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ピースが足りない  作者: 白い黒猫
分かれ道
20/24

崩れていく風景

 季節の移り変わりは人間の生活に変化を与えて当然だが、人は何故勝手に自分達で作った区切りである週とか月とかいったモノに縛られて、こうも窮屈な思いをしなければならないのだろうか?

 昔とは異なり、コンビニは無休で開いており、ショッピングビル、スーパーも下手したら元旦から開いているような現在において、年末年始なんて、あそこまで特別扱いしなくてもいいのでは? と思ってしまうのは俺だけなのだろうか? しかも、人は年末年始に揉めたくなるようで、この時期は何故か弁護士という仕事は忙しい。それに加え、休日も多くなるので、俺は目の回るような時間を過ごすことになる。

 前月にある末日から今月にある一日の境目と、大晦日から元旦へと境目、時間は同じリズムで刻み進んでいく。なのに人はその時に大騒ぎをする。俺と香織は、年末年始も俺の両親と高梨さんの五人で賑やかに過ごした。元旦は皆でお節を突き、二日に初詣に行きつつショッピングを楽しみ、三日目、両親と高梨さんを玄関で見送る。俺はやっといつものテンポの時が戻ってきた事にホッとする。

 皆が帰った後の片付けをしている香織を後ろから抱きしめ、そのまま明るいリビングで愛し合う。


『ケンちゃんったら!』


 終わった後も甘えるように香織に抱きついている俺を、香織が子供をあやすかのように笑いながら撫でる。俺はさらに甘えるようにはだけた香織の胸に顔を埋める。そのまま大の大人二人が、小さい子供のようにじゃれ合い笑いあう。子供の頃に出会って、二人で大人になり、再びまた子供に戻っているなんて、我ながらおかしな夫婦だと思う。

 残りの休日はそんな感じでまったり過ごし、ようやく俺は人心地をつくことができた。


 そして休みがあけ、再び慌ただしい日常が再開する。とはいえ、大きな問題があるわけではなく、平和な生活である。

 香織を通して、鈴木薫の情報なおh聞きたくはないけれど、入ってくる。意外な事に、両親が理解とまではいけないものの歩みよりを見せているようで、思ったよりも話が順調に進んでいるようだ。俺の中でどうしようもない苛立ちと焦りが募ってくる。

 香織は自分の事のように、ニコニコ笑ってそういった情報を俺に話してくる。鈴木薫を応援し彼女が幸せになることで、香織自身も幸福感を感じようとしているのだろう。


 俺は、その夜、あまり訪れた事のない新宿二丁目という地域に足を踏み入れる。以前鈴木薫からもらっていた名刺を頼りに、雑居ビルの地下にある『モンゴメリー』というお店の扉を開く。

 その店は、かなり厳つい身体で男っ気のある明るいママが切り盛りしているお店で、古さが味わいになっている感じのスナックだった。良くいえばアットホーム、悪くいえば泥臭い感じ。常連も多い様子で平和な空気の流れを感じる。一見である俺はかなりその空気から浮いている。


 鈴木薫はお店に入ってきた俺を見て、驚いた顔を見せる。仕事仕様のメイクなようでかなり濃いが、元々整った顔立ちのせいかより華やかさを増して彼女をさら艶やかにしていた。彼女は驚きながらも、奇異の視線を浴びている俺を気遣って奥まったシートに案内する。


 もともと、客に媚びたり、持ち上げたりとして楽しませるお店ではないらしく、店の人は皆気ままに会話を楽しんでいるようだ。鈴木薫の知り合いであるという事もあり、俺を興味ありげに見るものの他のホステスは近寄ってこなかった事にチョットホッとする。


 鈴木薫は、突然訪れた俺が不思議だったのだろう。笑顔で俺を迎えたものの、少し退いたスタンスで接してきた。

 人は自分を映す鏡と良くいったものだ。香織と向き合うことで、俺は自分の弱さや情けなさというものに気付き、鈴木薫と向き合う事で自分に欠けていて喉から手が出る程欲しているものの存在を見せつけられる。

 鈴木薫の事が嫌いだというよりも、そこで見えてくる自分という人間に嫌悪感を抱いているともいうのかもしれない。

 香織と鈴木薫が惹かれあったのもよく分かる。二人は良く似ている。真っ直ぐで純粋で、どうしようもない程お人好しで危なっかしくて見てられない。まるで本当の姉妹のようだ。だから苦手としながらも、鈴木薫についつい口を出してしまう。そして香織にぶつけられない苛立ちが、より彼女に向けられているのというのもあるかもしれない。

 しかも、香織は敢えてやり過ごしてくれる細かい事に、敏感に悉く反応してくる。俺の気に障る形で。


 俺達は、そんな微妙なやり取りをした後に、車で送るという理由をつけ二人で店を出る。

 かなり警戒しているのに付いてくる所が、この女の甘い所で優しさでもあるのだろう。もし此処に俺が単なる知人として居合わせたのなら止めている。身体は男性であるから、いざという時も対等にやり合えるとでも思っているのだろうか?

 暫く黙ったまま、二人とも正面を見つめたまま移動する。フロントガラスの向こうには冬特有の妙に抜けた風景が広がっている。カーステレオを付けてない為に気まずい空気だけが車内に充満している。


「で、今日は私と何の話し合いがしたくていらしたのですか?」


 耐えきれず先に口を開いたのは、やはり鈴木薫の方だった。俺は先程のやり取りで感情的になっていた自分を落ち着かせようと必死だった。


「申し訳ない、何でもない。聞かなかった事にしてくれ」


 笑顔を作りそう言って、ここで引き返す事も今なら出来る。しかしそうするには、もう心は限界を超えていた。俺は大きく深呼吸してから車を路肩に停めレバーをパーキングに動かす。会話に集中出来るように。鈴木薫は車を停めた事に、一瞬びびったようだが、大通りで人通りも多く車もいっぱい走っている場所である事を確認してから俺に向き直る。


「俺と香織と君は、何とも不思議な関係なものだね。三人ともそれぞれ欠けていて、それぞれがその互いの欠けたパーツを持っている。考えてみたら素晴らしい関係だとは思わないか? 互いで補完しあえる」


 鈴木薫は、怪訝そうに眉を寄せ此方を見ている。


「おっしゃっている意味が良く分かりません」


 俺は、一回大きく息を吸って吐き出して、覚悟を決める。


「君の精子を提供して欲しい」


 鈴木薫は目を見開き此方を見るけれど何も言わなかった。正確には口を開きかけたが、彼女なりに俺とのやり取りで学んだのか、話を取りあえず最後まで聞く事にしたようだ。

 

「勿論、君に迷惑はかけない。生まれてきた子供は俺と香織の実子として育てる。君は、俺として診察を受け精子を提供して、後は何くわぬ顔で過ごしてくれれば良い」


 勿論コレは法的には色々問題はある。夫婦で同意であれば精子提供による出産で生まれた事もを嫡出子として迎えることは出来る事は出来る。でもそうするとその旨が記録として残るし、今の時代の流れから子供にもその事を伝える義務が起こってくる。また香織の中に誰だか分からない人物の匿名の精子を受け入れさせるというのに戸惑いもあった。欲しいのは誰の目からみても俺と香織の子とされる子供。それにはコレしかない。鈴木薫は何やら、ジッと考えているようだ。


「香織ちゃんが、こんな方法を承諾するとは思えませんが」


 俺も緊張していたからこの時に、頭の良い鈴木薫なら当然してくると思われていた質問を抜かしてきた事に気が付かなかった。俺は顔を横にふる。


「関係ない、香織にも秘密に事を進める。俺と君との間だけの秘密だ。人口受精は夫婦で一緒に作業行う必要はないからな」


 鈴木薫の表情が、俺を憐れむように歪む。そして彼女は俺を無残に絶望へと追い込む一言を口にした。


「それは無理よ! 香織ちゃんは不妊の本当の原因に察している。だから、妊娠が発覚した段階でオカシイと気が付きますよ」


 その言葉が意味する内容が、最初頭に入ってこなかった。鈴木薫がハッとした顔になり慌てて口に手をやるのを見ている内に、理解していく。鈴木薫がその後何か言っているようだが、何も聞こえない。グワングワンという鈍い音が頭の中で響き、視界が歪む。気遣うように近づく鈴木薫を乱暴に押しのけ叫んだ。


人工授精における、法的な戸籍の扱いというのは私自身は法律の専門家であるわけではないですし、物語の展開を重視している事もあり、あえて間違えて書いている部分もある事はご了承下さい。

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