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夢と現実の境界線 佐乃海テル編

作者: 佐乃海テル

同じ設定、同じ登場人物の企画小説「グループ小説」の第八弾「夢と現実の境界線」です。 「グループ小説」で検索すると、他の先生方の作品も読むことが出来ます。

 清隆は大きな音を鳴らす目覚まし時計に手を伸ばす。

 目覚ましを止めると、少し大きめの伸びをしてぼんやりと壁を見つめる。そして寝ていた間にあったことを整理する。すると出てくるのはやはりこの言葉だった。

「またあの夢か……」

 時間はもう6時半。いろいろ考えたいことはあるが、とりあえず洗面台に清隆は向かった。



 朝の通勤電車。無表情のサラリーマンにまぎれて清隆も座っている。

 時間に余裕が出来ると、夢のことをまた考えてしまう。

 ここ1ヶ月、清隆は同じ夢を見る。それを清隆は誰にも話すことは無かった。話したら笑われることくらい分かっていたからである。夢は儚いという言葉は寝ている間の夢にも共通する。寝ている間はその夢に夢中になっているが、起きるとさっぱり忘れてしまう。この忙しい現代社会ではなおさらだ。

 だがこの夢を清隆は忘れることが無かった。そして毎日同じ夢を見ていることも、それがもう1ヶ月になることも清隆は分かっている。

「まもなく高円寺、高円寺です」

 車掌のアナウンスに従うようにゆっくりと列車は減速していく。

 馬鹿な夢をよく見るものだ、と自嘲しながら駅を降りる。



「お疲れさまです!」

「いやいや。来週も頑張ってくれな!」

「はい!」

 清隆の部署は金曜日の夜はいつも飲み会で閉める。帰り際に上司に元気を入れてもらい、帰路につく。帰りの電車では夢のことは考えなかった。とりあえず家までしっかり帰るのが先決だからだ。おぼつかなくゆっくりとした足取りで最寄り駅に降り立つ。

 1週間に1度の楽しみを上機嫌で終えた清隆は家に帰ってきた。その上機嫌は、玄関の鍵を開けた時にすっと冷める。テレビのリモコンの電源ボタンを押す。付かない。おそらく待機電源もうっかり落としてしまったのだろう。おっくうながらも、直接電源を付ける。お笑い番組が独身の部屋に喧噪をもたらす。

 こんな生活は今日に限ったことでは決して無い。けれど今日は酒のせいだろうか、いっそうその寂しさが身にしみる。会社には愉快な上司や先輩達がいるが、この部屋で自分の相手をしてくれるのはテレビだけだった。

 付けたテレビもこれと言って面白いものが無かった。明日は休みなので、清隆は歯を磨いてさっさと寝てしまった。酔っ払って眠いままに、寝ることができるのはとても心地よい。



 清隆の体を誰かがゆすっている。起こそうとしているのだろうか。

 明日は休み……まだまだ寝たい清隆はそれを無視する。

 だが体はゆすられ続ける。清隆は不機嫌になりながらも、起きた。

 そこにいたのはボヤッとした顔の少女だ。

 この少女の名前を清隆は知っている。さよりという名前だ。

 知っているのも当然で毎晩、夢の常連になれば清隆も嫌でも覚えてしまうものだ。

 さよりは手を引っ張って遊ぼうと呼んでいるようだった。「ようだった」、というのは声が聞こえないからだ。

 静かにその手に身を少しずつ預け……頭、そして次に体全体に衝撃が走った。

 ベッドから落ちていた。

「まったく……」

 と口はイラつきそのものだ。だが清隆もこの夢は満更でも無かった。

 最近一人でいるのは部屋の中だけで、夢の中では彼女が相手してくれている。その前は一時期不眠症に陥っており、市販の睡眠改善薬を飲むこともあった。それに比べて今は普通に眠ることができ、なおかつ寂しさを癒すものが夢にあるのだ。

 清隆も結婚願望とまではいかないが、恋人が欲しいとくらいは思うようになっていた。それは相手と戸籍上の婚姻関係を結べるかどうかの違いだけで、夢であっても十分その欲求に答えてくれていた。



 二度寝してまた朝目覚めた清隆は、そそくさと昼飯と晩飯の買い物に出かける。

 よくも悪くも一人暮らしを大学からしている清隆は、自炊もそこそこ出来るのだ。料理をすること自体も、嫌いじゃない。

 朝から清隆は何か、気にかかっていることがあった。思い出せる出せないではなく、言葉で表せない不思議な感覚。そうこう考えているうちに服を用意し終わった。玄関に向かって靴を履こうとする。その時に出た腕が、今は何も入っていない花瓶にぶつかる。花瓶は大きな音とともに床にぶつかり、無数の破片になる。

 清隆はそれに気づかず、平然と家を出た。



「……ただいま」

 ほとんど儀礼的としか言えない「ただいま」を言った清隆は、足元の異常にようやく気がつく。

「花瓶……」

 あわてて箒とちり取りで破片を集める。

「何で気がつかなかったんだろ」

 単なる疲れ、と見過ごすのには少々無理があった。

 買い物の行き帰り、後ろから来る車に自分でも信じられないくらい鈍感になっていたこと。歩いて買い物に行くのはやめるべきか、とまで思ったほどである。



 支障はどんどんひどくなり、日常生活はおろか仕事でも冗談にならない状況になってきた。

「どうしたんだい君、さっき言ったじゃないか。会議だからコピーしてくれって!」

 不機嫌な上司に深々と頭を下げながらも、正直清隆は覚えが無い。けれど周りの状況から見ると言われたのだろう。一人の部屋以外でどうにか楽しみや生きがいを見出していたのに、その世界はみるみる狭くなっていくではないか。

 泣きたくなるのを必死でこらえながら、金曜日に彼は仕事を早退して耳鼻科に向かう。当然のことながら飲み会は欠席。だからヘマが多すぎたこの週の最後に、上司の前で楽しく酒が飲めるはずも無いのであまり気にしていない。

 ところが案外あっさり涙はあふれだしてしまった。

 突発性難聴。彼の左耳は死んでいたのだ。右耳はまだ少し聞こえるらしいが、それでも生活に支障は生じてしまう規模だった。



 職場で生きがいを見出せない、家でも寂しい一人ぼっち。いつもより一層暗い気持ちで、重い足取りで帰路につく。歩けば歩くほど、地面の感覚が薄れていくようだった。



 目が覚めるとそこはいつも見慣れている公園だった。会社の行き帰りのみならず、夢でもよく見る公園である。早退する頃には真上にあった日は、橙の夕日になっていた。

 そして清隆を見ているぼやけた顔の主は……いつも夢で見る少女だった。とりあえず起き上がって礼をする。少女も照れくさそうに頭を下げる。

 少女は清隆の状態を感じ取ったのか、わざわざ携帯のメール作成画面で筆談に応じてくれた。少女は名前を――案の定、さよりといった。

 細い腕と顔の横両側に長く綺麗に伸びたストレートヘア。身長や顔つきは大学生くらいに見える。



 そのあとも少し会話をして帰路についた。

 清隆は夢で同じことが起こっているような気を薄々感じつつも、これをはっきりと予知夢だとはこの時はまだ思っていなかった。



 その夜。

 いつもと同様にさよりの夢を清隆は見た。

「お久しぶりですね」

 と声をかけてくるさより。

 それに対して、清隆は何を思ったのか映画に誘う。それは寝る前に、もしかしたら潜在的に計画していたのかもしれないし、とっさに出た清隆なりの女性との付き合い方の第一歩なのかもしれない。それに対してさよりは、

「いいですよ」

と笑顔で承諾してくれた。



 起きた日曜日、ばかばかしいとは思いながらも公園に向かってみた。

 さよりはいた。

 そして夢と同じように……いやむしろ夢と同じになるように、清隆はあえて映画に誘ってみた。

「いいですよ」

 とさよりはやっぱり笑顔で承諾してくれた。

 耳が聞こえないことをさよりは気にかけてくれていたようだったが、清隆にとってそれはどうでも良かった。

 今唯一楽しみを見出せている夢と、この辛く厳しい現実のギャップを清隆は少しでも埋めたかった。



 それから一ヶ月、三ヶ月、半年と、夢の中の公園での交際と現実の公園での交際は続いた。

 夢で何かが起こるたびにその差を現実でもすぐ埋めに公園に向かう。それに対して運命は拒むことは無かった。きちんと夢の通りにストーリーは進むのだ。

 仕事も病気のことを説明したら、上司達も理解を示してくれた。生活に困ることも一切無く、皆の気遣いも清隆には嬉しかった。ただ金曜の飲み会には行かなくなった。申し訳なさもあるが、土曜日曜にさよりと会って遊ぶ方が今では楽しみになってしまったことが大きい。

 次第に清隆は夢の中でも、現実でも結婚を少し真剣に考えるようになっていた。

 清隆自身もバカバカしいとは思うし、第一夢の中でどうやって婚姻関係を結べという話だとは思う。けれどもこのわずかな可能性を逃したら結婚できないかもしれない。そう考えると清隆がこの今の運命に何とか便乗してしまおうと考えるのは、仕方が無いと言えば仕方が無かったのかもしれない。



「今日はどこかで結婚の話を切り出そう、今まで通り運命を味方につけて」

 と勝負に臨んだ夜。

 さよりは珍しく笑顔ではなかった。

 泣きながら言ったその言葉、もうさよりは泣きじゃくっていて携帯に打ってもくれなかったが 清隆が唇を読むにそれは、

「さようなら」

 だった。



 勢いよく起きると、まだ夜明けになるかならないかくらいだった。

 まず起きてすぐ泣きたい気分になった。今まで自分が夢と現実を合わせようとすると、運命は味方してくれた。ということは運命はやはり今回も味方するのだろうか……。

 たまには朝の散歩もいいかと、そして何よりこの冷える朝で何も考えられない頭を冷やしたかった。清隆は半ばあわてて外を出る。



 確かに冷える朝だった。ほてった体からこれでもかと熱を奪っていく。頭を冷やすのには少しきつ過ぎた。

 公園の前を他意もなく、通り過ぎたところで清隆はそのざわめきに気がついた。もちろん音は聞こえない。けれども周りの人達が時間帯にも関わらずせわしない。

 見上げた向こうには炎が燃え上がっていた。



 最後の夢は予想以上に当たらなかった。清隆に味方してくれなかった。

 確かにさよりは次の日から見かけなくなったが、「さようなら」は言われなかったのだ。でも自分は親戚でも友人でも恋人でもないので、葬式に行くわけにも行かない。これからそういう関係になろうとしていた矢先だったというのに。

 夢と現実の大きな壁に気がついたその日からもう二度と清隆は夢を見ることはなかった。

とりあえず書き終えました……。

初めてのグループ小説なので、何か大きいことを無視しているかもしれません。その時はアドバイスお願いします。


私の大好きな勧善懲悪……では無いですね。でも私の作品の中で結構多く使われているアンハッピーエンドです。


あと11月は童話企画と色小説が残っていますね。それらを早めに片付けて、先日から開始した新連載「今、あじあ号に乗って」や「After9」を進めていきたいと思います。これからもよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 予知夢という中で、淡い恋を育む。 恋の予行演習が出来るなんて、まさに「夢」のような話で面白かったです。 ラストが唐突に感じたので、もっとゆっくり進むと余韻が残って良かったかもしれません。
[一言]  なんとも言えない不思議な話でした。夢で僅かな幸せを掴んでいたのに、冒頭の記述通り、正に「儚い」物語だったように思います。  難しいテーマを様々な設定を使い、丁寧に大人っぽく仕上げていたのが…
[一言] 今回の夢と現実の境界線はなかなか難しいですね。それでも話としてまとまっていたので良かったとは思いますが、途中で流れ分からなくなってしまいました。今の場面は現実なのか夢なのか。まさに境界線状態…
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