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ピースが足りない  作者: 白い黒猫
どちらにしても足りない
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夫婦の形

 入院生活というのは、時間に追われ忙しい生活をしている人から見たら、優雅にみえるかもしれない。

上げ膳下げ膳の貴族のような優雅な世界。しかしプライバシーといったモノがない。見舞いに来た仕事仲間や、私の弁護士や、元彼の弁護士や刑事などの会話で、この病棟にいる人は皆、私がこんな身体で病院に運び込まれた事情が分かっている。困った事に、私のいる病棟が包帯で覆われた箇所意外はすこぶる元気な、退屈しきった人達ばかり。彼らにとっては恰好な話の種で、良い退屈しのぎだったかもしれない。


 最低男に引っ掛かり、全身打撲に右足は複雑骨折で入院生活を余儀なくされた私。一週間を過ぎ、顔を青色を越えて黄色に変じる所まででてきて凄まじい状況となっている右目の回りの痣。腫れは惹いたもののまだ傷があるために化粧で隠すこともできていない。病院で友達となった鈴木香織が、午前中にコッソリ病院を抜け出して隣にあるスーパーで買ってきてくれた深めのニット帽子で今、何とか上手く隠している。


 こんな状況の私を、香織は普通に受け入れ友情を示してくれる。香織とお茶をする為にリハビリを終えレストランに行くと、今日は彼女は一人ではなかった。

 体格も良い二枚目の男性と一緒に楽しそうに話しをしている。前にもチラリと見たことがある、彼女の旦那様。今日は土曜日だったことを改めて思い出す。邪魔したら悪いとコッソリ去ろうとしたが、香織がいち早く私の存在に気が付き、嬉しそうに手を振ってくる。そして一緒にいる男性に、嬉しそうに何やら話している。『入院中にお友達になった鈴木薫さんよ』と言う感じで私の説明をしているのだろう。その男性はコチラに紳士な笑顔をむけ、私に近づいてスマートに挨拶をし車椅子を動かすのを手伝ってくれる。こういう一連の動作が自然に格好良く出来るというのも凄いなと思う。ジェントルマンという生物が、日本においても生息していたという事実に純粋に感動する。


 そして私は、香織とその夫賢治と向かい合うように座る。ニコニコと笑う香織と、笑顔を浮かべながら私を怪訝そうに見ている夫の賢治。

 私はあえて、その夫の視線を気付いてないようして、会話を続けていく。


「鈴木薫と鈴木香織、読みが一字違いだけなんて面白いわよね」


 香織にとっては、夫がいる事が嬉しくて堪らないのだろう。いつも以上にはしゃいでいて楽しそうだ。

 それに昨日から、彼女を悩ませていた病室から移動になった事で、久しぶりにゆっくり睡眠もできたのだろう。顔色もよくなった。彼女は不妊治療で苦しんできたのに関わらず、産婦人科の近くの病室に入れられことで、精神的に追い詰められていた。それを私は見てられず、病院に訴えたことで昨晩から病室が私のいる外科に移動になり精神的に楽になったようだ。


「でも、まあ『鈴木』の名前は、一般的だからね。俺は一字違いどころか同姓同名に結構会うことがあるよ」


「そうですね、私も昔同じクラスに、漢字は違うけど、同じ名前の女の子がいましたから」


 他愛ない会話を装いながら、賢治が常に私の事を警戒し探るような目で見てくる。


 そりゃそうだろう、大切な奥様がお友達と紹介してきたのが、女装した男だったのだから。


 点滴の残りが少なくなってきたことで、香織が、点滴を外すために一旦病室に戻ることになった。賢治も一緒に付きそおうとしたが、すぐ戻るからと香織は一人で病室に戻ってしまった。点滴を取るだけではなく、その後脈拍や血圧をはかったり以外に時間がかかる。落ち着かない病室で手持ちぶささの時間を夫に過ごさせるのも申し訳ないと思ったのだろう。そして取り残される、私と賢治。何というか……気まずい。なんだろう間男であるかのような居心悪さは。


「あの、」

「この度は、本当に有難うございました。鈴木さんには感謝しています」


 私は、一度ちゃんと説明する必要があると口をあけたが、同時に相手も言葉を発してきた。

 明かに相手の方が文章になっていたので、譲ることにする。


「いえ、私は奥様が倒れられた時に。偶々居合わせただけですので」


「病室移動の事も感謝しています。貴方が働きかけてくれたと病院の方から聞きました。ところで……」


 その最期の接続助詞から、『本題が来た!』と感じ私は先に言いたい事を言うことにする。


「あの、ご心配なく、私は女性に恋愛感情といったものは抱けませんから」


 今まで、他人に自分の恋愛感とかを言ったこともなかっただけに、コレでも私としては、かなり勇気をもって発した言葉だった。

 しかし、驚いたようにポカンと私を見て、相手は笑い出した。


「失礼、それは理解しています。私は職業柄人の感情や本心を読むのは得意だ。妻と貴女が純粋に友情を築いているのは分かっています。それに貴方から男性といった要素はまったく感じない。実は最初見た時に女性だと思いましたし」


 女性と見て貰えたことは嬉しかったが、ここまでハッキリと『お前なんて俺の敵となる相手じゃない』と言われた事には、微妙な気持ちになる。確かに世間的にはオカマのホステスをやっている私と、体格もよく二枚目でエリートな感じのこの男とは勝負にはならないだろう。勝負するつもりもないけど。


「でも、あまり私を良く思ってはいませんよね」


 相手は困ったように笑う。そして首をふる。こういう顔も行動も、TVでドラマ等に出てくる二枚目俳優のように決まっている。


「いえ、そう思わせた事は謝ります。妻を助けてくれた事も、妻と仲良くしてくれている事も感謝しています。――ただつまらない嫉妬です。妻を助けたのが自分でなかったのですから」


 頭も良いようだ。さりげなく自分の弱さをさらし、相手を信頼させる言葉を発してくる。でも彼が言ったのは嘘ではないが、私の言葉の返事にはなってない。

 彼は私を警戒している。あいにく、私はこの男のほど自分の感情を隠すのが上手くない。そんな納得していない感情をしっかり表に出してしまったのだろう。賢治は苦笑する。


「本当ですよ、貴方にチョット嫉妬している。貴女も気付いているでしょうが、香織は人見知りが激しい。俺だって彼女と普通に話せるようになるのに一年以上の時間がかかったのに、貴女はほんの数日で彼女の信頼を手にいれた。それが友情でも戸惑っている。あと君の事、何処かで見た気もしてね。それを考えていました」


「奥さんにベタ惚れというわけですか。そんなノロケ私には痛いだけなんですが。後、宝塚の男役をやっていたような女優に似ているとかいったら、怒りますよ」


 悪い人ではないのだろう。そして、妻のここ数日の様子を聞いてくる。

 二人の出会い、このレストランで仲良くなった事、入院生活の中でギリギリまで追い詰められた段階で、隣にいた自分に胸の内を漏らしたという事を。

 時には顔を歪め真剣に聞いている賢治の表情を見ていて、この男は本当に妻を愛していて、守ろうとしているのを感じる。この人と一緒ならば、香織も大丈夫だろうと安心するのと同時に、自分は決して香織のように男性に愛されることなんてないだろうというのを分かっているだけに、嫉妬で心が痛む。私が彼女のように、男性から愛されるというのは難しい事だろう。

 そんな事を話していると、香織が戻ってくる。点滴スタンドから解放されて身軽そうだ。


「二人で何、話していたの?」

 

 ニコニコと笑いかけてくる。すっと、夫の隣に座り首を傾げるように顔を見あげてくる。その仕草が可愛い。


「いろいろ、あと薫さんが、誰かに似ているよねといった話とか。香織も、誰かに似ていると思わない?」


 香織は首を傾げ私の顔をしげしげと見つめる。つぶらな瞳でこんなに真っ直ぐ見つめられると、私でもドキドキしてしまう。こんな可愛い奥さんをもつと、男にしてみたら色んな者に嫉妬してしまうのも仕方が無い気もする。


「うーん 天海祐希さんとか?」


 美人女優に例えられるのは嬉しいけど、やはり、ああいうゴツイ印象なのね。私はため息をつく。そんな私を見て、賢治は笑っている。私はジロっと賢治を睨み付ける。肩をすくめ『失礼』と賢治はたいして申し訳なくもなさそうに謝った。

 何でだろう、紳士的で一見普通に接してくれているこの男。でもこの男の視線は酷く居心地が悪かった。

 今まで散々自分に向けられてきた、嫌悪感とか、嘲りとか、奇異とかの拒絶の視線ではない。彼は軽い嫉妬と言ったが、それだけがこの心地わるさの原因なのだろうか? 分からない。私はあえて気が付かないフリをすることにする。

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