第21話 体と精神がバラける
急に表情が固まったエルサリオンとルーミルに、揺莉は内心焦った。
(あれ、私なんか変なこと言ったかな…?)
急に皆無言になり、揺莉はびくびくしながら2人を見つめ返す。
「ねえ、父上、まだ帰らないの?」
エルサリオンの近くに寄ったアノーリオンが、エルサリオンの手に触れ顔を見上げる。
「あっ、そうだよね、帰るところ引き止めてごめんね。クルゴンくんもごめんね、帰りにくかったよね」
揺莉が謝っていると、エルサリオンがアノーリオンの前にしゃがみこむ。
「もう少し話をしたいんだが、ここで待っていられるか」
「うん、いいよ」
意外だった。幼稚園に最初の頃に来たときは、エルサリオンはアノーリオンに冷たく、そして厳しく接しているように見えたのだが、今の2人の様子を見る限りでは、エルサリオンは随分とアノーリオンに寄り添っているように見える。
揺莉はじっとエルサリオンを見つめていたが、エルサリオンが揺莉の視線に気付き振り返った。急にエルサリオンと目が合った揺莉は、ドキッとし気まずくなる。
「あっ…クルゴンくんはどうする?もう帰るかな?」
慌てて視線を逸らし、クルゴンに話しかける揺莉。
「…アノーリオンが…まだ…ここにいる…なら…僕も…いる…いい…?」
クルゴンはエルサリオンが怖いようで、エルサリオンの顔をチラチラ見ながら、おすおずと話す。
「うん、もちろん。そうしたら、2人ともお部屋の中のおもちゃでも絵本でも、自由に遊んでいていいよ。ただし、園庭には出ないでね、2人を見ていてあげられないからね」
「わかったー!」
「…はい…」
アノーリオンとクルゴンは、2人で何をしようかと、笑顔で楽しそうに話し始め、揺莉はそんな2人の様子が仲睦まじい友達同士で微笑ましくなる。
「ゆりさん、さっきの話の続きをしたいのだが」
「あっ、はい!」
ルーミルに声をかけられ、慌てて振り返る揺莉の視界に、ムッとした顔のエルサリオンがうつる。
「なんだ、ルーミル。彼女のことを名前で呼んでいるのか」
「そうだが。他にどう呼べと?」
「…いや…急に名前で呼ばれたら、彼女も驚くだろうと思っただけだ。私ですらまだ名前を呼んだことがゴニョゴニョ…」
語尾の方が小さくブツブツ言っており、何を話しているのか聞こえなくなる。
急に変なことを言われ困惑しているルーミルを見た揺莉は、エルサリオンにハッキリと伝える。
「ルーミルさんには、前にも名前で呼ばれたことがありますし、別に急なことではないですよ」
「なんだ——と!?ルーミルから既に、呼ばれたことがあるのか?」
「はい、まぁそんなことはいいとして、先ほどの話の続きをしましょう。アノーリオンとクルゴンくんも待たせていますし」
「そんなこと…」
揺莉に軽くあしらわれて、ショックを受けた様子のエルサリオンは、ガクッと肩を落としその場で固まっていた。
「あぁ、さっきの話だが、君が言った通り、転送魔法そのものを使い、ラエルノア達をここに連れてくることは可能だ。だが…問題がな…」
ルーミルはゆっくりとそう話した後、腕を組み難しい顔をし黙ってしまう。
「問題…?」
黙り込み床を見つめるルーミルに、揺莉は嫌な予感がする。
エルサリオンが鼻から息をフンと小さく出すと、不安な顔をする揺莉を見つめる。
「問題は、転送した際に、体かあるいは精神がバラける可能性があるってことだ」
「体か精神が…バラける……!?」
「そうだ」
「えっ……!!じゃあ、私も元の世界に転送されたら、そうなる可能性があるってことですか…!?なんで…なんで、そんな大切なことを言ってくれなかったんですか!帰れる日を、心待ちにしているのに…!そんなんだったら…帰っても、意味ないじゃないですか……」
揺莉は涙目になり、肩を落として愕然とする。
涙目で怒る揺莉に驚いたのか、エルサリオンは柄にもなくオロオロとしていた。
「いや、違うんだ。私の説明が足りていなかったな。本人の同意があるかどうかで変わるんだ。つまりは、本人がその場所に行きたいと強く願えば、転送魔法を使っても何も問題なく移動できる。ただし、本人の同意なく転送魔法を使った場合、先ほど言った通り、体や精神がバラける可能性がある。ただし、これも可能性であって、必ずというわけではない」
話をしている間のエルサリオンは、揺莉の目線と同じところまで腰を落とし、そっと肩に手を置き、優しい口調だった。
「…じゃあ、…私はそうなるわけではないってことですね…?」
「そうだ。だから、安心していい」
「…分かりました。グスッ」
涙を手の甲でぬぐった揺莉は、気を取り直すと、ルーミルとエルサリオンを見つめる。
「つまり、ラエルノアさん達の同意を得て転送魔法を使わなければ、危険だということですね」
「そうだ。それを考えると、私は転送魔法を使うのは、やめておくべきかとは思うのだが」
揺莉が落ち着きを取り戻したのを見て、エルサリオンは安心したのか、体を真っ直ぐに伸ばして立ち、いつもの冷静沈着なエルサリオンに戻っていた。
「そうですよね…」
「そうとなると、やはりラエルノアの家に向かうしかないのだが、ルーミル、やはり私も共に行くぞ」
「うむ…」
ルーミルは、エルサリオンが同行することをまだ望んでいないようだった。
「ならば、エルサリオン、すぐに出よう。日が暮れると厄介だろう」
「そうだな。だが、少し待ってくれるか。——アノーリオン!すまないが、今日は1人で帰ってくれ。私は用事を終えてから帰宅する!」
エルサリオンが声を上げ、絵本をクルゴンと読んでいるアノーリオンにそう伝えると、アノーリオンは頷きクルゴンとまた絵本に視線を落とし、笑い合っていた。
「えっ、あの、日が暮れると厄介って、エルフ族の皆さんもそうなんですか?なんか、すごいここ辺り一面も、夜になると真っ暗になっちゃって、私も怖いなぁとは思っていたんですけど」
揺莉は自分の二の腕をさすり肩をすくませると、エルサリオンが一歩こちらに近付いた。
「怖いのならば、早くそう私に伝えればいいものを。怖いときは、私がそばにいて君を安心させ…」
「あっ、大丈夫です。夜は外出しないので。はい」
揺莉は両手を前に突っ張り、近付くエルサリオンを制する。
2人の様子を見ていたルーミルは、教室から園庭に視線をやり、ほんのり赤く染まりつつある空を見上げる。
「夜は、エルフ族も警戒している」
「それは、…なぜですか?」
「夜になると、結界の隙をぬい、闇夜に紛れて里の外から侵略を試みるモノも出る。外には光を灯さず暗くしているのは、侵略者に里内を知られないためだ。各家には結界が張ってある。家から出ないというのは、正解だ」
「不思議ですね…」
「何がだ?」
ルーミルとエルサリオンが、同時に揺莉を見つめる。
「この幼稚園にいると、すごく平和で…まぁ、サークのことはありましたけど。それでも毎日平穏で、私はのんびり過ごしていました。でも、それは皆さんが防衛してくださっているからで…私、皆さんに嫌われつつも、なんだかんだ守ってもらっていたんだなって…」
「——私なら、いつでも君のそばに、そして君を守って…」
「エルサリオン、ラエルノアの家はここから遠いんだ。行くぞ」
揺莉への会話を遮られ、不服そうなエルサリオンだったが、揺莉の側に来ると揺莉の髪の毛を優しく撫でた。
「何か不安なことがあったら、遠慮なく言ってくれ。すぐに私が駆けつける」
「あ…はい…」
(えぇー…なんか、スイッチ入っちゃった感じ?)
揺莉は内心冷や汗ものだったが、適当にニッコリと笑顔を返すと、エルサリオンはパッと表情を明るくした。
(あっ、この笑顔、アノーリオンくんに似てる。やっぱり親子だな〜)
揺莉は、園庭から空へと飛び立つエルサリオンとルーミルを、アノーリオンとクルゴンと共に見送る。
「いってらっしゃーい!」
空高く飛んでいる2人に、手を振る揺莉。
まさか、この後、夜になってから小さな三角屋根の家に穴が開くとも知らずに。




