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ピースが足りない  作者: 白い黒猫
ピースのありか
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穏やかな日常的な風景

 月曜日、俺は新聞を読みながらコーンフレークで簡単な朝食をすませ、歯を磨き、髭を剃り仕上げに水で顔を洗いサッパリさせる。スーツに着替えモードを仕事へと切り替える。社会人というのはこういう時良いなと思う。プライベートでどんな問題を抱えていようが、仕事をしている間は気を紛らわすことができる。

 俺は精力的に午前中の仕事をこなしたとき、スマフォに香織からメールが入っているのに気が付く。


『一日早めだけど、明日退院という事になりました。 後は飲み薬で対応していくという事です。 

入院中色々迷惑かけてごめんね! 明日から頑張るから』


 俺の心に、少し安堵の気持ちが広がるのが分かった。そして全てが元通りになる。俺はそう自分に言い聞かせる。

 そして火曜日、早めに帰宅した俺を香織が笑顔で迎えてくれた。外にお祝いで食べに行こうと言ったのに、家の中には香織が作った料理の香りが満ちている。香織の存在により昨日とは打って変わって居心地のよくなった部屋の空気に、俺の心が安らいでいく。香織を抱き寄せその感触に自分が満たされていくのを感じた

 

 香織が退院した事で、俺の愛おしい日常生活が完璧に戻ってきたように感じる。入院中香織に投与された薬は、突然に投与するのを止めるわけにはいかず、徐々に薬を減らしていく事が大事ならしい。薬の服用は暫く続くことにはなったが、日常生活には何の支障もなかった。それに入院中彼女の中で何か吹っ切れたものがあったようだ。表情に笑顔が戻り、前以上に俺に甘えた態度を見せるようになった。俺が彼女不在の生活が寂しかったように、彼女も俺と離れていた事を寂しがってくれたのだろう。新婚当初のように、俺達はキスをして愛し合うそんな日々が始まる。


 鈴木薫も香織から四日ほど後に無事退院したようだ。彼女の場合は外科ということもあり骨折といったものがそれで治ったわけでもなく暫くリハビリなどの為通院しての生活が続く。病院で生まれた香織と鈴木薫との友情は、二人が退院した後も続いており、リハビリに通う薫の為に車を出したり、一緒にショッピングを楽しんだりとしているようだ。楽しそうに薫の話をする妻を、俺は笑顔を作り黙って見ていた。

 また鈴木薫の弁護士である佐藤氏からも連絡があり、かなり鈴木薫にとって良い条件で決着がついたと知らせてくれた。相手は、治療費とは別に、その間の生活費、そして相手の男性が鈴木薫からだまし取ったとされる金額、そして慰謝料といったものを諸々あわせて四百八十万円支払われることになったらしい。前面的に非を認めて詫びたつもりというより、相手の傷害罪はもう間違いないという状況だけに、さらに詐欺容疑までをそれに上乗せしたくなかった事。相手の家族からしてみたら、さっさと鈴木薫との縁を切りたかったというのが本音なのだろう。まあどういう理由にせよ、シッカリお金を取れたのは良いことである。

 俺は佐藤氏にお礼を言い電話を切ったあと、『四百八十万』という金額に思わず苦笑してしまう。とんだ事でこんなにもピッタリなお金を手に入れることになった鈴木薫が、今何を思っているのだろうか? 夢が叶うと、喜び勇んで直ぐに精神科の病院へと駆け込んでいるのか? 俺は頭の中から彼女を追い出すように頭を横に振った。


 鈴木薫という存在も、一ヶ月たつと俺達夫婦の日常生活に平和に溶け込み馴染んでいった。といっても病院で会って以降、鈴木薫とは顔を合わせていないので、香織通しての関わりではあるが、それくらいの距離感が妻の友人との関係というのも丁度良いものなのだろう。


 十月の半ば、久しぶりに早く帰れることになり、俺は香織に帰るメールを入れるが返事はこなかった。時間もいつもより早かったこともあるし、香織はスマフォをバックの中に入れたままということもあるので、俺はさほど気にせず家に帰る。


 玄関のドアを開けると、室内には確かな香織の気配がする。「ただいま」と声かけながら家に入る。そして靴を脱ごうとして見慣れぬものをそこに発見する。香織のモノにしてはかなりデカ過ぎるスニーカー。


「おかえりなさい、早かったのね」


 奥から笑顔で香織が出てくる。そして表情だけで、リビングに来訪者がいる事を伝えてくる。


「こんにちは」


 お客様に挨拶するために、リビングに入ると、そこには鈴木薫がいた。俺の挨拶にビクっとその肩を奮わせてコチラを見上げてくる。

 顔にあった痣も殆ど目立たなくなり、髪も美容院に行った後なのか、綺麗に揃えられていて病院にいたときよりもさらに女性らしくみえた。ただ俺をジッと見上げてくる目は、泣きはらした後なのか真っ赤になっている。入院中、あんな状態でも世間に立ち向かわんと強気で毅然としていた様子が嘘のように憔悴し、彼女が小さい子供に見えた。怯えたように俺の方を見ている鈴木薫を静かに見返す。


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