第2話 エルフ族以外は認めぬ
「それで?こんな幼い子供をたぶらかして、ここまで誘導させたのか?貴様のようなよく分からぬ種族は、やることも汚いな」
「違います…!私は本当に困っていて——」
「なんだ、先ほどの貴様の作り話を、我々に信じろと言うのか?他の世界からやってきたという話を」
ギリギリギリ、と弓矢を更に強く引っ張る音が響く。
その弓矢は、揺莉の胸元に真っ直ぐ向いていた。
そして、その弓矢を引いているのは、大人のエルフ族だった。
3人のエルフ族の子ども、アノーリオン、クルゴン、ララノアについて辿り着いたこのエルフ族の里。足を踏み入れるや否や、すぐに拘束され、きつく問い詰められ、そして今の状況だ。
「どうやって、信じてもらえばいいの……」
中央に揺莉、そして大人のエルフ族達が、揺莉を囲うかのように円状にずらりと立っている。
「言っただろう、ここはエルフ族以外の種族は認めないと」
大人のエルフ族は、皆長身で、数メートル離れているとはいえ、周りに立たれるだけで威圧感がある。
怖くて足がすくむ揺莉…ただ…、
(全員ビジュが良すぎるのよねーー…!)
揺莉は手をギュッと結び、心の中で唸る。
こんな状況だが、全員が肌が白く金髪に端正な顔立ちで、こんな美系な集団は現実世界で見たことがない。
揺莉はそんなことを考えながらも、ゆっくりと口を開く。
「エルフ族ではない私の話を信じられないというなら、もう信じてもらわなくても結構です。ただ、もう一度言わせていただきますが、私はこの世界の住人ではありません。私は、私の世界で車と衝突して、きっとそれで死んだから、ここに来たんだと思います。私だって、もともとこの世界に来たかったわけではないし、子ども達がいない世界で生きていこうとも思っていません。私をその弓矢で撃ちたいのであれば、どうぞ」
そう言い、周りにいるエルフ族を見据える。
弓矢を構えたエルフ族が、ギリギリギリギリと更に弓を強く引っ張る音が響く。
「おろせ」
叫んだわけではないがよく響いたその声と共に、周囲を囲んでいるエルフ族の後ろから、1人のエルフが出てきた。暗闇から出てきたその大人のエルフは、目が綺麗な青色で、他のエルフ族とはオーラが違った。
彼が出てきた瞬間、円はサッと割れ、弓をひいていたエルフは素早く弓を下げ収めた。
青い目をしたエルフは、揺莉の正面に立つと、揺莉の目を真っ直ぐに見つめる。
「その者、名前は」
「揺莉です」
「私はエルサリオンだ。先ほど、子どもがいたと言っていたが、それは、そなたの子どもか」
「はい、そうです。私は自分の世界にいたときに、3人の子どもを産み育てていました。今ごろどうしてるのか…」
「子どもに会いたいか」
「…もちろんです!でも、もうきっと無理です…元の世界への戻り方も分からないですし…会いたくてもどうにもならないです……」
揺莉は話しながら涙が込み上げてしまい、グスッと1人鼻をすすり、涙を指でぬぐっていた。
「方法がない、わけではない」
「…えっ…?」
揺莉は、驚いて視線を上げると、目の前のエルサリオンを見る。
「我らエルフ族は、魔法を使うことができる。もしかしたら、そなたを魔法で元の世界へ戻すことができるかもしれぬ」
「ええっ…!!本当ですか!?」
「そうだ。ただし、時空を超えての魔法には、我々にも準備に多くの時間が必要であり、その魔法を使うには相当な体力と精神力がいる。すぐにできるものではない。準備が整うまでの間は、嫌でもここで過ごしてもらう必要がある」
「戻れるのなら、お願いしたいです…!できるまで待ちますので、どうかお願いしてもよろしいでしょうか…!?」
「わかった」
揺莉は、エルサリオンの凛とした態度と表情、それから纏っているオーラに、他のエルフ族とは違うものを感じ、なんとなくこの人は信用できると本能的に感じ、望みを託すことにした。
すると、揺莉の周りを取り囲んでいたエルフ族達がザワザワとしだした。
「この小娘を信用していいのか」
「我々の里に、この女をおくというのか」
「私達の貴重な力を、なぜこんな種族もよく分からないものに」
「エルサリオンは、何を考えているんだ」
「その辺に放っておけばいいだろう、そうすれば他の種族に喰われて終いだ」
多発する不満の声に、揺莉は周りを見渡しながら心をざわめかせる。
タタタタッ!!——ギュッ!
「っ、わぁっ——!」
揺莉は急に太ももあたりに何かに抱きつかれ、驚いてよろめく。
下を見ると、アノーリオンだった。
アノーリオンは、目を潤ませ口をギュッと結び、揺莉の太ももに両腕を絡ませて必死にしがみついていた。
「アノーリオンくん!どうしたのっ——!?」
揺莉がアノーリオンの腕をほどき、しゃがんで目線を合わせる。
すると、アノーリオンは目に涙を浮かべ、唇を噛んでいた口を開く。
「…みんなが、おねえさんを、ころしちゃうって思って、だから…」
不安そうな顔で涙を浮かべているアノーリオンの姿に、揺莉の心にじわっと、何か温かいものが広がる。
「心配してくれたんだね。ありがとう。でも大丈夫だよ」
そう伝えると、アノーリオンはコクンと頷いて、涙を腕で拭った。
揺莉は立ち上がり、エルサリオンと他のエルフ族を真っ直ぐに見つめる。
「私のような部外者が急に里に入り、皆様に動揺と混乱を招いていることは、重々承知しております。申し訳ありません。私は元の世界に戻る準備が出来次第、速やかにここを去ることを誓います。それまでの間、目障りでしょうが、ここに身を置かせていただけないでしょうか。この世界については全く知らなくて、本当に行くところがないんです。その代わりと言ってはなんですが、何か困っていることやお手伝いできることがありましたら、ぜひやらせていただきます。ご迷惑をおかけしますが、どうかお願いいたします…!!」
揺莉が深々と頭を下げると、エルフ族は話をやめシンと静まり揺莉を見つめる。
その間、アノーリオンは揺莉の太ももにまたギュッとつかまり、皆をその青い瞳でじっと見つめていた。
「こう申しておる。皆のもの、しばらく様子見で受け入れてみてはどうかな」
エルサリオンの言葉に、他のエルフ族は顔を見合わせ唸ったり首を傾げたりしているものもいたものの、先ほどのように文句を言うものはいなかった。
「異論はないな。それでは、私から提案がある。我々は今他種族との戦闘中でもあり、子ども達の面倒まで手が回らないこともあるだろう。忙しい間や日中など、彼女に子供達を見ててもらうのはどうか。彼女は子どももいたということで、幼子の扱いもある程度、慣れているだろう」
エルサリオンのその提案に、静まっていた空間に、またザワザワと声がし始める。
「手始めに、私の子どもであるアノーリオンを預けてみる。今も彼女にくっついていて、懐いているようだしな」
「えっ——!?」
揺莉は右側に視線を落とし、アノーリオンを見つめると、アノーリオンは顔を上げ揺莉を見つめる。
「パパなの…?」
「うん、そうだよ」
揺莉はアノーリオンを見たあとに、エルサリオンを見る。確かに、2人とも青い瞳でよく見れば、なんとなく顔も似ている気がする。
「そなたは、私の提案についてどう思う」
「…あ!はい、私でよろしければ、責任をもってお子さまを見させていただきます…!」
「話はついたな。それでは、君の住む場所を用意しよう。ついて参れ」
エルサリオンはそう言うと踵を返し足早に歩き始め、揺莉は慌ててあとを追いかける。
「ぼくも行く!」
アノーリオンは揺莉の手をギュッと握り、着いてきた。




