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ピースが足りない  作者: 白い黒猫
選択のゆくえ
14/24

求める未来の形

鏡の向こうから釣り目でアイメイクをシッカリいれた瞳が、コチラをジッと睨むように見ている。

私が言うのも何だけど、どちらかというと美人と言われる顔立ちだとは思う。でも、女性にしては幅が広くゴツく感じる体型と、柔らかさとか色気といったものが皆無の為にどうしても中性的な雰囲気を漂わせている。


 『形から入る』って、『格好だけで中身が伴ってない』といった意味もあるけれど、今の私はそれに必死で縋っている状況。

 化粧することで、私は世間に自分が女性であることを表明している。生まれて初めて化粧した時の事を今でも鮮烈に覚えている。自分の性に違和感を覚え始めた時でも、医者にGIDの診断を受けたときでもなく、化粧をしている自分の中に沸き起こる何ともいえない高揚感に、私は自分が女なのだと実感出来た。


 今日は一ヶ月に一度のジェンダークリニックの日。私はいつも以上に念入りに化粧をする。前回、母と鉢合わせした事の動揺が未だに残っている。その不安や苛立ちを隠すためにも、今の私には化粧の力が必要だった。


 いつもより明るめのルージュを入れ、私は大きく深呼吸をする。そして立ち上がり背筋を伸ばしてバックをもって部屋を出た。


※ ※ ※


 ジェンダークリニックの受付を済ませ、待合室の方に緊張しながら進んでいく。

 足取りが重いのは、松葉杖の所為だけではない。気が重いのだ。また母がいたらどうしようか?

 実はアレからずっと携帯の方に、母から電話とメールは入っていた。


『こないだはゴメンなさい。私はただ貴方が心配なだけなの』


 そういった内容のメールに、私は『気にしてないから大丈夫です。治療費を支払わせてしまってご免なさい。今度お逢いした時にお返しします』と一回だけ返信した。


 待合室に行くと、怖れていた通り、母がいて、私の姿を見て少しホッとした顔をしたのが分かった。私は母に何て声をかけたら良いのか悩み、母から目を反らしたときに、彼女の隣に意外過ぎる人物がいることに気が付き驚く。高級そうな柔らかいデザインの薄手のコートを着たその人物は、コチラをみてホッとしたような表情をした。


「香織ちゃん? なんで」


 立ち上がって、母の隣の席を私に譲る。


「ゴメン来ちゃった。昨日の電話で元気がなかったから。そして今、薫ちゃんのお母さんとお話していたの。薫ちゃんってお母さん似なのね、逢ってすぐに分かった。この綺麗な方が薫ちゃんのお母さんだって」


 香織は母に視線をやる。二人はぎこちなく微笑みあう。

 二人でどんな話をしていたというのだろうか? 母は私を見て、『待っていたわ』と弱々しく笑いかけてきて頭を撫でてくる。


 結局二人がどんな会話をしたか分からないまま、名前が呼ばれる。私が立ち上がると母も緊張した顔で立ち上がり、一緒に診察室へ向かう。完全に私の症状を拒絶していた母が、このクリニックにくるという事自体は、私にとって状況は前進したというべきなのだろうか? 不安で振り向くと香織は手をふり、やさしい笑みをうかべそんな二人を見送ってくれた。


 母が前回と異なり、聞く姿勢であったこともあり、今回のカウンセリングは、母に性同一性障害というものについての説明と、私が今現在どう思い何を求めているかという確認といった内容となった。


 母がここに来たのは性同一性障害である私を認めたわけではなく、母としての子供に対する想いからのようだ。そして母は昔通りの母と息子という親子関係に戻ることが望みなのは、言葉の端々に感じられた。

 性同一性傷害は症状が精神的なモノだけに、気の持ちようで何とかなると思われがちだ。それが出来たなら、もうとっくに病院に来ることもなく自分で解決出来ている。

 子供時代から女の子への気になり方が友達と違う事に何となく違和感を覚えていた。女の子への興味が彼女達の持ち物などへの興味となっているのだと思い込んでいた。女の子へ恋愛感情をもてず、寧ろ同性へそういったトキメキを覚える事に動揺し、最初は自分がホモなのかとかなり悩んだ。友達にも家族にも相談も出来ず、新宿にも行ってみてみた。しかし男性に男性として愛されることにも違和感を覚え自分がますます分からなくなった。そして同じ症状で苦しみ続けてきたお店のママと出会い、やっとグシャグシャになった自分を受けとめている場所を見つけた。そして病院に行く決心をつけ今必死で自分と向き合い始めているのが現状だ。自分ですら受け入れきれてない私という存在、母にはもっと難しいのだろう。


「息子は、手術したとしても、女性として幸せになれるモノではないですよね? なら今のまま男性として社会に溶け込んで生きた方が幸せなのではないのですか?」


 先生は、その言葉に困ったように首をふる。


「どのような道を選ぶのが、薫さんにとって幸せなのかは分かりません。でも薫さんは、男性として扱われ生きてきた事で、ずっと一人で悩んで苦しんできたのですよ。貴方が、お子さんにどうあって欲しいかではなく、お子さんがどう生きていく事が、薫さんにとってベターなのか? それを一緒に考えていきませんか」


 その言葉に母は、ジッと何かを考えるように黙り込んだ。私も先生の言葉を受け止め、その意味する所を考える。私だって母を苦しめて不幸にする未来を幸せだとは思えない。家族・友人、恋人など愛する人が不幸で何故幸せになれるというのだろか?


「薫の幸せって、何なのでしょうか?」


 母のつぶやくような質問に応えられる人は誰もいなかった。

 自分がどうすれば幸せになれるかなんて、私自身も分からない。でも、どう生きたいのだろうか? 確かにこのまま手術しないで男性の戸籍のまま生きるという道はある。けれど母が望むような女性との結婚なんて事はとてもじゃないけれど出来ないだろう。そして私は両親に孫を抱かせてあげる事は、どう逆立ちしても無理なのだ。その事を思うと申し訳なさでいっぱいになる。

 女になったとしても、戸籍が女であるから結婚することは出来る。でもそこまで踏み込んで付き合える男性と出会う自信はまったくない。もし出会えたとして、その相手の家族は元男性だった相手との結婚は喜ばないだろう。


 結局それぞれの感情がねじれながらも平行線のまま、二回目の母を伴ったカウンセリングが終わった。

 診察室を出ると、香織が心配そうな顔で立ち上がりコチラを見つめてきた。私はそんな香織を安心させるように笑みをつくる。香織は私のその顔を見て、さらに隣にいる母へ視線を動かす。香織の視線につられ母をみると、私が多分さっき香織にしたのと同じような意味の笑みを浮かべていた。


※ ※ ※


 その後、この三人で近くの喫茶店でお茶を飲むことになった。

 端からみたら、私達三人はどう見えるのだろうか? 香織が他愛ない会話をふることで、私は母とのこの距離をなんとか過ごす事が出来た。今のままではいけないとは思っているものの、今の私達親子の状況と、離れていた時間が二人の関係を強張らせぎこちないものにしていた。

 喫茶店でUの字の形のソファーに香織を中心に私と母という並びで座る。


「すいません、なんか今日私は押しかけるような、差し出がましい真似してしまって。失礼な事も言ってしまって申し訳ありませんでした」


 喫茶店で落ち着いた時に、香織は改めて母に向かい頭を下げそう切り出した。母は静かに首をふる。


「いえ、コチラこそ私達親子の事で香織さんにお気遣いさせてしまって。あと薫が色々お世話になっているようで……」


 香織は慌てたように首をふる。


「いえ、色々助けて頂いていたのは私の方。しかも私一人っ子なもので、薫さんと出会ってなんか妹が出来たみたいで嬉しいのです」


 香織は、そう言いながらニコリと私に向かって笑う。香織の『妹』っという言葉に引っ掛かったのか母は、チョット困った顔をする。

 そして、二人の様子を、黙って伺っている私に、母もジッと見つめ、そして何か決心したように顔を引き締める。


「薫が一番苦しんでいるのは分かっているの。そして私は母親として、本当は貴方を真っ正面から受け止めそして支えないといけない筈なのも。でも情けないことに、どうすればいいのか分からない。感情が追いつかないの」


 その言葉に、私はどう言葉を返していいのか分からない。母をそこまで悩ませ動揺させているのは他ならぬ私だからだ。


「コチラこそ、ゴメン」


 謝ることしかできない。母はそんな私に首を横にふる。


「貴方を責めているのではないの。私が悪いの。ダメな母親よね」


 母は苦しそうに笑う。香織は慌てたように首を横にふる。母と香織は暫く何故か見つめ合う。そして再び私に視線を戻し真っ直ぐみつめてくる。


「でもね、私は貴方を愛している。それだけは伝えておきたいの」


 その言葉を理性で判断する前に、感情が先に反応し今日緊張し続けていた心が一気に弛緩する。そして頬に何かが流れる感触がした。

 香織が、バックからハンカチを出し、私にそっと差し出してきた。私はまた泣いているようだ。


「正直、薫とどう向き合えばいいのか、何を言ってあげればいいのかも分からないし、これからも傷つける事もあると思う」


 母の言葉に、私は泣きながら頷くことしかできなかった。そんな私を香織がそっと抱きしめてくれた。


「香織さん、私は薫の母親だからこそ、貴方のように今の薫を受け入れ、抱きしめてあげることが出来ません」


 母の言葉に私を抱きしめていた香織がビクっと身体を震わせる。そして私から身体を離し母の方を向く。私はただ、二人の顔を交互に見る事しかできなかった。なんとなくその様子から二人がどういった会話をしたのかおぼろげに分かった。


「でも、もう逃げずに努力はします。まだ現実から目を背けようとしている私に、貴方が腹立たしいのは分かりますが、これが私の精一杯なのです」


 母が苦しげに顔を歪む。その様子を見ていた香織は泣きそうな顔になり、母に向かって頭を下げる。


「申し訳ありませんでした。本当に不躾な事をいいました」


 ずっと下を向いたままの香織の肩に手をおき、母は優しい笑みを浮かべる。


「いえ、貴方には感謝しているの。そこまで親身に薫の事を想ってくれて。なのでお願いします。これからも薫と一緒にいてください」


 香織は『はい』と小さい声で答え頷く。

 人と争う事を嫌う香織が、私の為に替わりに母に立ち向かってくれたという事実と、その事で語ってもらえることが出来た母の本音。私はもう泣くのを止め小さく深呼吸をする。

 

 逃げていたのは母だけでない、私も向き合う事を放棄し背を向けた。これからは私も努力しないとダメなのだ。


「香織ちゃん、色々本当にありがとう。

 ……そしてお母さん……」


 何かを二人に言わないとと想ったけれど、そんな言葉だけしか出てこなかった。

 母は何も言わず、小さく私に頷いた。


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