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ピースが足りない  作者: 白い黒猫
埋まらないパズル
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幸せの風景

『欠けている』は15000字くらいの短編の続編にあたる物語です。読まなくても、『欠けている』でのエピソードは説明されますので大丈夫といったら大丈夫ですがそちらを先に読まれたほうが、香織と薫がどのように友情を作ったかが分かりより楽しめるかも?

挿絵(By みてみん)


「トンカチは……あった! ここね」


「次は長靴か……」


 リビングにある妻の手作りのパッチワークのカバーの掛かったソファーに並んで座りながら二人で、一心にパズルのピースを探している。テーブルの上には半分程組み合わせられたジグソーパズルと、それを囲むようにマークのついたピースが散らばっている。テーブルの端には、湯気の上がったハーブティーが心地よい芳香を放つ。


「長靴、見つけた!」


 妻がピースを取り、左耳にかかった髪を掻き上げながら俺の方を見て嬉しそうに笑う。百五十センチチョットという小柄な体型と、大きい黒目がちな瞳に長い髪で華奢な見た目の為に、化粧をしてないと大学生どころか高校生にも間違えられそうな彼女は、こう見えても二十代後半である。

 最近、俺と妻はジグソーパズルにハマっている。それは普通のジグソーパズルではなくジガゾーパズルという名前の商品で、一つのセットで世界中いかなる人の顔も作り出せるというモノ。なんでそんな事が可能かというと、このパズルのセットは元々単なるモノトーンのグラデーションで構成された、全てが同じ形のジグソーパズル。利用者は作りたい人物の画像をあるサイトにメールで送ると、直ぐにアイコンマークの並んだ回答表というものが送信されてくる。その回答表に従ってピースの後ろに描かれたアイコンマークを並べてはめ込んで引っ繰り返すと、そこに先程送った画像が現れるという訳だ。

 勿論グラデーションのピースだけで組上がった物なので、詳細さには欠けるが、モザイクチックに表現されたその顔にはなかなかの味わいがある。近くで見ると『なんだ? コレ?』という感じだが離れてみると確かに送った図柄がそこに上手い具合に浮かび上がってくるのだ。また絵でなく、ピースを裏返した状態で作るため、出来上がるまで、完成した絵が見えないという所がまた面白い。顔を寄せあってタブレットを覗きながら、一つの絵を作り上げるという作業が、また楽しい。俺と妻にとって、余計な話題をしなくて済むのもまた良いのかもしれない。


 このパズルは、俺達のようだ。同じピースで幼なじみ、恋人、夫婦と様々な関係を築き上げてきている。

 しかし、二人の人生とパズルは何度填め直しても、彼女が幼い時から求め続けた風景を作り出す事が出来ない。ピースが明らかに足りないのだ。


 ドラマ好きで、いつも楽しそうに物語を語っていた彼女が、いつからテレビを見なくなった? 何も言わないけど、病院に通わなくなったのも何となく気付いていた。基礎体温も最近記録をつけるのも止めている事も、ベッドで妻を抱き寄せる時彼女の身体が強張る事にも俺は何も言えなかった。

 妻も俺がそういった事を気にしながら何も言わず戸惑っているのも気がついても、俺に何も言わない。付き合いが長すぎる為に、互いの気持ちが分かり過ぎるくらい良く分かるのが困った所である。二人はお互いには楽しそうな笑顔を見せ合って、二人でいる事が幸せなのだとアピールしあう。馬鹿げた行為にも思えるけれど、俺は自分自身とこの妻との世界を守る為にそうするしか出来なかった。

 あれほど俺を幸せにし続けていた彼女の笑顔が、逆に苦しめる。俺が欲しかったのはこんなに悲しみを秘めた笑みではない。

 

 つい手を止めて妻を見つめている俺の視線に気付き、左耳を抑えるような仕草で妻がどうしたのという目で見上げてくる。


「いや。今度の図柄は、そういうしかめ面した香織でも、いいかなと思って」


 子供っぽいムッとした顔になる。年齢のわりに幼く見えるが、小さい頃から周囲に気を遣い、無為に生きてきた。一人っ子で我が儘に育ってきた俺とは違って、彼女は物事を達観して見ている大人びた子供だった。そんな彼女だから人に遠慮ばかりして、甘える事が実は下手だったりする。彼女が甘える事ができるのは、俺と彼女を育ててきた祖母くらいだろう。


「そしたら、その次はケンちゃんの寝顔にしちゃうよ」


 妻は、どうだ! といった表情で見上げてくる。最近は必要以上に甘えた子供っぽい顔で話すようになっている。それは、彼女が甘えたいというよりも、俺がそうして欲しい事を察しているからだろう。

 最近の俺達は、学生時代の時よりも、子供っぽく二人で巫山戯あっている事が多い。そうする事で、俺達夫婦に欠けている物を必死で補おうとしていたからかもしれない。

 先程から妻が頭部に手をやり、眉を顰める様子が気になる。


「ところで、頭痛いの?」


 妻は、ビックリしたような顔で首をふる。そして少し困った顔をする。


「ううん? ただね、今日なんか耳の調子が変なの」


「え? チョットみせて」


 何で、そんな大切な事を、真っ先にいって来ないのか? 彼女は祖母に心配させまいと生きていたこともあり、体調の異常といったものを隠そうとする。多分俺が彼女に感じている唯一の不満といったらこの事。彼女のこういう所が溜まらなく歯がゆい。俺は彼女を引き寄せ耳の奥覗いてみるが、見える範囲は何もオカシイところはないし、暗く深い耳の奥がどうなっているのかも見えるはずもない。


「なんか、違和感というか、耳に何かが詰まっているような感じというのかな?」


「うーん、見える範囲では、何もオカシイ所はないけど、明日病院に行った方がいいよ」


 あまりにも心配そうにしている俺に、ゆっくりと身体を戻し、子供にするように俺の頭を撫でながら笑う。


「でも、痛いとかいうのではないのよ。ホント大した事ないの」


「いや、明日になってもオカシイようだったら、絶対病院にいくんだよ! 大した事ないならないで原因が分かったらスッキリするだろ?」


 あまりにも真剣に心配する様子の俺が、そんなに面白かったのか妻はクスクス笑い出す。なんだろう久しぶりに悲しみを秘め耐えた笑みではなく、本当に嬉しそうな笑顔を向けてくれた事は嬉しいが、俺は顔を引き締め暢気な彼女を表情で諌める。


「分かりました! 明日買い物のついでに隣町の大学病院いってくるね」


 妻は俺を『だからそんな顔しないで!』と安心させるようにニッコリと笑う。


 そういえば、妻が俺に笑いかける時って、こういうシチュエーションが多い。彼女自身が笑いたいからというより、俺を気遣うように笑う。初めて彼女が俺に笑ってくれた時もそうだった。

 もう二十年ほど前の話だ。俺の両親と妻の祖母と彼女の五人で出かけた近所の花火大会。父からもらったお金を握って、幼かった香織の手を引き、二人で屋台のかき氷を買いにいった時だった。チョット手を離した瞬間、高校生くらいの男子生徒にぶつけられ彼女は転んでしまう。膝を激しくすりむき、そこから流れる血が流れているのを見て、俺はパニックになる。彼女は泣くこともなく、ただ無関心な様子で膝から流れる血をぼんやりと眺めている。だけど『大丈夫? 痛くない?』とひたすら繰り返す俺に次第に戸惑ったような表情を見せだす。そして、おずおずと俺の頭に手をやり、ぎこちなく笑った。人形のように表情をまったく出す事のなかった彼女が俺に見せてくれた、初めての人間らしい表情がそれだった。 


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