気持ちの悪い月が迎えに来たみたい。
部活帰りの真っ暗な道は、あまり好きではないのだけれども、音楽を聴くことで誤魔化し続けてきた。こつりこつりと歩いて歩いて。疲れたあんよは重たいものよ。鞄は教科書を机の中に入れてるからとても軽いのだけれども。
コンビニの前に立っている、学ラン茶髪の別高校の学生の前を、ちょっと緊張しながら通り過ぎる。車があたしの横のぎりぎりを通っていく。三年間もこんな道を通っていればいいかげん慣れてくる。それでもまだ、不良たちへの免疫はないのだけれども。びびり染めをしていても、親に反抗する気はないし、スカートだって先生に怒られない程度ってのを見極めての短さ。イメージ通りではないのです、あたしは清純女子高生。
だから、人並みに暗い夜道は怖いの。
うん、慣れたけどね。
音楽と右手に収めた携帯とであたしは夜の道を行く。
いろんな人がいて、帰り道のサラリーマンや普通にあたしと同じ高校生や中学生なんかも歩いている。奥に行けばいくほど人は減っていく。
普段は自転車で帰るんだけれど、今日は残念ながらの雨だからてくてくと足で歩くの。面倒だなぁ、なんて思ってませんよ、ごめん思ってる。
残念ながらここまで来ると家が同じ方向の友達なんかとはたいがい分かれてしまっている。寂しい帰り道だ。雨の降る中、ピンクの傘をさして歩く。
ぴぴっ、ぴぴっ、と電子音。デジタルオーディオの充電が切れちゃったみたい。イヤホンを外して、制服のポケットにコードをごちゃごちゃに突っ込んでしまう。ほどくのに苦労するのは帰ってからでいいや。と、イヤホンを外して初めて気付くのはもうすでに雨が降っていないこと。傘を閉じて、空を見上げればもう雲にも隙間ができていて、一人だけ傘をさしていたのがどことなく恥ずかしい。
傘を閉じて、イヤホンも取ってしまうと、思いのほか静かな道に少しばかり不安を覚えてしまうのはどうしてだろう。もしかしたら、すぐ後ろの足音が原因かもしれない。ぴたり、と足を止めてみた。
とても嫌なことに、後ろの足音も止まった。
長らく止まっても、後ろの足音は一向に動き出さない、後ろを振り返りづらい。振り返っちゃ、いけない気が、する。
足をゆっくりと前に出した。
「のぶさわー」
「うあああああああああっ?!」
「いってええええええええええええ?!」
唐突に覗き込んできた顔に瞬発的にびんたを叩きこむ。それから気付いた、こいつ、輪島だ。
「わ、輪島! 輪島大丈夫?! ごめん、つい! っていうか何やってんの?!」
「つい、でビンタしてんじゃねーよ! 乱暴さんめ!!」
「ら、乱暴で悪かったわね!! だから何やってんの?!」
「えー、前にいたからこれは驚かさねばならない、と」
「変な使命感発揮してるんじゃないわよ……」
呆れた声を出しながら、固く握りしめていた左手を緩める。左の手のひらにはくっきりと傘の柄の跡がついていた。後ろを向いても、誰もいなかった。そうか、こいつの足音だったんだ。驚かそうとしていたんだ。このバカのせいだったのか。
ほっと一息つくと、ずれていた鞄を肩にかけなおすと、私は歩き始める。輪島は自転車を押して私の横を歩く。話しかけないのもあれなので、怒っていたけれどそこまででもなかったし、と話しかける。
「自転車? 雨降ってたのに」
「そー、おかげでびっしょ濡れ!」
「……でも押して歩いていたんでしょ」
「は? んなわけねーじゃん、直前まで乗ってたぜ」
「…………え」
もう一度振り返るけれど、街灯の下には誰もいなかった。
誰もいなかった。
「わ……輪島。後ろに誰かいた?」
「いや? あー、声かける直前にはレインコートのでけぇ、多分おっさん? ならいたけど」
「……そう」
危なかったのかもしれない。
見知らぬ男性を後ろを同じ歩調で歩いていただけで不審者扱いはいかがなものかと説教を喰らうかもしれないけれども、ああ、よかった。
輪島がいなければ、場合によっては、最悪の事態もあり得たんだ。
「おいー、いきなり黙んなよー」
「ん……」
道がさっきよりも明るい。
雲が切れて、間から大きな月がぽっかりと顔を出していた。
「おい、どうかしたのか?」
あたしよりも歩幅の大きい輪島は、あたしが横にいないのに気づいて振り返った。表情は逆光でぼんやりとしか見えないけれども、きっと不思議そうな顔をしているのだろう。
立ち止まったあたしの横まで、自転車を押して下がってくると、帰ろうぜ、とあたしの背中を軽く押した。その言葉にあたしは頷き、温かい添えられた手に、背後を恐れず進むのだ。
――気持ちの悪い月が迎えに来たみたい。
なんか久しぶりな気がするまでもなく、お久しぶりです。
過ぎるとだいたい気持ちが悪いことになる、そんな感じのお話で。