異変の現状
今日も今日とて平和でしたっと…まあちょっと暑かったけどね
ふと思ったこと…この世界に科学では説明できない何かってないのだろうか…
「うわぁ…すっげぇ殺気立ってんなぁ」
都に着いてまず目に入ったのは殺気立った兵士や陰陽師達の姿であった。
いや、殺気立ったなんて生易しいかもしれないな。対応の仕方によっては殴られるかもしれないな。
「おい、こっちだこっち」
「あ、すまん」
そんな中、俺は晴明に付いて行く。
「あ、そうだ晴明。なんで俺を呼びに来たんだ? 自惚れじゃねえけど確かに力にはなると思う。でもわざわざ人外を呼び出すなんてよほどだぜ?」
騒がしい道を歩く中、ずっと考えていた疑問を晴明にぶつける。すると晴明は一瞬苦いとも辛そうとも言える表情を浮かべるがすぐにいつもの凛とした表情に戻るとすぐに俺に疑問に答えてくれた。
「何、簡単なことじゃ。それだけ力が必要ということじゃよ」
「それだけ? 本当に?」
「…ああ、本当じゃ」
一瞬間が空いたがとりあえず晴明の言うことだ、本当だろうと自分の中で結論を出すと、そうか、と短く返し晴明の後を追う。
しばらくしてふと歩みを止める晴明。
どうしたんだろうか?
不思議に思うと突然こちらに振り返る晴明。なんだ?
「なぁ、蔡よ」
「ん?」
「…お主は、挫けぬか?」
「挫けぬ?」
唐突に謎めいた質問をされ、俺の頭は軽く混乱に陥る。
挫けぬ?
分からない、如何なる意図があってそのような質問をしているのか全く分からない。
今この多忙を極める現状で短いこの質問の意味…どういうことだ? そんな事を聞いてくるなんて…何か大きな悩みでもあるのか? いや、あの晴明だ、例えどんな悩みや苦悩があっても己の手で解決するだろう。決して長くもなく短くもない中途半端とも言える付き合いではあるが、それは確信を持って言える。なら一体…
俺は頭の中で色んな憶測を立てながら答えを探す。しかし一向に見つからない。それどころか手がかりすら掴めず、余計に迷宮を複雑にするだけだった。
そんな状態を察したの、晴明は静かにいや、気にしなくていい、と言うと歩みを再開した。
「一体どういう意味なんだ?」
結局俺はその質問の真意が分からないまま晴明の後に続くのであった…
しばらく歩き幾つもの建物を見過ごして、ある変哲もない小さな建物を前にようやく晴明は足を止めた。
「晴明、この屋敷は?」
「ん、時折陰陽師の集会に使っている所じゃ。既に他の同僚達も集まっておる」
そう言うと晴明は建物の扉を開けるとさっさと奥に行ってしまった。俺もそれを見て後に続く。
そして中には入り、細い廊下を抜けると急に開けた空間が姿を現した。
先ほどの小さな建物からは考えられないほど大きな部屋。床も綺麗で置いてあるものはどれも重要な商売道具だと俺でも分かる。天井に暗い時にも大丈夫なように蝋燭まで…すごいな…
そんな感想が漏れる中、晴明が集まれ、と声を上げる。するとまだ踏み入れていない奥の方から続々と見覚えのある陰陽師達が姿を現した。
「おい晴明、こいつら」
「ああそうじゃ、お前達人外と仲が良い変わり者たちじゃ」
愉快そうな笑みを浮かべながら晴明が言うと周りの陰陽師から、変わり者とは酷いなあ、など今の京に似合わないくらい平和な言葉が帰ってきた。
「お久しぶりです蔡殿、本日は男の姿ですかな?」
「ん、お前は確かいつぞやの熊事件の…男のほうが気楽でいいんだよ」
そんな賑わいの中、知り合いの一人が俺に声を掛けてきた。こいつは昔熊の妖怪退治の以来の時知り合い、それ以来長く交友関係の続いている陰陽師の一人なのだ。
「ほほ、そうですな…では、本日もよろしくお願いしますぞ」
「はは、こちらこそ」
そう言い軽く握手を交わすと、では、と他の陰陽師達の所に向かっていった。
「しかしお主も変わり者よの」
「何がだよ」
「お主のような人外が本来敵対するはずの陰陽師と時間を掛けて友好関係を築く…しかもこれほどのじゃ。変わり者以外に何があろうか」
隣にいる晴明が唐突にそう漏らすと俺はそうかぁ? と返し、改めて周りの陰陽師達を見渡す。ざっと見ただけで五十人はくだらない。しかも見ればその陰陽師達、全員俺と何かしら良好な縁がある者だらけ…いや、言われてみたら本当に変わり者かもな俺って。
「これほど人と化物が友好関係を築けるなんて…想像すらせんかったわ」
「まあそれだけ摩訶不思議がいっぱいってことだ」
違いない、と言うと晴明は視線を同僚達に向ける。
「そうじゃ、お前にはこれを渡しておく」
そんな時、また唐突にそう言うと晴明はどこからか装飾品らしきものを取り出し、俺の方に突きつけてくる。
これは? と質問をしながらそれを受け取ると晴明はふふん、と自慢げな表情を浮かべながら説明をしてきた。
「それは儂が誠心誠意を込めて作ってやった黄楊櫛じゃ」
「櫛?」
「ほれ、お前には女の姿があるじゃろ」
「…」
ああ、そう言われればそうだった…
「だからこその黄楊櫛じゃよ。元が女ではないとは言え、女の時は女じゃ、身だしなみくらいはきちんと正しておかんとな」
「…まぁ、とりあえずありがとう。礼は言っておく」
「うむ」
俺の言葉に満足したのか、笑みを浮かべると今度こそ陰陽師達に視線を向け、喋らなくなった。
「変わり者、ねぇ」
思い返せば長い道のりだった。
始めこの都に来た時に久しく出来た人間の友人、西行寺幽々子とその従者、魂魄妖忌。
どちらも出会いとしては良くも悪くもない、言わば普通の出会い。でも会うべくして会ったせいか、関係は他人から知り合い、知り合いから友人、そして友人から…家族へ…
まあ家族は家族でも、ちゃんとした家族ではないけどな。正確に言えば、本物の血の繋がった家族のように仲が良いってのが正しい。
まあそそれくらい仲が良くなって、色々あって、それから晴明とある事件を境に友人になって。季節が変わるごとにやれ宴会だのやれ花見だのやれ飲み会だの…紫と晴明が大喧嘩してそれを俺と亜紀と藍が沈めて反省させて、幽香が夜這いとかかけてきて藍と一悶着あって…そして幽々子が、逝っちまって…
その時のことを思い出すとこみ上げてくるものがあるがそこはそこ、今は泣くときではないと堪える。
まあでも、悪くない人生、いや化物生、でもなくて…化生? いや妖生で良いか。まあ良い妖生だったな。
「おい、思い出に浸るのも構わんが、そろそろ本題に入りたいのだが?」
そんな思い出に浸っていると晴明がさっさとしてくれと言わんばかりに俺を睨みつけてきた。
さすがに怒らせたら面倒だと俺は理解しているので悪い悪いと返すと晴明達のもとへ向かう。そして適当な場所を見つけるとそこに腰を下ろし、話を聞く態勢を取る。
「ではさっそく此度の一件の発端と現状、動き方を説明する。構わんか?」
晴明は改めて説明の開始宣言を行うと異論はないか周りを見渡す。しばらくの後、誰からの反論もなく問題なしと分かると早速説明を開始した。
「此度の一件、まずは発端、いや、陰陽師達が大勢で動くことになった原因じゃが、最近都の周辺で村などが襲われているという話は知っておるの?」
村…ああ、あれか。
確か藍が言ってたっけ? なんでも近頃村を荒らし回る不届きものがいるらしいが…
「それがどうかしたのか?」
「うむ、その襲撃回数がどうも見逃せない回数になってしまったようでな」
「というと?」
「そうじゃな…既に耳に入っているだけでも五件はくだらん」
そ、そんなにか…
俺はその回数に呆れの溜息を漏らす。だがそこでふとある疑問が浮かんだ。
「でも待ってくれ、何故そんな回数になるまで放置してたんだ?」
そう。まず既に襲われた段階で依頼が来てるはずだが…
「…まあそれだけ相手が強いということじゃよ」
間を置き苦笑を浮かべながら、全く最近の奴はなっとらん、なんて愚痴をこぼす晴明。
しかしなるほど、相手がそれなりの強者だった訳か…いや、それとも担当の陰陽師がヘボだったのか…まあ晴明の反応を見る限り後者だろう。
「まあそれはともかくじゃ、そういう事もあってか相手のことを知るため都のお偉い方と調査に出たのだが…まあこれが厄介なことでな」
「厄介?」
「うむ…調査の結果、その襲撃の主犯は妖の集団ということが判明した」
妖の集団…つまりは集団暴走ってとこか? まあ暴走とはまた違うかもだが…
「妖怪の集団襲撃…あれか、食事のためか?」
「ん…いや、そうでもないらしい。遺体を調べたりもしたが、喰われたあとは少数しか見つかっておらん」
「ふうむ…」
食事のためでもない…となると何かしらの復讐か? いやだが復讐するにしても目的性がないな。
「何か他に見つかった遺留品とか分かった事は?」
「ん、遺留品はどれも無残な状態だった。どの品もボロボロで懸命に調べてようやく原型が分かる程度じゃ」
となると結構派手に殺していったみたいだな。
「まあともかくじゃ、それくらい派手にやらかしているらしいので、こうして大勢で解決に乗り出すことになったのじゃ。発端は大方把握したか?」
そう言うと皆は黙り込み、肯定の意を示す。もちろん、俺もだ。
「そうか。では次に現状じゃが…まああれほど殺気立っているのだ、言わずともわかるまい」
そう言うと視線を下に向けため息をつく晴明。
まあようは今日も発生したと…そういうわけだ。
「で、場所は?」
「ここより西に歩けばすぐの所じゃ」
西か…家とは反対の方角だな。
「それがどうかしたか?」
さっきの質問に晴明が、どうしたと聞いてきたが俺はなんでもないぜ、続けて、と言うと晴明の話を聞く態勢に戻した。晴明の余計な詮索をしてこず、すぐに話を戻した。
「うむ…現状は特に言わんでもわかるだろうから省く。次に行動じゃが…」
それからしばらく晴明達と打ち合わせをし、今後の行動をどうするか決定した。簡単に言えば殲滅、至って簡単である。
だがどうしてか俺に簡単には思えなかった。何故かは知らないが、こう別のところで何か動きがあるような気がしてままならない。
変な事態に陥らなければいいのだが…
「………」