夢が世界を創りあげるんだろう。
夢をみるのはいいけどさ。
漫画家にならないのか、と聞いたらそう返ってきた。妙に諦めているというか、悟っているというか。口元は笑っているけれど、目は遠くを見ていた。最後まで弁当箱に残っていたトマトを、箸でもて遊ぶ。コロコロとトマトは左右に転がる、揺れる。
継斗は絵がうまい。素人目かもしれないけどさ、それでも漫画みたいな絵も描けば、油絵での風景画もこなす。それも全部生き生きと。下手の横好きな女子の落書きみたいに、左向きばっかでもなければ、腕が変に曲がっているわけでもないし。油絵だって。……油絵に関してはなにがどういい、とか言えないけどとにかく好きだ。そう言うと継斗は、漫画の褒めよりも、油絵の方が嬉しい、と言っていた。そういえばあの水彩画、黄色い花で埋め尽くされていた絵はどうなったんだろう? 完成させたんかな?
「どうしたの? 食べないの?」
「ん? あー、食うよ」
考えていたせいで箸が止まっていた。俺はカツカツと箸を動かし、残っていた白米と、やっぱり最後に残していたトマトを胃に収めていく。
「夢をみるのって悪いことか?」
ぽつり、と言って、白米とトマトを胃に入れる作業へと戻る。継斗は苦笑している。
「詳細希望?」
白米とプチトマトで頬を膨らませながら俺は頷いた。
「絵にもベクトルがあるんだよ。漫画の方向、水彩画、似顔絵、油絵……プロとして食べていけるのはその矢印の先っぽにいる人たちだけ」
ほんの少し。食べ終わった弁当箱を片付けながら継斗は淡々と言う。
「僕のはほんの趣味程度。明らかに実力の伴わない目標ってのは、夢でしかないよ。それならさっさと切り捨てて、堅実に土台をつくった方がいい」
今日の六限に行われる英語のテスト。その対策用のテキストを、カバンの中から取り出して、弁当箱と交代させた。緑色のふせんがチラリと顔を出している。
「それでも、頑張れたらなれるんじゃねーの?」
両の手のひらをパンッと合わせ、ごちそうさま、で弁当箱を直す。
「……僕には、資格も素質も覚悟もないよ」
「妙に含ませた言い方だな」
「そうだね」
あぁ、ここが一線か。踏み出しかけていた足を引っ込める。不可侵領域。それを守るのは大切なことだ。周りの奴らのラインはあんま分からねぇけど、継斗のはほとんど分かる。継斗も分かっている。黙っても理解できるのはいいもんだ、楽。無理な笑顔も通じないから開き直れる。
「夢みるのもタダじゃねぇしな」
「高すぎるよね、あの料金は」
ため息をつきながら言うと、継斗も大きく頷いて同意した。俺たちは日々、気づかないうちに金を落としている。安心に、希望に、緩和に、夢にと。意外に膨大なもんだぜ?
「……あー。…………あー」
それでも納得できなくて、だらけたような声を出す。俺は、うーん、なんて言えばいいんだろうな。
クスクスと継斗が笑った。カバンから一冊のノートと三冊のファイル、何枚もの紙を取り出した。
「? これ、なんだ?」
紙を見ると、マネキンみたいなのが描かれていた。鉛筆画で荒くて、ごちゃごちゃしている。
「夢樹風に言うならば、夢の残骸」
「やめろ、俺はそんなロマンティックな人柄じゃない」
「ロマンチックゾンチック」
「ロマンチックじゃねぇだろ、それ。言葉だけだろ、ゾンビだろ」
「ロシア語で相合傘」
「ロマンティックだった!」
どうしてそんなロシア語を継斗が知っているのかはおいといて。夢の残骸の正式名称は、ラフ画というらしい。漫画の下書きの下書き。
「前はね、何も考えずに欠けていたんだ。いつからだろうね、将来の二文字が予想外に重いことを知ったのは」
毎日毎日、厚い教科書や参考書を詰め込んだ重いカバンを手に、俺たちは登校する。重いのはたんに重量だけだろうか? いや、そんなことは決して。
「一番先っぽの人はすごいよね」
「プロ中のプロ、だもんなぁ」
俺だって、ボルトになれるとは思ってねーよ。そう言うと、継斗も、手塚治虫って偉大だよね、と同意した。
「届かなくてもすごいとは思うだろ?」
俺は頷く。
「憧れる。僕らがその人たちと同じ高さに立つ? それこそ夢だ」
また頷く。自己記録更新は、難しい。ましてや世界記録とかさ、もう、括弧笑いみたいな。だから、諦めるしかねーのか? なんかさ、寂しくね?
「でもさ、だからといって切り捨てていったらその人たちが普通になってしまう。先っぽの人たちが先っぽたる所以は、その根元に僕らの夢があるからだよ」
「夢が?」
「あー、ったくさぁ、こんなの言わせないでよ、恥ずかしい」
顔を赤くさせてファイルで顔を隠す。なんだ、こいつツンデレか。なんだかんだで大人ぶって、諦めたふりして、全然じゃないか。なんだ。俺たちはまだ、子どもじゃないか。
――――夢が世界を創りあげるんだろう。
一年ぶりなんですね(絶望)
更新、ちゃんとできるように、頑張ります……。