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ピースが足りない  作者: 白い黒猫
未来への路
18/24

聖なる日の風景

 すっかりクリスマスムードで一色、脳天気な風景となっている商店街のからチョット外れた所にそのケーキショップはあった。勿論そのお店もクリスマスツリーが置かれ、サンタの飾り付けがされていてクリスマスの雰囲気。しかしウッディーな置物で統一されていることもあってか、節操ない派手さはなく、男の俺でも入りやすい空気になっていた。扉を開けると、ベルの音がして店員さんの元気な歓迎の声が聞こえる。


「クリスマスケーキを予約していた鈴木です」


 バイトと思われる若い女の子は笑顔で応じて、奥の部屋にケーキをとりに行く。奥の部屋には我が家分だけではない、いくつかのホールケーキの入った箱が積まれていた。クリスマスの日程前であるものの、我が家と同じように土曜日にクリスマスパーティーを開催する人も多いのだろう。

 今日我が家のクリスマスパーティーに参加するのは、メンバーは俺と香織と高梨さんと俺の両親の五人。俺と香織が子供の時は、クリスマスに高梨さんの家でパーティーをしていた。俺の両親は仕事が休めたとき、もしくは土日であったときのみ参加という感じだった。しかしメンバーの全てが大人になってから、こうしてクリスマス前の週末にホームパーティーをするのが定番になっていた。

 

「お待たせしました~ 此方のケーキでよろしいですか?」


 鈴木様と書かれたケーキの箱をあけ、サンタやトナカイの乗った可愛いクリームケーキを店員は見せる。俺が注文したのではないのでそれで良いのかは分からないが、生クリームのホールのクリスマスケーキでサイズも合っているので頷く。店員は笑顔で頷き、箱を閉める。


「お持ち帰りのお時間はどのくらいですか?」


 この気候で、移動時間も殆どないなので、いらないだろう。


「十分くらいなので、保冷剤はいいですよ」


「かしこまりました。あと、蝋燭はつけられますか?」


 その言葉に俺は悩む。

 そもそもクリスマスケーキに蝋燭を立てる意味ってなんだろうかという事に。誕生日ケーキなら、誕生日の人が願い事をして蝋燭の火を消すことで叶うという意味があるが、クリスマスケーキにたてる蝋燭は何のためなのだろうか? 子供時代、高梨さんは必ず蝋燭をたてそれを、俺と香織が一緒に吹き消してみんなで拍手をして笑い合う、そんな事をしていた。しかし、俺が高校に入った辺りから流石に恥ずかしくなってきて、それ以来香織が一人で吹き消している。そして結婚してからは……。


「いえ、いりません」


 俺は蝋燭を断り、ケーキだけをもって店を出た。


 クリスマスとは本来は、イエスキリストの誕生日でハッキリ言うと、キリスト教以外の人には関係ないイベントの筈。何故キリスト教徒の少ない日本でここまで一般的なイベントになったのだろうか? しかし日本でのクリスマスのイベントは基本、ケーキを食べてみんなで騒ぐそういったイベントでしかない。ケーキ、ご馳走、プレゼントがあることが重要で、大本の理由であるはずのジーザス・クライストは何処かに追いやられているのが現状である。子供にはサンタクロースというファンシーで素敵な存在もあり、クリスマスを神秘的なイベントとなっているが、大人となってしまった今では、単なるチョットした飲み会となっている。


 俺のクリスマスもそんなそんな感じである。

 家に帰ると、美味しそうな料理の香りが俺を迎えてくれる。前の日から泊まりにきていた高梨さんと作ったチキンといった料理がテーブルに並んでいた。部屋にキルトでつくったクリスマスリースやツリーが飾られていて、早くも我が家はクリスマスムードが漂う。

 玄関のベルが鳴り俺の両親が加わったことでさらに賑やかな空気が室内に満ちる。美味しいワインと料理と、気の置けないメンバーでのパーティーは楽しいものではある。このメンバーになると一番社交的な母が話題をもりあげ、それを皆で付き合うという感じになる。


「本当に最近の、若い社員のモノの考え方にはついていけないわよ! 賢治はまさかそんな事はしてないわよね」


 言葉は通じるのに、意志の通じない新人に苦労しているらしい母が此方にその矛先を向けてくる。


「母さん、この年齢でそんな馬鹿だったらどうしようもないだろ」


 言った後に、しまったと思う。


「あんたも、もう三十を超えてしまったのよね……私も年とったものだわ!」


 母が大げさに溜息をつく。


「ケンちゃんは、昔からシッカリした子だったわよね」


 俺がなんとか話を反らそう口を開く前に、高梨さんがノンビリとした口調でそんな事を言ってくる。


「それは、高梨さんの前だけなのよ、家では一人っ子だから態度もでかいし我が儘で」


 確かに可愛い息子だったとは思えないが、世間一般的な基準からいえば、出来た息子になると思われる俺を母はボロクソに言う。まあ、それが母親の愛情表現ではあるのだが、聞いている時は苦笑しているしかない。他のメンバーからみたら微笑ましいのか、ニコニコと聞いている。


「カオちゃんには申し訳ないと思っているのよ! もう少し息子を、可愛くしつけておくべきだったと。ごめんね、こんな息子で」


 母にとっては、口は妙に立つし態度も身体もデカイ俺は可愛いがりがいがないようで、その分の愛情表現を香織に向けている所がある。男物の服も買い物をしていても面白くないらしく、香織をつれてショッピングをしたがる所もある。まあ可愛がってくれるのは嬉しいが、もう少し遠慮というものを覚えて接して欲しいと思う。最近は特に。


「え! ケンちゃんはとっても優しいですよ! 男らしいし格好いいし! 私の自慢の旦那様です」


 香織はニッコリ笑い、平然とそんな言葉を言ってくる。世間一般の姑と嫁の関係のように気を使った会話をしなきゃならない二人ではないだけに、こんな事を本音でサラリと言ってくる香織に、父も母も高梨さんも思わずフフと声を出して笑ってしまう。俺は流石に恥ずかしくなり視線を明後日の方向に向けるしかない。


「本当に、あんたらは仲良すぎよね。出会ってから……もう二十五年……よね? そんなに一緒にいるなんて、下手な夫婦よりも長くよくそんなに喧嘩もせず……なんで、そんな仲良くてまだ子供がいないのかしらね~」


 母は大げさに溜息をつく。


「まあまあ、こればかりは、神様がお決めになることですし、仲の良い夫婦だと子供が入る余地がないから逆になかなか子供が出来ないといいますよ」


 高梨さんがやんわりとそんな口調で母をなだめる。


「そろそろ、ケーキでも食べるか」


 俺は、強引にその話題を終わらせたくて、隣の香織に話しかける。香織は頷き、立ち上がり皆の皿を纏め片付け始める。母も高梨さんも散々訪れている勝手知ったる場所だけに、一緒に立ち上がり食器を下げるのを手伝いだす。話題がなんとか終わったことに俺はホッとする。

 テーブルの上が片付いたので、高梨さんと母はテーブルに戻る。香織はまだキッチンで珈琲の準備をしているようだ。母がケーキを箱から出して皿に移しているので、俺はキッチンのカウンターの所にいく。

 カウンター超しに香織の様子を伺う。真剣でいながら、どこか楽しそうに粉にゆっくりと細くお湯を落としている。表面がふくれあがり泡立ち、珈琲の心地よい香りが立ち上る。最近の香織は強くなったように見える。ふとした拍子に見せていた、傷ついたような痛そうな表情というものを最近は殆どしない。でも本当に強くなったのか、それとも俺に弱さを見せないようにしているのか? そこが読み切れない。


「どうしたの? ケンちゃん」


 難しい顔をしたままの俺を心配そうにのぞき込んでくる香織に、安心させるように笑顔を返す。


「カップを先に運ぼうと思って」


 香織は俺にフワリとした笑みを返す。俺をいつもなだめるときのあの表情だ。


「ありがとう、助かるわ」


 香織の笑みに、俺は出来る限り明るい笑みを返す。カウンターの所にあった、香織が用意してあったティーカップセットをトレイごと持ち上げる。

 俺のこうした苛立ちや弱さが、香織を強く振る舞わせているような気がする。守らなきゃいけないのに、逆に心配させているなんて、何をやっているのだろうか?

 テーブルに戻ると母がケーキの箱の中を何故かのぞき込んでいる。


「あら? 蝋燭は?」


「いらないだろ? 付けてもらわなかった」


 俺の言葉に、母は露骨にガッカリとした顔をする。


「まったく、貴方は気が効かないんだから! ケーキには蝋燭はつきものでしょうに!」


「誕生日ケーキならともかく、クリスマスケーキにろうそくを立てるのって可笑しくないか?」


 俺の言葉に母は首を横にふる。


「貴方も昔は、喜んで吹き消していたくせに!」 


 それは分かっている。ただ、大人だけの集まりで蝋燭を吹き消すという行動はなんかオカシク感じたからあえて貰わなかったのだ。


「カオちゃん、賢治ったら蝋燭もらってくるのを忘れているのよ」


 母が珈琲ポットを持ってきた香織に言いつけるように話しかける。


「あら、まあ仕方がないですね。じゃあ今年はなしでいきますか。そうそうこのケーキ、最近近所に出来たケーキ屋さんのものなんですよ! どのケーキも凄く美味ので、今年はソコにお願いしちゃったんです」


 珈琲を各カップに注いで香織が席に戻ったところで、ケーキが切り分けられ静かにお茶会が始まる。


「やはり、蝋燭吹き消すのがないと、なんかしまらないわね」


 母はまだ、気になっているようだ。


「まあ、蝋燭は昔ケンちゃんが消したがったから付けていたものだから、今はもう大きいしね、蝋燭を喜んで消したがる人も今はいないから」


 懐かしそうに言う高梨さんの言葉に、俺はヤレヤレと溜息をつく。だからあえて蝋燭を貰わなかったのだ。そういう事を一番似合う存在がこの会にいない事を益々感じさせるから。


「二人に子供が生まれたら! また楽しめますよ!」


 母は目を輝かせそんな言葉を高梨さんに返す。こういう顔をしている母は危険だ。


「お母さん、あのな」


 それ以上、言わせたくないので俺は口を開くが、何故か母は俺をキっと睨むように見つめてくる。


「今日だけは、きっちりこの場を借りて言わせてもらうわね! あんたもそろそろ本気で子作り始めなさい!」


「お前な、そういう事は親子とはいえ」 


 父は口を挟むが、母は首をふる。


「あのね、のんびりしている二人に任せておいたらいつになることやら、賢治ももう若くもないのよ! コレ以上ゆっくりしていたら、子供が大人になる頃はあんたはお爺ちゃんよ! それに香織ちゃんも欲しいでしょ?」


 香織は曖昧な笑みを返すことしか出来ない。


「お母さん!」


 俺はやや声を荒らげて止めるが、母はとまらない。


「すごくいい温泉があるって聞いたの、賢治も仕事もいいけれど、頭がそんな事で一杯だから駄目なのよ! お金出してあげるから、あんたは休暇をとってノンビリ温泉につかって子供つくってきなさい」


 俺はその言葉に大きく溜息をつくしかない。今日は香織を責めないで俺に矛先を向けてくるだけマシなのかもしれないが、俺はこの話を早く終わらせたかった。


「温泉ですか素敵ですね、だったら皆さんで一緒にいきませんか?」

 

 香織はのんびりと、そんな言葉を母に返す。だんだん母の会話の流し方が上手くなっている。


「いやいや、香織ちゃんと賢治が二人で行く事に意味があるの! これも親孝行だと思って行ってきなさい。こんな我が儘な息子の世話をして、香織ちゃんも疲れているでしょ。だからたまにゆっくりしなさい」


 香織は俺の方をみて、肩をすくめる。そしてニッコリ笑う。


「どする? ケンちゃん、お言葉に甘えて温泉いきますか?」


 とりあえず、ここはひいて母の言うとおりにしておけば話は終わるかと思い、俺は憮然とした気持ちで頷く。しかしその場しのぎの誤魔化しでしかなく。母はいつまでもこうして、この話をぶり返してくるのだろう。何の解決にもならない。

 いつまでも俺達はこういう、やりとりを続けねばならない? 俺が真実をぶちまけたら終わるのだろうが、そうしたら傷つく人が増え、全てが台無しになる。俺は大きく溜息をつく。


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