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桜田門ウィッチーズ  作者: しろいぬ
第一章 現実
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1−6

「失礼。錫村君、ちょっといいかな?」


 呼びに来たのは真野さんだった。黒スーツがやたらと似合ってて、ほんとこの人ずるい。


「います。……なにか?」


藤城(ふじしろ)課長がお呼びだ」


「……課長?」


 初耳の名前に首を傾げていると、横にいた宇田島さんがすぐにフォローしてくれた。


「公安六課の課長だよ。すぐ行ったほうがいい」


 俺はよくわからないまま立ち上がり、真野さんに続いて廊下を歩く。

 公安六課があるのは警視庁の12階らしいが、課長室はなぜか17階。


 どこの世界でも偉い人ってのは、上の階に陣取ってるんだな。物理的にも心理的にも遠い存在ってわけだ。


 真野さんがノックすると、扉の向こうから「入れ」と低い声。


 てっきり課長ってくらいだから、偉そうなオジサンを想像していたんだけど。


「藤城課長、錫村刀矢を連れてきました」


「真野主任、お前は下がっていい」


「はい。では、失礼します」


 扉が閉まったあと、俺は思わず見惚れていた。


 そこにいたのは、冷たい美しさをまとった女性だった。


 タイトスカートの黒いスーツにまとめ髪。ピンと背筋が伸び、整った顔立ちに隙がない。

 クールビューティーって言葉が、たぶんこの人のためにある。


「そこに座れ」


 応接セットのソファを指差され、俺は素直に腰を下ろす。


 視線を向けられた瞬間、背筋がピシッと伸びた。なにこれ、反射?


「真野主任から事情は聞いている。……本当に、別次元から来た人間という認識でいいのか?」


「えっと……たぶん。俺も説明がうまくできないんですが……魔法? みたいなもので、気づいたらこっちにいて」


「そうか」


 口調も淡々としていて、表情はあまり変わらない。でも、なんかちょっと落胆してるようにも見える。……え、もしかして期待外れ?


「何か困っていることは?」


「えっ、困ってること、ですか? 困ってることしかなくて……何から言えばいいのか……」


 藤城課長は「ふむ」とだけ言い、軽く息を吐いた。


 そのまま沈黙が流れたが、俺は意を決して口を開く。


「……ひとつ、特に困ってることがあって」


「言ってみろ」


「えっと……住んでたアパートがこっちの世界にはなくて。寝る場所がないんです」


 その瞬間、藤城課長がじっと俺を見た。

 そのまなざしに、俺はなぜか息を飲んだ。強いとか冷たいとかじゃない。

 言葉にできない、懐かしさのような、胸をざわつかせる何かがある。


「錫村刀矢には複数のセーフハウスがある。私が把握しているだけで三箇所。他にもあるが、彼はそれらの場所を誰にも教えていなかった」


「そんなに……?」


「彼は常に命を狙われる存在だった。誰にも気配を読まれないよう、親ですら居場所を知らない」


 そこに宿っているのは、厳格な“職務上の語り口”……のはずなのに。


 ほんの一瞬だけ、“寂しさ”のようなものが混じった気がして、俺は言葉を詰まらせた。


「しばらくは、警視庁の一室を私室として使ってもらう。セキュリティも整っている」


「……すみません、なんかホテル代わりみたいで」


「非常事態だ。必要な生活物資はこちらで用意する。口座も新しく開設しておくといい。給料もそこに振り込む」


「至れり尽くせりで助かります。……っていうか、元の俺、金どうしてたんですかね?」


「それは私にもわからない。彼がどうやって金を動かしていたのか、誰にも明かしていない。……あの人は、そういう人間だった」


 その言い方に――明らかに、感情がにじんでいた。

 わずかな“距離感”と、“過去形”が混ざる口調。思い出を語るような声。


(……もしかして、俺の“もう一人”とこの人……)


 そんな妄想がよぎって、心臓がドクンと跳ねた。


「何から何まで、ありがとうございます」


 俺は、なんとか笑顔を作ってごまかした。


 でも、気持ちはごまかしきれなかった。


 この人は――何かを知っている。

 もう一人の“俺”に関わる、何かを。

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