第2章 ジェリーフィッシュの詩①ー廃病院ー
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深夜の薄暗い廃墟から微かな声が聞こえてくる。
詩だ。
詩が聞こえてくる。
散乱するガラス、潰れた空き缶、薄汚れた卑猥な雑誌、人糞にも獣糞にも見える干からびた糞。誰も知らない儀式のあとのような散らかった焚き火の残骸、皮膚のように垂れ下がった破れたカーテン、判読不能の暗号めいた落書き、デタラメな電話番号、脚の折れた錆びたストレッチャー、パンクした車椅子——誰かが放置したままの状態で静かに風化していくガラクタから聞こえる声のよう。
「おい、凌。お前まさかびびってんじゃないだろうな。」
階段を登りかけたところで柿崎宙が振り返って粘着質な笑みを浮かべた。
「いやぁ流石にちょっとちびった」
「いやちびってんじゃねぇよ!お前。びびってんじゃねぇのって」
「ちびったけどびびってはないよ」
「いやびびれよ!どっちかって言ったら。ちびんなよ…お前…まじか…」
「びびってはないけどさ、ここはあれだろ?びょー…」
「いん!ビンゴ!」柿崎宙が手を拳銃の形を変えて水無瀬を指差す。「産婦人科だってよ。戦後すぐに閉まったらしい。何を産み、何を産まなかったのかは極秘扱いだって噂だがな」
柿崎は笑った。暗くてよく見えないが、口角だけが妙に鮮明だった。
「アメリカのホラー映画みたいだよな。ここ。ぬめぬめのさ。そら豆みたいなでかい頭の赤ちゃんがさ。はいはいして出てきてさ。目ひん剥いて青筋立ててさ。頭ぱっかーん開いて歯ギッザギサでさ。おぎゃぁぁぁぁぁぁーーーーーー!って。いや、違うな。ぴギャァァァァァァァーーーーーー!って…なんなんだよ!まじこえーじゃん!」
「何キレてんだよ。やっぱびびってんじゃん。そうだよな、びびるより先にちびるわけないんだよ。よくよく考えてみりゃ」
「びびってねー!」
「いいか凌。今日は余白社の倉沢さんに紹介する日だ。お前の名前ぐらい覚えてもらえるかもしれない。つまり俺の顔を潰すなって話だ。わかるか?お前がちびってポエムの一つも言えねぇとか、そういうのマジでやめてくれよ。俺の信用が紙テープみたいに引きちぎれるだろ。ビシッとしろ、ビシッとな」柿崎は踊り場で姿勢を正し、もはや軍隊なのか新興宗教なのか判別不能な敬礼をした。
「あのさ、なんなのこれ。わざわざこんな夜中の廃病院に忍び込んでさ。Do you know 不法侵入?」
「廃墟で行われる余白社の野外朗読会。かつて人がいた場所で行われる。まさに〝余白〟が生まれた廃墟で各自が持ち寄った未完の詩や断片的なメモを読むイベントさ。この会は一部の部外者を除いてはメンバーのみで行われる、まぁ伝統行事みたいなもんだ」
「一部の部外者?」
「イエス。お前だよ凌。今日の特別ゲスト様。招かれざるか、招かれたのか、それはまあ…後でわかる」
柿崎が奥の暗闇へと吸い込まれるように消えていく。
《幻想文学集 『Red Jelly Fish 』第2章 ジェリーフィッシュの詩 1 》
▶︎次回予告「第2章 ジェリーフィッシュの詩②ー野外朗読会ー」




