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ピースが足りない  作者: 白い黒猫
選択のゆくえ
13/24

分岐点の風景

 俺は書斎で、仕事用のノートパソコンで明日必要な書類の確認といった作業を行う。別に明日、職場でやっても十分間に合う事だったが、コレ以上鈴木薫と顔を合わせているのが嫌だった

 彼女の置かれている状況には同情するし、真っ直ぐな為人には好感を持っている。しかし鈴木薫という人間が疎ましくてたまらない。コレばかりはどうしようもない。


 結局、鈴木薫はそのまま我が家に泊まることになったようだ。勝ち気で、どんな相手にも立ち向かっていく強さをもった感じの彼女だけれど、実の母親に傷つけられた心は思いの外ダメージが大きかったようだ。笑顔を取り戻したものの、その笑顔はどこか痛々しい。香織もそんな状態のまま彼女を帰すのが不安だったようだ。幼い子供のように温和しく香織に世話をやかれている鈴木薫を見ているとどうしようもなく苛立ってくる。そしてそんな自分に対して激しい自己嫌悪を覚える。


 ベッドに入ったものの妙に目が冴えてしまい眠れない。寝てられず何度かの寝返りをうち、寝ることを諦める。時計を見ると二時前である。俺は隣で寝ている香織を起こさないようにそっとベッドから抜け出す。


 喉が異様に渇いている、キッチンに向かう途中に、リビングのソファーベットにそっと目をやる。俺が通る音で、そのベッドのふくらみがモゾモゾと動き。鈴木薫が顔をあげコチラを見てくる。


「あ、申し訳ない。起こしてしまったかな?」


 鈴木薫は、上半身を起こし、首をふる。俺のサイズのトレーナーを着ると、彼女は小さくみえた。それは俺の母親が、『香織とお揃い』と言って買ってくれた、クマのついたモノだが、あまりにもファンシーすぎて俺が着なかったやつだ。サイズはともかくクマのアップリケに関しては彼女向けともいうべき服なようだ。


「いえ、なんか眠れなくて」


「……なら、飲むか? 付き合ってくれ」


 鈴木薫は起き上がり頷く。


 ※   ※   ※


 ルームライトだけを付けた、アンダーなトーンの部屋で俺は鈴木薫と向き合う。氷を入れた二つのグラスにブランデーを注ぐ。鈴木薫は、俺の手からグラスを受け取り、小さい声でお礼を言う。そしてグラスの中の氷を溶かそうとしているかのように、両手でグラスをもつ。


「まだ、ウダウダ色々考えているのか?」


 俺の言葉に、鈴木薫は苦笑する。


「簡単に結論が出るなら、悩んでいません。貴方のような人だったら、悩むこともなく前に進んでいくのでしょうが」


 そりゃそうだろう。もう少し思い切りの良い人物だったら、もう一人でも女になるために走り出している。鈴木薫は優しすぎる、それか親から精神的に自立できてないのか。家を飛び出したものの、親が納得しない状態では次のステップに踏み出せない。


「いや、俺だっていつも悩んでいるさ、そして探り探り前に進んでいる」


 言った後に、以外にマジな事を言ってしまったことに自分でも驚く。鈴木薫は驚いたような目でコチラを見る。


「意外です、貴方からそんな言葉が出るなんて。いつも自身満々で悩むこともなく、最善の道を選択し生きているように見えたから」


 俺はその言葉に苦笑し、首を横にふる。最善な道か、確かにそのように生きていきたいが……。


「もし私が、男だったら、貴方みたいな大人になりたいと思っていたのでしょうね」


 鈴木薫は、媚びるような感じでもなく、まっすぐ俺を見つめそんな言葉を言ってくる。子供なのか、この子の気質なのか。俺はまぶしいものを見るように彼女を見て目を細めてしまった。


「で、女性からみて、惚れるほど魅力的かな?」


 照れくささもあり、嫌味っぽい言葉を返してしまう。彼女は露骨に嫌な顔をする。彼女の方も俺を苦手にしているのがなんだか分る。多分コチラの嫌気をどこかで感じとっているのだろう。


「格好良いとは思いますよ。でも人のモノと思うと、そういう意味での魅力は激減ですね」


 肩をすくめ冗談っぽい口調で返してくる。鈴木薫は結構思った事はすぐ顔に出してくるほうだが、流石にホステスをしているだけあって、それをフォローするだけの処世術はあるようだ。


「それは良かった、俺としても妻の親友に惚れられても困るだけだったから」


「貴方は大して困りもしてないくせに」


 鈴木薫は笑い、そしてグラスを傾ける。俺はその言葉が言わんとしている事は分かったが首を傾げてみせる。


「貴方は自分の欲しいものといらないものをよく分かっている。いらないものは切り捨てるだけ」


 確かにいらないものを無意味にもっている趣味はない。欲しいものが分かっているか……その言葉をコイツから聞くとはね。俺はグラスを持つ手に力が入るのを感じ、それを誤魔化すようにグラスを煽った。


「欲しいものか……全てを手に出来る人ってどのくらいいるのかな? ところで君の欲しいものって何なのだ? 女性としての権利か? 女性としての幸せか?」


 鈴木薫は俺の言葉に一瞬ハッとした顔をする。そして唇を突き出すような形にしてジッとグラスを見つめる。ノーメイクでそういう表情をしていると本当に幼く見えた。

 コチラはやや嫌がらせの意味を込めていった言葉でも素直に受け取りそれを真面目に考え返そうとしている。頭も悪くなく、冷静な彼女が何故馬鹿な男に引っ掛かったのか、なんだかそういう所を見ているとよく分かる。純粋で無邪気過ぎるのだ。


「本音で言うと『全て』なのでしょうが、何かを捨てざるをえないのが現実なのでしょうね」


 苦い笑みを浮かべ、俺にというより自分自身に言い聞かせるように鈴木薫はつぶやく。

 そう誰でも諦める事が大切だ。現段階で手に入るべき幸せで満足すべきなのだ。欲張ってはいけない。本当に欲しいものの為に、彼女は決断するだろう。手にいれるべきものと諦めるべき事を……俺たちのように。


「で、君は……捨てる事に、躊躇わないのか? 後悔しないか?」


 鈴木薫は俺の言葉に、酷く傷付いた顔をし、そして睨み付けてきた。躊躇わないわけはない、後悔しないわけない、傷つかないわけはない、分かっていて聞く俺も俺だけど、その痛みを帯びた表情に俺の心がちょっと晴れた気がした。

 真っ直ぐコチラを見ている彼女の顔が、ふと香織のものに重なる、そしてその瞳に映っている自分の姿を見つける。


「すまない、悪気はない。ただ君がいずれの未来を選択するにせよ、そのメリットとデメリットをどの程度理解しそして考えているのか気になった。人は選択の時にメリットしか目を向けなくなることがある。キチンとリスクを見据えての選択なら、覚悟は本物なんだと思う」


 鈴木薫は、俺の言葉にその表情をゆるめ、瞳が揺れる。口先ばかりの言葉なのに、彼女は俺を許し、そしてその言葉を心に刻んでいるようにも見えた。鈴木薫は首をブルブルと横にふる。


「覚悟ですか、そこまでいくほどまでは出来てないから、私はダメなんでしょうね」


 俺は鈴木薫の空いたグラスにブランデーを注ぐ。


「いや、君は強いよ! 弱いから選択出来てないんじゃない、優しいから出来てないだけだ」


 鈴木薫は、ブランデーを一口のみ、ゆっくりと深呼吸をする。俺は人当たりのよい穏やかに見える笑みを彼女に浮かべているんだろう、内面に渦巻く苛立ちをしっかり隠しきって。その証拠に鈴木薫は俺を信頼しきった瞳で見返してくる。

 俺は何やっているんだろうか? 鈴木薫をどうしたいんだろうか? さっさと自分達夫婦と同じ欠けた世界に引きずり込みたいのか、それとも……。


 時計を見ると三時を超えている。


「流石に、コレ以上酒盛りは止めたほうがいいな、そろそろ散会するか」


 俺はそんな言葉を言って、強引に不毛な酒宴を終わらせることにする。


「こんな時間まで、お付き合いさせてしまって申し訳ありません」


 鈴木薫は、申し訳なさそうに頭を下げる。


「いや、付き合わせたのは、私の方だ。もう、落ち着いたかな? 眠りなさい子供は寝る時間だ」


 鈴木薫は、クスリと笑って、頷く。


 グラスをシンクにおき、ベッドルームに戻り大きく溜息をつく。

 ベッドでは、香織があどけない様子で眠っている。そっとベッドに戻ったが熟睡しているようで目を覚ます気配もない。

 俺は香織の寝顔を見つめながら、その頬を静かになでる。撫でられている頬がくすぐったいのか、彼女の表情が笑っているような顔になる。その表情に愛しさと切なさが込み上げてきて静かに寝ている彼女を見続けた。


 

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