キスが深くなるにつれて、深く深く落ちていく
あ、チューしてる。
私が見つけたのは、まだ制服がくたびれていない恋人たち。私のスカートなんてしわくちゃなのに。いや、ただアイロンかけてないだけなんだけれどね?
……なんというか、その、二人のチューが、長い。舌とか入ってないって思うんだけど、それでも長い。
あ、ようやく離れた。
唇同士が離れたと思ったら、二人の身体的距離も一気に離れた。初々しいなぁ、初チューなのかな。
そう思いながら眺めていると、二人は辺りをキョロキョロと窺い始めたので、見つかったら気まずいな、と私は窓から離れる。私は三階の教室の窓からだし、そうそう見つかるとは思えないんだけど、まぁ一応ね。
もぎゅもぎゅ、と口の中にご飯を詰めながら、今まで窓の下に向けていた視線を正面へ向ける。とは言え別に珍しいものはなく、真正面では春花が右手で箸を、左手で携帯を操作しているというちょっと器用っぽいことを披露しているだけなんだけども。
つい最近までは、遠山にフられた! と世界の終わりかのように嘆いていたと言うのに、もう立ち直っている。多分今はツイートなう。こうなると私と春花の間に会話と言うものは無くなってしまうので、私はもう一度窓の下へと視線をやる。
窓の下はちょうど藤棚――藤が植えられている木製の壁なし小屋みたいな――があって、そこの影で先ほどのチューなカップルが仲睦まじくお弁当を食べていた。笑っちゃってまー、目の前の春花がこれを見たら迷わず窓から叫びそう。リア充爆発しろーっ! ってさ。
いや、というか私もリア充爆発派ですけどねー。モラルの悪い恋人なんか特に。道端で堂々とチューしてんじゃねぇよ、通るに通れないよ、回り道させないでよ。大体、一緒にいる意味がわかりません。好きとか全然わからないんだけど。私のパソコンの変換機能で”好き”って、十三番目に出るぐらい縁遠い文字なんだけど。
そういえば、前にこんな風に春花に零したこともあったっけ。
「誰かと一緒にいると、世界が幸せなんだよ」
「家族はダメなの?」
「……なんで家族?」
こんな会話がありました。
というか、別に家族で構わないんじゃ……? 本当に。誰かと一緒ってだけでいいのなら、家族でいいじゃん。親友とかでいいじゃん。恋人なんて必要なの? 誰かが好きだ、誰かに振られた、誰かが浮気した、誰かは誰かのことが好き、誰かの気持ちは誰のもの? あぁなんてややこしい。高等学校ってのはどうしてこうも、恋愛とかおしゃれとかに支配されてんだろうね。
そういう意味では、あの二人は高校における勝者? んで、圧倒的なまでに私は敗者。あー、哀しいね。
それにしても恋人の仲睦まじい様子をなんかこう覗きやってるみたいで、罪悪感を感じ……はしないけど。どちらかというと、気まずい感じ。頼むから上なんて見ないでよね。
二人。
女子の方は、膝よりも上だよねスカート。二回ぐらい折ってるのかな。髪の毛ポニーテール、多分運動部、でなきゃマネージャー。男子の方は短髪でワックス使って立てている。こっちは運動部だろうね、靴が明らかにスパイク。凄いね、あれ、真っ赤だ。
手をつないでいるだけで幸せそう。
じゃ、チューしたときは?
すっごく恥ずかしそうで、もっと幸せそうだった。
するたびに二人の距離は近づく? なんか違う。だってあそこに距離はない。二人だけの世界があるだけ。
あぁなんだか、こんな思考をしている自分自身が恥ずかしくなってくる。
「ついった、面白いの?」
「ん? うん、面白いよー。千里もやれば?」
「ん? んー、いや、やめとく。ハマると止まんなそうだし」
「私みたいに?」
「春花みたいに」
ハマりすぎるってのは怖いよね。何事につけても。そのせいで受験に失敗したって話を私はざらに知っている。あれだってそうだろうな、ハマると怖い。でもアレはハマるもの? 多分、違う。落下だろうな、転落だろうな。
距離はない。
深さが、あるだけ。
――――キスが深くなるにつれて、深く深く落ちていく
一カ月に一度、定期的にはあっけなく崩れました。
どうも玖月あじさいです。
これが年内最後の投稿です。
このあと三カ月は怒涛の忙しさなのでこれも中断するかと思われます。
あれ、上に何カ月以上更新されていません、って出るのは意外に圧迫感ありますね。
ではー