクスの中に湧き起こる。

「違うよ。エリナが大好きアピールしているのに、レクスが相手してくれないからへそを曲げているんだよ」

 二人目の登場にエリナの氷の視線が相手に向けられる。

「スターン。あなた妄想の気でもあるんじゃないの。それとも目ん玉はただのガラス玉?」

「妄想は魔力向上に繋がっていいことだし、透き通ったガラス玉は思いも寄らない現実を見せてくれるよ。君は僕を誉めてくれているんだね?ありがとう」

 ちょっかい出してくる相手、誰彼構わず噛み付くのはエリナの専売特許のようなものだが、対するリデル・スターンののらりくらりとした受け流しは、ほとんど芸術の域に達する屁理屈だ。華奢に見えるほどの細身で、さらさらの茶色の髪を靡かせた整った甘い顔立ちに微笑を湛えながら、そんなことをこなすのだから相当な逸材(・・)だ。

 レクスがややこしいと感じたのは、もちろんこのリデルだ。いつもレクスとエリナを囃し立てるようなことを口にする。

 いや、リデルだけではない。レクスの所属する訓練小隊はそんな連中ばかりだ。

 どうして、こうなった。エリナとリデルが喧々諤々やり合ってるのを眺めながら、遠い目をしてしまう。

 一方で、リデルの相棒に関しては思うところはない。

「喧嘩ばかりだな……」

 訓練小隊の隊長ハヤト・カルランザ。ハヤトはレクスと違い入校当初から成績優秀で、小隊長を任されるだけの人望もある。同じ島出身で子供の頃から一緒に遊んでいたのに、今ではえらい違いだ。

「コクピットの間に齟齬があると、機体制御は難しいだろう」

「僕達の成績は知ってるだろ?問題ある?」

 シミュレーターでの成績はクリアしているし、戦術魔法師(パイロット)魔術航法士官(CFO)の協調訓練も問題無い。それは小隊長たるハヤトも知っている。

 少しレクスが見上げる位置にあるハヤトの精悍な顔には、困ったような柔らかい笑みが浮かんでいる。いかにも軍人という引き締まっていて大柄な体格に、短く刈り上げた黒髪の青年の存在は、どこか安心感を与えてくれる。

「エリナはそう思ってないみたいだけど?」

「理由も分からず絡まれる身になって欲しいもんだ」

「その理由を分かるのは、戦術魔法師の仕事じゃないのか?」

 ハヤトの顔を見上げて首を傾げた、レクス。

「小隊長。メシの時間無くなるぜ」

「エリナ。バカ相手にしてると遅れるよ」

 話し込んでいた彼ら四人に、他の仲間が声をかけてくる。

「それはまずいな」

 ハヤトは苦笑いを浮かべると、レクスの肩を軽く小突きながら全員に告げる。

「小隊、かけあ~し」

「りょうかい」

「あいよ」

 と次々とハヤトに着いて行く仲間達。

「キャロイ。ご飯の時間無くなる」

 エリナが促してくるので、レクスも仕方なく走り始めた。どうやら、彼女には彼を置いて行くという選択肢は無いらしい。

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