マイタイ
（孤島の洞窟内）
湿っぽい洞窟の奥深く、鯨油ランプが揺らめく影を落としていた。ルシアン・ホーンは短剣で岩壁に脱獄ルートを走り書きしていた。刃が岩を擦り、鋭い音を立てた。
「いいか、いいか」彼は他の3人にどもりながら言った。「警察署の下水道は海鮮市場に繋がっているんだ…」
元警察署長のマーク・ルソーは、無精ひげを撫でながら冷笑した。「おいおい、俺が署長だった頃は、みんなミュータントネズミだったんだぞ」制服のジャケットはとっくの昔にワニ革のベストに着替え、警察バッジはライターに変わっていた。
「俺のタンクローリーを使え」と、元レッドシールド石油の幹部リチャード・レビンは、ダイヤモンドがちりばめられたカフスボタンをくるくる回しながら言った。「建物全体をアイスキャンディーのように凍らせるには、20トンの液体窒素が必要だ」
元モンゴルギャングのボス、アルスラン・ファンはマチェーテを研いでいた。刃には顔に彫られた狼の頭のタトゥーが映っていた。「看守に賄賂を渡した方がマシだ。今月の『セイレーンの涙』の収穫は…」
突然、影から絹の擦れる音が響いた。アストラ・レスターは棺桶のような寝袋から起き上がった。スチームパンク風のデニム服の銅のリベットがチリンチリンと音を立てた。銀灰色の瞳孔は暗闇の中で二つの小さな光のように輝いていた。
「無駄だ！」彼は鯨油ランプを蹴り倒した。炎は湿った地面でシューッと音を立てて消えていった。「ルシアン、よくもまだ生きていられるな！」
ルシアンはすぐに膝をつき、額を冷たい石に押し付けた。「先生、私は間違っていました！あの時は…」
「精鋭兵士が十二人！」アストラは彼の背中に真珠を一握り散らした。 「女に全て奪われた！」
アルスラン・フアンはルビーがちりばめられたパイプを素早く差し出した。「落ち着いてください。計画しているのは…」
「これを使ってください」マルク・ルソーは突然、黄ばんだ設計図を広げた。「あの時、盗んだんです…」「盗んで改造した刑務所の非常用発電機を…」
リチャードが遮った。「面倒なことを言ってるじゃないですか！」タンクローリー計画…
「みんな、黙って！」アストラはマントをはためかせ、腰に真っ赤な液体が入った試験管が一列に並んでいるのを見せた。「芸術的な復讐をしたいんだ」彼は「Cウイルス」と書かれた試験管の一つを優しく撫でた。「例えば、あの女エージェントに同僚が…」
ルシアンは突然、宝物のように金メッキの手鏡を差し出した。「先生、まず身だしなみを整えてはいかがですか…」
洞窟はたちまち静まり返った。アルスラン・ファンは静かに二歩後ずさりした。
「お前！」アストラの牙が冷たく閃き、鏡は彼の手の中で粉々に砕け散った。「鏡なんて大嫌いだ！」彼はベストのポケットから黒いダイヤモンドがちりばめられた携帯電話を取り出した。自撮りカメラが冷たい光を放った。「もういい！」
携帯電話の画面では、アストラの青白い顔が美顔補正で輝き、背景は自動的に血のように赤い月に切り替わった。効果。
「いいか、蟻ども」アストラは靴の先でレンズを踏み潰した。「真夜中の満潮時に、ルシアンが沿岸警備隊の注意を逸らす」彼は3本の試験管を3人の男たちの前に振り回した。「リチャード、液体窒素で壁を破壊しろ。マークが発電機に過負荷をかける。アルスラーンの部下が支援する」
試験管の中の液体が生き物のようにうごめき、ぼんやりと小さな人魚の形を形作った。
「あの女ゾロは…」アストラは最後の試験管を撫でた。中の赤い液体が突然沸騰した。「私も彼女の記念写真を撮りたい」
警察署の白い蛍光灯の下、逮捕された悪党たちはグロテスクな劇を演じていた。カメラマンがカメラを構えると、ジャック・ホーンは突然、20本の高級腕時計をはめた手首で雑誌の表紙のようなポーズをとった。「待て！ 「この角度だと顔が小さく見える！」
「カチッ！」フラッシュが光った瞬間、マーサ・ホーンはミンクの首輪を勢いよく開け、真珠のネックレスからぶら下がった金色の鍵を見せた。「編集を忘れないで！」 「Photoshopで私の目の下のクマを消して！」
ヴィンセント・リーの義眼は故障していたものの、中指を立てた自身の姿を映し出していた。薄暗い光の中で、彼はまだ動いているロボットアームでバレエのようなポーズをとった。「芸術的な写真を撮ってくれ！」
警備員が止めようとした時、ネメシスは突然前に飛び出し、警備員を睨みつけた。「何を急ぐんだ？」彼の巨体は廊下全体を覆い尽くした。「家族写真がほしい！」
この光景は、生中継していたニュースレポーターによって偶然撮影された。全国の視聴者が驚きの目で見守った。
ジャック・ホーンは通気口に映る金歯を調整した。
マーサは真珠のネックレスで夫に光を反射させた。
ヴィンセントの義眼が故障した画像はミームになった。
ネメシスは、囚人服がお腹を露わにしたアンサンブルに伸び、カメラに向かって戯れた。
警備員がついに押しのけた時ネメシスを特別に作られた独房に閉じ込めると、身長6フィート5インチの巨漢の男が突然吠えた。「聞け！ 「誰が助け出してくれたとしても…」彼の声が防犯カメラを揺さぶった。「ホーングループは彼らのために何でもする！」
ライブ映像は突然途切れたが、もう遅すぎた。30分も経たないうちに、ハッシュタグ「#HornTeamJobs#」が世界中のソーシャルメディアを席巻していた。
東京テレビの夕方のニュースで、キャスターは笑いをこらえながら「アイスランドの犯罪シンジケートがオンラインで仕事を探している…」と報じた。
タイムズスクエアの巨大スクリーンには、「無償労働」と書かれたネメシスのクローズアップが映し出された。
海洋生物調和協会の本部で、クリスはテレビ画面を見つめ、手で頭を抱えた。「この人たちは一体どうしたんだ…」
（フィリピン、マニラ）
マニラ湾の夜空はこぼれたワインのようで、ネオンライトが水面に粘り気のある赤紫色の光を放っていた。マカティの植民地時代の邸宅では、フロアファンが海風を絹のように切り裂いていた。7人の女性が長いチーク材の椅子を囲んで座っていた。テーブルに座る彼女たちは、裸足で、ロングスカートを履き、翡翠のブレスレットが互いにぶつかり合う。昼間は不動産王、画廊経営者、慈善家といった風貌だが、真夜中になると、フィリピンで最も謎めいた吸血鬼の一派、アスワングへと変貌する。
壁のテレビでは、アイスランドの刑務所でネメシスが言ったのと全く同じ言葉が繰り返し流れていた。「ホーン・グループはお前のためなら何でもする」。再生ボタンが押されるたびに、太った男の顔の肉が震え、まるで彼らの計画を察知するかのように揺れた。
「未来の墓場の虎よ」と、主役の女は金縁のボーンチャイナのティーカップを置き、指先でテーブルにかすかな赤い筋をつけた。「目覚めれば、夜の鳥よりも十倍も凶暴になるわ」
彼女の名前はアーティ・ルシア。目の端には、まるで月の刃で切り裂かれたかのような傷跡があった。低く柔らかな声だったが、テーブル全体が凍りついた。
テーブルの端に座っていた若い女性がノートパソコンを回した。画面にはダークウェブで見つけたアイスランドの別荘の写真がチラリと映し出されていた。リン・ユーがおくるみに包まれた赤ん坊を抱いており、その赤ん坊からは小さな青白い光が漏れていた。
「混血よ」と彼女は囁いた。「生後一ヶ月を生き延びさせれば、自分が誰なのか分かるわ」
「それから？」ルシアは顔を上げた。
「それから、彼を夢の国へ連れて行きなさい」女性はノートパソコンを閉じ、翡翠のブレスレットがカチカチと音を立てた。「玉座を彼の口に入れれば、彼は私たちの代わりに人間を踏み潰してくれるわ」
二人はコウモリが軒を飛び交うような笑い声を上げた。
「脱獄よ」ルシアはグラスの縁を爪で軽く叩いた。「ホーンの負け犬どもを連れ出せば、あの子を連れ去るのを手伝ってくれるわ」
「刑務所は孤島にあるのよ」 「レイキャビク」と誰かが彼女に念を押した。
「じゃあ、夜に飛んで、昼間は死んだふりをするのよ」とルシアは冷淡に答えた。「貨物船に保冷剤を詰めて、北極圏まで届くように。」
彼女は立ち上がった。長いスカートが岩礁を流れる波のように床をなびかせた。他の6人も同時に立ち上がり、翡翠のブレスレットがぶつかり合い、小さくも鋭い音を立てた。
ルシアはマニラの街灯を見下ろすフランス窓へと歩み寄った。
「深海の祖先に伝えて」と彼女は囁いた。「新しい王は私たちのアスワンの娘になるのよ。」
窓の外では、夜鳥が「キキク」という鋭い笑い声を上げて飛んでいった。まるで既に血塗られた未来を耳にしたかのようだった。
