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ピースが足りない  作者: 白い黒猫
歪んでしまったもの
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歪んでしまった親子の形

 診察室の中はいつになく緊張感に満ちている。

 正気を失ったかのように、ひたすら語り続ける母の存在が、空気をピリピリしたものにしていた。


 実家を出てからも、公共の手続きというのをキチンとしてなかった為に、私は公的には、まだ実家で生活している事になっている。なので保険証の住所も実家のまま。

 私はそういう診断までは受けていないが、実際性同一性障害の人間は鬱といった精神障害も陥りやすく、自殺の道を選ぶ人も少なくない。そんな私と連絡がつかなくなった事で、病院は家に確認したようだ。動揺と混乱のまま生きていた母は、そんな電話をもらい更に心を掻き乱される。そして私と連絡がついた事を、病院から知らせてもらったらしい。母は子供の無事をその目で確認するために病院まで来た訳だが、そこで自分が最も目を背けたい現実を目の当たりにして今はもう狂乱状態である。


「いままで、ちゃんと普通に生きてこられたじゃない。だからそのまま生きていけばいいのに」


 私の腕をもって、目をギラギラさせて訴えかけてくる母。私はそんな母に『ゴメンナサイ』と謝ることしかできなかった。陽気で活き活きと生活を楽しんで、近所でも美しいと評判だった母が、今は窶れ目が大きく見え、何処か異様な空気を纏わせている。

「そんな事をしても、貴方が幸せになれる筈ないじゃない」


「普通に生きるのが一番幸せなの、普通に結婚して、普通に子供をつくってそういう平凡な人生を生きて幸せになって欲しいだけなの」


 そう必死で説得してくる母。もともとは上品で落ち着いた話し方をする人だった。でも、今は矢継ぎ早に、私や医師が意見を挟む間もなく言葉を紡ぎ出していく。私がもう自分も他人にも嘘をつき男として生きるのは無理だと何度も告げると今度は自分を責めだし、医者を責め、そしてそれ程までも彼女を苦しめる私を責めだした。


「なぜなの?」

 

 母はこの言葉を、繰り返す。

 母親の言葉は、ことごとく私の心を切り裂きズタズタにした。元々は教育ママな所はあるものの穏やかで優しい女性である。その母親をココまで攻撃的にさせてしまっているのが自分だという事実も私をさらに苦しめた。


「こんな事になるなら産むんじゃなかった!」


 先生も『お母さん!』と怒鳴るような口調でその言葉を止めようとしたが。その言葉は彼女の口から発せられ、私の心に深く突き刺さった。


 頭が真っ白になる。そして自分の頬に何かが流れる感覚だけを認識していた。音も色も匂いも何も感じられない。ただ、般若のように怒りを爆発させていた母の顔から表情が無くなり、私を驚いたように見つめるのを、映画のシーンをみるようにただ眺めていた。


 耐えきれず席を立ち、松葉杖をつきながらも病室を飛び出した。慌てて看護婦さんが追いかけてきて、別室へと誘われる。こういう事に慣れているのか、看護婦さんはやさしく私を抱きしめ背中を撫でてくれた。

 私もそうだけど、同じ性同一性障害を抱えるホステス仲間はボディータッチや抱きつくといった事をよくする。それは他人の体温を感じたいからだ。そうすることで一人じゃないって思えるから。子供のように、他人の体温に安心したいからだ。

 

「知っています? 人って愛している人ほど傷つけちゃう言葉を言うモノなんですよ」

 

 看護婦さんは、『貴方は愛されているから大丈夫だと。すぐには無理だけど絶対わかり合える』とそう繰り返してくれた。その彼女の優しさは瞬間的に私を癒すことしか出来なかった。


 とはいえ、もう母と顔を合わせるのも怖かった。私は大丈夫だからと一人になりたいといって彼女を仕事に戻らせて、涙をしっかり拭き、自分もその部屋から出て行く。


 そして、そのまま病院を飛び出し、前に止まっていたタクシーに乗り込む。


「どちらまで?」


 笑顔のタクシー運転手の言葉に私は悩む。ホステス仲間の顔、ママの顔、様々な人の顔が頭に浮かぶ。


「世田谷まで」


 私はそう答える。暫くタクシーが走らせているとスマフォが着信する。病院からだった。そう言えば診察料も払わず出てきてしまった事を今更のように思い出す。そのことを謝ると診療代は母が支払ったと伝えられる。でも診察券はまだ病院にあるままなので、後日取りに行く事にした。また、中途半端に終わってしまったカウンセリングをどうするか? また来週でも再受診するかという提案もあったが、今は何も考えたくなかったので断り、一ヶ月後の定期診察の予約だけをお願いした。



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