第11話 白い毛の怪物
白い毛の怪物は、長い手のようなものを引きずりながら、短く太い足でゆっくりと歩き、顔には黒い目が2つあったが、ドヨンとした暗く虚ろでララノアを見つめていた。
揺莉は息をするのを忘れるくらいに全速力でララノアの元へと走ると、ララノアに覆い被さりギュッと抱きしめ、恐怖で思わず目を瞑った。
ララノアは近づいてくる白い毛の大きな怪物には気が付いていなかったようで、揺莉に突然視界を遮られ驚く。
「どうしたの、ゆりさん」
ララノアは覆い被さる揺莉を押して、外の様子を見ようとする。
「ララノアちゃん、だめっ!!」
揺莉はララノアが自分の下から出ないよう、必死にララノアを引っ張るが、ララノアは必死に揺莉を押し上げてしまった。
「…なに…あれ…」
ララノアは急に目の前に現れた白い怪物に、目を見開き固まる。
すると、誰かの声と共に、鋭い緑の閃光が白い怪物に向かって幾つも突き刺さる。
ギャアオーーーー
白い怪物は痛そうに叫び声を上げ、数歩後ろによろめき、揺莉とララノアから少し離れた。
「ゆりー!ララノアー!逃げてー!」
アノーリオンが口に手を当て、こちらに向かって大声を出していた。
その隣では、真剣な顔をしたクルゴンが、白い怪物を注視しながら、次の魔法を繰り出していた。
クルゴンが手を上に上げると、白い怪物の真上に大きな緑色の岩のような塊が現れ、手を素早く下ろし、その岩のような塊を白い怪物の首後ろ辺りに勢いよく落とした。
白い怪物は、岩の重みと衝撃で、大きな音を立てて園庭に腹ばいに倒れた。
揺莉は、白い怪物を怖がっているララノアを素早く抱きかかえると、クルゴンとアノーリオンのそばまで行こうと腰を上げる。
しかし、白い大きな怪物を見た恐怖心からか、はたまたこんな状況を初めて経験したからか、揺莉は腰が抜けて脚に力が入らず、その場で前のめりに、転倒してしまった。
「きゃあっ!」
揺莉は転んだ拍子に園庭に両腕を激しくすりつけ、ララノアは揺莉の腕から転げ落ちて、揺莉の少し先で園庭の地面の煙を巻き上げながら止まった。
「ララノアっ!!」
アノーリオンとクルゴンが、園庭に横向きに倒れているララノアに駆け寄った。
心配した表情のアノーリオンに助けられ、ララノアは、頭や体のあちこちをさすりながら上半身を起こした。
揺莉はララノアのそばに行こうとしたが、恐怖からか、まだ脚に力が入らず動けない。
すると、揺莉の目の前の園庭がフッと暗くなる。
恐る恐る見上げると、いつの間にか白い怪物が起き上がり背後に聳え立っていた。
そして、その長い腕を上に振り上げると、アノーリオン、ララノア、クルゴンの3人がいる所へと振り下ろし、ものすごい轟音と共に粉塵が舞った。
それは一瞬のことで揺莉は声が出ず、両手で口を抑えてその場で固まって見ていた。
(どうしよう…アノーリオンくん…ララノアちゃん…クルゴンくん…)
揺莉は涙目になり3人がいた場所を見つめていると、粉塵が徐々におさまり様子が見えてきた。
よく目を凝らすが、その場には3人の姿がなかった。
(うそ…どうしよう……!)
揺莉は3人が潰されてしまったと思い、ショックの余り呆然としたが、嬉しいことに3人は攻撃を受けた場所から数メートル離れた場所に、それぞれ少し間を取って立っていた。
(一瞬で、あんな場所まで移動できたの…?)
揺莉が驚愕していると、白い怪物は腕を真横に伸ばして構え、その腕をフルスイングした。
それは、まるで3人を薙ぎ払うかのようだったが、驚くことに、アノーリオン、ララノア、クルゴンは素早く動いてその攻撃を避けていた。
「あ……あの動き…」
揺莉は、幼稚園での3人の素早い後片付けの様子を思い出した。
(なぜ、あんなに早く無駄なく動けるのか不思議だったけれど…もしかしたら、こういう戦闘経験からくる身のこなしで得たものなのかな…?)
……グルルル……
考え込んでいた揺莉は、真上から聞こえる地鳴りのような音にハッとして上を見上げると、白い怪物がよだれを垂らして、こちらを見下ろしていた。
「ゆりさん…!!」
「ゆりー!」
揺莉は、あまりの恐怖に口を開けたまま硬直し、もうこのまま食べられるかして殺されるんだと思った。
しかし、不思議なことに白い怪物はただ揺莉を見下ろしているだけで、何もしてこなかった。
揺莉は目をぱちくりとさせ、白い怪物を見つめていると、誰かの声と共に雷鳴のような空を切り裂くような音が園庭中に響き渡り、白い怪物は強い白い光に包まれてしまった。
そして、宙に突然縄のようなものが現れ、白い怪物をひとりでに巻き取っていく。
「なに…急に何が…」
揺莉が体をすくませていると、揺莉の隣に誰かがまるで瞬間移動のように現れ、両肩を掴んだ。
「移動するぞ」
揺莉の顔の近くでそう囁いたのは、アノーリオンの父、エルサリオンだった。
「エッ…エルサリ…なぜここ…?…あっ、はい…!」
揺莉はエルサリオンに抱きかかえられ、白い怪物から離れた場所へ移動する。
移動した先でも、エルサリオンは揺莉を抱えたまま白い怪物から目を逸らさず戦闘モードであり、揺莉は恥ずかしいやら恐縮やら、これからどうしたらいいのかなどの混乱で、エルサリオンの腕の中で縮こまり、エルサリオンを下から見つめていた。
白い怪物は、エルサリオンの魔法で出された紐にあっという間に縛り上げられ、その場で激しく前に倒れた。
「お父さん——!」
いつの間にかアノーリオン、ララノア、クルゴンも、揺莉とエルサリオンの近くに避難してきており、エルサリオンは息子の声に初めて白い怪物から目を離した。
「アノーリオン…皆な無事か」
「うん、大丈夫だよ」
アノーリオンは、ララノアとクルゴンの様子を確認してから頷く。
エルサリオンはクルゴンを見下ろすと、クルゴンのその緑色の眼を静かに見つめる。
「さすが…といったところか…君がいなければ、私が駆けつける前には皆やられていただろう」
エルサリオンは今度は、抱えている揺莉を静かに見つめる。
「あれをどこで拾った」
「え…あれって…さっきの…白い…?」
「そうだ」
揺莉はあの白い怪物がなんだったのか、エルサリオンの問いでやっと気がつき、自分のせいでこうなったことに恥ずかしくなり、それと共に激しく後悔する。
「…昨日、皆が帰った後に園庭に突然現れたんです…でも、最初会ったときはあんなんじゃなかったんです…!白くて両手くらいのサイズでしたし、大人しかったし…」
揺莉は、自分の軽率な行動がこの事態を招いたと分かっていたにも関わらず、思わず言い訳めいたことを口走ってしまった。
(あぁ…きっと、エルサリオンにまた何か嫌味を言われるわ……)
揺莉は怖くて思わず両手を握りしめ、エルサリオンの目を見られないでいた。
「そうか…怖い思いをしただろう、悪かった」
そう言うと、エルサリオンは抱きかかえていた揺莉を優しく園庭に下ろしてくれた。




