第4話 初めての幼稚園に
「あれ〜ママ、誰もいないね〜」
すると、アノーリオンの表情が、パッと明るくなる。
「あっ、ララノアの声だ!」
アノーリオンが家から飛び出し、外に出ると確かにそこにはララノアがいて、揺莉とアノーリオンを見つけると、こちらにニコッと可愛らしく笑いかけてくれた。
「アノーリオン〜!揺莉さ〜ん!私もきたよ〜!」
ララノアが揺莉に近寄って、ニコニコと笑う。
揺莉は、なぜララノアがここに来たのか不思議に思っていると、幼稚園のそばに綺麗なエルフ族の女性が1人立っていることに気付いた。
ピンク色の瞳に綺麗にカールされた金髪で、目鼻立ちくっきりしている顔はララノアによく似ている。
揺莉はそのエルフ族の女性を見つめながら、恐る恐る頭を下げる。
「あの…もしかしてララノアさんのお母様ですか?」
「そうです。母のラエルノアといいます。ここで幼稚園というものをするとお聞きしまして、ララノアもアノーリオンが通うなら一緒に行きたいと言い出しまして。連れてきたのですが、今日はお休みですか」
上品な話し方と佇まいに、思わず揺莉はラエルノアに見惚れてしまったが、ハッとして慌てて伝える。
「いえ…今日はまだバタバタしていまして、まだ思うように始められていませんでして……でも、お休みではないです!ララノアさんも来てくださるとのことでしたら、嬉しいです!ありがとうございます!」
揺莉は後ろを振り返り、家の近くでアノーリオンと遊んでいるララノアを笑顔のまま見つめる。
「そうですか。それなら良かったです。それで、バタバタされていると言われていましたが、何かお困りごとでも?」
「あっ、はい…実は、お子様を預かるのに、お昼ご飯を幼稚園で用意しようと思ったのですが、この世界での食事も食材の入手方法も分からなくてどうしようかな…と……」
「まぁ…そういうことでしたら」
ラエルノアはその場で手を上にあげ、ピーと口笛をふくと、大きなワシのような鳥が頭上に現れた。
その鳥は頭上を旋回した後、ラエルノアの近くに降り立った。
鳥のクチバシがラエルノアの顔ほどあり、地上に降り立ったそのあまりの大きさに、揺莉は怖くなる。
しかし、ラエルノアは慣れた手つきで、鳥のクチバシに触れると何かを呟いた。
すると、鳥は一瞬にして頭上へと急上昇し、どこかへ飛び去っていった。
あっけに取られる揺莉は、一部始終を口を開けてただ見つめていた。そんな揺莉を見てラエルノアは、優しく微笑んだ。
「今使いを出しましたので、まもなくやってくるでしょう」
「えっ…来るって何が…」
揺莉が困惑すると、ラエルノアの隣に空からサッと誰かが降り立った。
急な出来事に、揺莉は驚き体をビクッとさせるが、ラエルノアは自分の隣に跪く者を気にする気配はなく、揺莉を見てニコっと笑いかけた。
「あ…あの…ラエルノアさんの隣に……」
「えぇ。私が彼を呼びましたの。これから彼には、幼稚園で専属料理人として、毎日お昼ご飯を作っていただきますわ。紹介するわね、彼はルーミルよ」
ラエルノアに紹介されて立ち上がったのは、少しガタイのいい男性のエルフ族だった。
「よろしくお願いします」
そう一言口にしたルーミルは無表情で、見た目はエルフ族で綺麗なのは変わりないのだが、どこか取っ付きにくい印象だった。
また、初対面での表情や会話の感じから、愛想のいいエルフではなさそうだと揺莉は直感で思った。
「え、あ…あの…いいんですか?お願いしてしまって…」
「構いません」
無骨な感じで簡潔にそう答えるルーミルに、揺莉はこれから彼と上手くコミュニケーショが取れるか、不安になる。
すると、ラエルノアがルーミルに向かって話し出した。
「ルーミル、今日の幼稚園でのお昼ご飯がないらしいの。アノーリオンとララノア、それから揺莉さんの3人分用意してくれるかしら」
「分かりました。食材を調達してきます」
ルーミルはそう言うと、揺莉の顔を見ることなく、その場から1人去っていった。
どこに行くのだろうかと、後ろ姿を見送っていた揺莉は、ラエルノアに声をかけられ振り返る。
「揺莉さん、他にも困ったことができたら、遠慮なく言ってくださいね。ララノアを伝言役に使ってもらってもいいですわよ」
ニコニコ笑い優しい声でそう伝えるラエルノアに、揺莉は彼女の親切心に安心感で心が温かくなる。
「ありがとうございます、ラエルノアさ…」
「それにしても、エルサリオンたら、揺莉さんをこんなへんぴな場所に住まわせるとはね…」
揺莉の言葉の途中にラエルノアは話しだし、揺莉の住む小さな三角屋根の家を見て、ラエルノアは口に手を当てて上品にため息をつく。
「いえ、私は家を貸していただけるだけでも、感謝しておりますので…」
咄嗟に恐縮してそう答えたが、ラエルノアの言葉が変に心に引っかかった。
(へんぴな場所…?他のエルフ族の家から、ここってそんなに離れてるのかな…?)
昨日案内してもらったときには、そんなに距離を歩いていなかった気がしたので、揺莉はここをへんぴと言われたことに、正直驚いていた。
「そう…。それじゃ、私はそろそろ失礼するわね。ララノアをよろしくお願いします」
そう言うと、先ほどのワシのような鳥を呼び寄せ、背中に乗るとそのまま空へと舞い上がり見えなくなった。
「うわぁ〜すごいな〜」
揺莉は額に手をかざしながら空を見上げていると、服の裾をチョンチョンと引っ張られた。
視線を下げると、アノーリオンとララノアが、こちらを見つめていた。
「ねぇ、早く幼稚園はじめようよ」
アノーリオンが、揺莉を幼稚園の方へとぐいぐい引っ張る。
「わーい!幼稚園!なにするの〜?」
ララノアは、ピョンピョンジャンプしながら、楽しそうに笑う。
「そうだね、えーと、じゃあまずは幼稚園の中に入ってみよっか!」
揺莉は、手を前後に降ってアノーリオンとララノアを連れて幼稚園に向かう。
幼稚園の建物の中に入る前にあったのは、木でできた靴箱だった。
「ここ、なに入れるところなの?あれ、なんか白いものが入ってる。なんだこれー?」
アノーリオンが、不思議そうに靴箱に触れ、中の上履きを、おそるおそる取り出す。
「ここはねぇ、今2人が履いてる靴を脱いで入れるところなんだよ。幼稚園の中は、上履きっていって、その白い靴に履き替えて過ごすんだ」
「ふ〜ん、おもしろいね。いいよ!」
そう言うと、アノーリオンとララノアは素早く靴を脱ぎ、それぞれ靴箱に入っている上履きを履く。当然、サイズは合わないが、2人は各々魔法を使って、サイズを調整していた。
「できた!これでいい?」
2人は初めての上履きに、楽しそうにニコニコと笑う。
エルフ族の美麗な容姿に上履き…はなんだか合わなかったが、揺莉は2人が嬉しそうにしているのを見て、とりあえずこのままこちらのやり方で進めていくか、と、このまま進めていくことにした。
「ねぇねぇ、次は?」
アノーリオンとララノアが、目をキラキラさせる。
「じゃあ、次は、そうだなあ〜…絵本とか読む?」
「絵本!わーい!」
教室に向かう揺莉の後ろについてくるアノーリオンとララノアは、キャッキャと声をあげ楽しそうだった。
靴箱から一番近い1階の教室に入ると、揺莉は奥の大きな窓を開ける。
大きな窓を開けると、目の前には小さい正方形のベランダがあり、上履きでならそこも走り回ることができた。
アノーリオンとララノアはその空間を見ると、わー!!と嬉しそうに走り出し、追いかけっこをし始めた。キャッキャと楽しそうにぐるぐると回り始める2人。
(エルフ族の子どもも、人間と同じ遊び方するんだなぁ〜)
揺莉は、教室の中から2人の遊び姿を微笑ましく見つめる。
そして、教室にある本棚に向かい中から絵本を数冊取り出すと、まだぐるぐると回り追いかけっこをしているアノーリオンとララノアに向かって、パンパンと手を叩く。
「は〜い!そろそろ追いかけっこはやめにして、絵本を読みますよ〜!」
揺莉が声をかけると、はーい!とニコニコ笑って揺莉のもとに駆け寄ってきて、揺莉を満面の笑みで見上げる。
「2人とも、呼びかけにすぐに来れてえらいね〜」
揺莉が2人の頭を撫でながら褒めると、2人はスッと笑顔がなくなった。
「…そうしないと、怒られるもん」
「うん。私のママも、言うこときかないと外に放り出すよ」
「…そっかぁ…」
(私のいた世界もエルフ族も、子育てにおいては同じ負のものを抱えてる感あるなぁ…)
揺莉は暗い表情になってしまった2人の顔を見ながら、自分も子どもに似たような態度をとってしまったことを思い出す。
それでも、今は気持ちを切り変えなければ、と、2人の手を握ると笑顔で話しかける。
「今から絵本読むんだけど、どれがいいかな?自分で選んでみて」
揺莉が伝えると、2人は夢中になって絵本を手に取り出した。




