狂わせてくるのは、君のほう。
「照れるのはいつも、君のほう。」の続きの時間軸の短編となります。
前回までを知っていれば、より楽しめる……と思います。
「近づいてきたのは、君のほう。」シリーズ4作目です。
激重ノイン、登場です。
街を歩けば綺麗なお嬢さんがたくさんいる。
肌なんて、日焼けをまったくしていない。
「なに見てるんですか」
ノインがこちらに視線を向けた。
荷物を持ってくれている彼は、騎士の制服じゃなくてもかっこいい。
「いやぁ、都会のお嬢さんはすごいなって」
「…………」
「綺麗になるのって大変なんだろうな」
「あんなふうになりたいんですか?」
興味がないわけではないが、生活には優先順位というものがある。
「ノインは、私がああいうのに興味があるって言ったらどうするの?」
純粋な興味で尋ねたが、ノインは少し考えてから、言う。
「ドレスは脱がせにくくて嫌いです」
……ん?
「転んだりすると、仰向けでジタバタしてる虫みたいになりますし、重過ぎて君は短時間で音を上げますよ」
やけに具体的だ。
「宝石がついているのもありますし、怖くて動けないと……」
「待って待って! そんなの着れないよ!」
怖い!
想像するだけで背筋がゾッとする。
「そんなドレスが存在すること初めて知った……こわすぎる」
「機能性が皆無ですから」
「そうだろうね……」
綺麗になるのも楽じゃない……。
「化粧品も高いしなぁ。大変だね」
「…………君が化粧をしないのは、畑仕事で日に焼けて痛いからでは?」
なんで知ってるの!?
「もともと色白ですよね。露出してないところが白」
「わあああああああ! ストップストップ!」
言葉を遮るように声を張り上げてしまう。
周囲の視線を集めてしまい、オルガは慌てた。
「きょ、今日はシチューだ~。や、やったぁ~」
誤魔化し方が下手すぎる……。
ぐいっと腕を掴んで、オルガはそこから逃げるように足を早めた。
騎士になった幼馴染に会いに来てから、オルガは毎日がこんな感じだ。
「オルガ」
「なにっ!? わああ!」
軽々と抱き上げられる。
「このほうが早いです」
「いやっ、で、でも」
「危険です」
「また!?」
「俺が」
「なんで!?」
「……狂っているので」
「なに怖いこと言ってるの!?」
***
「二回は勝ちます」
「ん?」
「でも三回目で負けます」
「んん?」
敗北予告を、されている?
混乱するオルガに、ふっ、とノインが微笑んだ。
「全部勝ったほうがいいですか?」
「んんん?」
なにを言われているんだろう???
(まあ、渋ってたのに無理強いしちゃったし)
騎士団でちょうど見学可能な模擬戦があったので、見に行きたいと無理を言ってここにいる。
見学席には他にも数人いた。
「ではそこに大人しく座っていてくださいね」
「うん」
ノインが剣を使うのは初めて見る。楽しみだ。
(気合い入れて応援しよ!)
*
開始の合図がしたのに、身構えもせずにノインは相手を凝視したまま突っ立っている。
相手が、剣を構えて距離を詰めた。
たった一歩。
踏み出した瞬間、右斜め下から左上に鋭く振り上げられた一撃が、その手から剣を弾き飛ばしていた。
早い。
決着がつくのが、早すぎる。
「???」
気づけば終わっていたので、オルガは混乱するしかない。
ノインを応援しようとしていたのに、声を出す機会もなかった。
二回戦目になると、今度はノインは相手すら見ていなかった。
足元に視線を落とし、軽く足ごと右半身を後方にさげている。
一回戦目と同じように、剣を構えずに右手で持っているだけの姿に、オルガは首を傾げてしまう。
ほかの騎士はみんな、剣を構える。ノインだけだ、構えもしないのは。
開始の合図がされ、瞬間、ノインが身をぐぐっ、と右後方に捻った。
と思ったら、また相手の武器を弾き飛ばしている。
「?????」
速い。
動きがとにかく、速すぎる。
ふわふわとゆるく飛んでいたシャボン玉が突然ぱちんと弾けるような、瞬発力というか。
無駄を省いている動きというべきか、すごいのはわかるが、すご過ぎて言葉で表現ができない。
見学席で混乱するオルガは、もしやノインはかなりの実力者なのではとごくりと喉を鳴らした。
あれだけ条件の整った外見なうえ、剣の実力もあるとなれば……そりゃあモテるって。
(またがんばって、って言えなかった……)
こうなったら次は始まる前に大きく声援を送るしかない!
そう意気込んでいたのに。
ノインの三回戦目の相手が、騎士団の副団長だった。
(うそおおおおおお、ノイン、大丈夫なの……?)
ふつう、もっとあとのほうというか、最後のほうに出て来るものじゃないの?
対峙する二人を見て、オルガは全身に緊張が走る。
場も静かになり、二人に視線が集中しているのにノインだけが特に緊張した様子もない。
「わざと負ける気だな」
指摘されたらしいノインは、副団長から目を離さない。
「婚約者の見てる前で、そんなプライドのないことをするのか?」
言葉を投げられても、ノインはまったく返事をしない。
二回戦目とは違って、今度は左脚を軽く下げているだけだ。
「オレに勝てたら、婚約者の娘さんにドレス一式を結婚祝いとしてやるぞ」
その言葉にギョッとしたのはオルガだ。
ノインの所属する騎士団は、下級貴族や平民が多く在籍しており、それほど給料は高くない。
高価なものをもらっても、オルガは困るだけだ。
「不要です」
きっぱりとノインが断るので、副団長が苦笑した。
「なぜだ? せびるいいチャンスだろ」
「欲しがるものを買えるほどは、甲斐性はあると思います」
「自分の金で買ったものじゃなきゃ、嫌だって?」
「……………………」
「囲い込みって言うんだぞ」
「そんなことしてません」
「へえ?
おまえがその位置にいるのは、オレの視界に入れないためじゃないのか?
見せたくないってことだろ」
「…………………………………………うるさいですね」
ボソッ、とノインがもらす。
あまりにも小さすぎて、目の前の副団長も聞き取れない。
副団長は肩をすくめる。
「出世欲もない。女遊びもしない。いい縁談があっても全部断るなんて、おかしいだろ」
「あなたの中での判断です」
「おまえは可愛くないやつだが、剣の腕はいい。実力を隠す意味なんてないだろ」
(……あの副団長さん、ずっと喋ってるな……)
よく聞き取れないな、とオルガはノインを見つめる。
開始の合図がした。
「真面目に仕事もしてたんだ。いい加減、正当な評価を受け取れ」
「…………」
「新生活には金もいるだろ? 立場がないと将来苦労するんだぞ」
動かない二人に、次第にあたりがざわめき始める。
やれやれと副団長が肩を軽くすくめた。
「じゃあおまえが負けたら、渋ってないでオレたちに婚約者を紹介するってのは」
そこまで言った時、勢いよく弾かれた剣が吹っ飛び――――落ちた。
副団長は構えもしていなかった。剣を向けてすらいない。
ノインは姿勢を低くして、左足で踏み込んでいる。抜き身の剣を携えていたはずなのに、ない。
鞘ごと弾き飛ばされたそれを見て、副団長が豪快に笑った。
「おまえ両利きだったのか!」
「……………………」
なぜ副団長が愉快そうに笑っているのかわからず、オルガは不思議そうに首を傾げるしかない。
(ノインがちょっと前に動いただけ、に見えたけど違うの!? うそお!)
なんで二人とも剣がないの!? ノインのどこにいったの?
ノインは姿勢を正して、ぺこりと頭を下げるなりそこから退場してしまった。
*
相打ちという結果になった。
剣を落とすと負け、というルールに従い、ノインと副団長はそれぞれ次の模擬戦には出なかった。
(あんなとこに……)
ノインの剣は、副団長の剣とは真反対の場所に落ちていた。
本人いわく、副団長の剣を弾き飛ばそうとしたら、そのまま手からすっぽ抜けた……らしい。
(あやしい……)
負けてしまったノインはオルガの横に陣取り、他の騎士たちの戦いをつまらなそうに眺めていた。
(ぜ、全然応援できなかったな……)
ノインは特に気にしていないようだが、あっという間に終わってしまってなにもできなかったからこそ悔しい。
他の騎士たちは間合いを詰めたり、剣を打ち合ったりしているのに、ノインにはそれがなかった。
(くっそー……かっこいいって騒ぐ予定だったのに……。負けても、大丈夫だよ、って声をかけるつもりが)
負け方も斬新すぎた。
(うう、なにもできなかった。気まずい……)
「すみません」
ぽつんと、ノインが謝ってくる。
「副団長の挑発に乗って、すぐ終わらせてしまって」
「…………え?」
「いつもはもう少し時間をかけてから、負けるんですけど」
「ええっ!?」
思わず大きな声が出てしまい、慌てて両手で口を塞ぐ。
「の、ノイン、まさかわざと負けてるの?」
小声で尋ねると、きょとんとされた。
「はい」
はい!?
「どっ、どうして……」
「負けないと、昇進してしまうので」
「???」
それはいいことのはずでは?
「俺は騎士を長く続ける気はないですよ?」
「そうなの!?」
「君の家族と畑仕事をして生活するつもりなんですけど」
えええ!?
仰天して硬直してしまう。
(ノイン……最初から村に戻って来るつもりだったの?
あれっ!? だから借家住まいなの!? 物が少なすぎるとは思ってたけど、てっきり給料が少なくて切り詰めてるのかなって!)
本当に貧乏なら、簡単に金貨を渡してこようとはしない。
色々と辻褄が合ってくる。
「オルガ?」
「騎士の仕事に未練はないの?
だってここと村、全然生活違うでしょ?」
お店の数も、人も多い。
村にはないもので溢れているのに。
ノインは不思議そうだ。
「……騎士でいて欲しいんですか?」
「えっ!?」
いや、えっ?
「の、ノインが続けたいなら……」
「特には」
特には!?
「君を迎えに行く時の肩書くらいにしか思ってなかったので」
首かしげてる!
ノインの掌は畑仕事をしている人間特有の硬さとは、違う。
剣の練習をちゃんとしているっていうのは、オルガでもわかる。
じっとオルガを見てから、ノインが小さく言う。
「どちらでもいいですよ。
君のご家族ごと養うつもりでしたから、こちらに呼んでくれても」
「はっ!?」
「でも…………」
少し視線を伏せて、ノインはこぼす。
「しばらくは君と二人きりで過ごしたい……の、ですが」
なんだこいつ。
うまく言葉が出てこない。
この幼馴染、思っていた以上にとんでもなかった。
(……私が憧れてるってだけで、騎士になっちゃったし)
「オルガ?」
(……………………)
「オルガ!?」
気が遠くなったオルガが、その場でそのまま意識を手放した。
***
「君を好きになったきっかけ?」
うん、なんで?
「……昔、俺を助けてくれたことですね」
ノインだって私を助けてくれたよ?
「ああ、昔の君は今より丸々としていましたよね」
ま、まあそれは否定しないけど。
「はぁ、簡単ですよ。きっかけがあるから恋に落ちるんですから。大抵の物語はそうですし」
……………………。
「それさえなければ、俺は君を好きになったりしてませんよ。自惚れないでください」
なんで。
「なんでそんな意地悪言うのノイン!」
ひどい!
目を見開いて上半身を弾かれたように起き上がらせる。
「あ、れ……」
肩で息をして見回す。
ノインの家の、寝室だ。
(夢、か……そりゃそうか。ノインがあんなこと言うわけ……)
ふと、左手に重みを感じる。そちらに視線を遣ると。
「……………………」
泣いてる。
「の、ノイン!?」
なんで泣いてるの!?
手を握っていたノインが、ベッド脇の床に膝立ちのままで静かに泣いていた。
「ノイン、大丈夫? なんで泣いてるの?」
ふぅ、と息を短く吐いて、震える声を出される。
「だからっ、騎士団に連れていきたく…………なかっ」
咳き込むので、慌ててその背中をオルガはさする。
「ゆっくりでいいから。ね?」
「いきなり、君が気を失って……」
「……ああ、えっと、ちょっと色々考えて頭がいっぱいに……」
「こわく、て」
その、切ない声にオルガの心臓がぎゅうう、と搾り上げられたような気分になる。
「ノイン、大丈夫だよ?」
「俺が、近づいて……君を、」
苦し気に泣くので、オルガはおろおろしてしまう。
「起きなかったら、って……俺、が、好きって……キスした時もっ、気を、うしな……っ、だから、れんしゅ」
「ノイン! わかったから!
も、もう泣き止んで……!」
うわああああああ!
とりあえず背中をさする。
落ち着いてきたノインを見て、ほっと胸を撫で下ろす。
「連れて帰ってくれたんだね、ありがとう」
「…………」
「目元冷やさないと、腫れちゃうよ」
「オルガ」
「うん?」
「意地悪ってなんですか」
ん?
「さっき、俺が意地悪を言ったと」
「ああ、夢だよ。夢の中のノインがね、好きになったきっかけを言ってて」
「…………」
きっかけ、とノインが口の中で呟いている。
「ないです」
「ん?」
「君と一緒に遊んだり、過ごしたりしているのが……その日々がとても楽しくて、ずっと一緒にいたいと毎日思っていました」
思い返すように、微笑するノインを前にして、オルガが動きを止める。
「劇的な理由はないです。いつの間にか君のことが大好きになっていましたから」
「………………………………」
「人生を共にしたいと思っています、今も」
ひゅっ、と喉が鳴った。
カーッと全身が熱くなり、心臓がすごい勢いで動く。
(…………わ、わあ……す、すご……心臓が本当に早く動いたら、こ、こんなに、うわあ、うるさすぎて何も聞こえない……)
……心臓、こわれそう。
*****
後日。
「ノイン」
「はい」
呼び出した副団長の前で、ノインがうなだれている。
「始末書だ。わかってるな?」
「……はい」
「まあ、なにもなくて良かったな」
「はい」
「…………おまえでもあんなに取り乱すんだな」
「……………………」
「だがな。詰所にいる医者をやぶ呼ばわりして殴り飛ばしたのは、やり過ぎだ」
「了解……」
「……しおらしいと、ちょっと気持ち悪いな」
はあ、と副団長は溜息をついた。
「おまえがこんなになるなんて、恋は人を狂わせるっていうのは本当なんだな」
「…………彼女に狂わされてるのは、俺のほう……恋は俺だけしています」
囁き声は、誰にも届かない小さなものだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
リアクションや感想をもらえると、狂ったように続きを書く、かもしれません。喜んで拝みます。




