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桜田門ウィッチーズ  作者: しろいぬ
第一章 現実
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1−5

 会議とやらが終了したーーが、俺の頭の中はクエスチョンマークの大行進。どこから手をつければいいのか見当もつかず、口を開くタイミングすら迷ってしまっていた。


 今は、場所を移動して公安六課のフロアの中でも、小規模な打ち合わせ用の会議室に通されている。

 窓の外にはビル群が見えるが、どこか俺の知っている風景とは違う。微妙な違和感が、風景の端々に潜んでいるのだ。看板のフォントが見慣れない、車の形が少し古臭い、信号機の色が微妙に違う……まるで精度の低い記憶をもとに再構成された「ニセ東京」みたいな雰囲気だ。


 俺の向かいにいるのは、先ほどの会議でも発言していた宇田島さん。筋骨隆々のいかつい男だが、今は緊張をほぐすようにやさしい目で俺を見ていた。

 無骨そうな指で缶コーヒーを器用に開けて、俺にも一本くれた。

 ただしその缶は、見たことのないメーカーのもの。商品名は「DEEP BLACK・改」と書かれていて、字体がどこかレトロフューチャー。


 飲んでみると、中身は至って普通のコーヒーだった。甘くも苦くもない、どこか味気ないけれど、飲めなくはない。


「パラレルワールドって、こんな感じなのか……」


 頭の中に昔見た深夜アニメの一場面が浮かぶ。少しだけ時空がずれている世界、だけど根っこは似ている。

 しかし、この世界と俺のいた世界で決定的に違うものがある。

 それが――“魔法”。


 それはもはや「少し違う」とかいうレベルではない。

 俺にとって魔法とは、テレビや漫画の中だけのものであり、日常に溶け込んでいていいはずがないものだ。

 それがこの世界では、“公安”という国家機関が関わるほどに常識として存在している。


「では、何から説明をしようか。まずは錫村君が一番疑問に思っていることを聞いたほうがいいかな?」


 宇田島さんは、どっかの怖い軍曹みたいな見た目とは裏腹に、口調は実に穏やかだった。

 世話係があの口の悪い子供じゃなくて、本当に良かったと心底思う。


「一番の疑問は……」


 いくつも聞きたいことはあるけれど、その中でどうしても引っかかっていた一つを選んだ。


「この世界の人たちは全員魔法が使えるんですか?」


 宇田島さんは頷きながら、口元にうっすら笑みを浮かべた。


「いい質問だね。答えはノーだ」


「なら、神に選ばれし者…みたいな?」


「どうだろう。神に選ばれたのかはわからないが、魔法を使える人間は一万人に一人と言われているね」


「多いのか、少ないのか分からないですね…」


 想像よりも多い気もするし、でも学校に一人いるかどうかのレベルかもしれない。なんとも言えない数字だ。


「ただ、ほとんどの魔法使いは力を封印してしまっているから、実際、魔法使いとして生きている人間はその十分の一以下だ」


 俺は思わず首を傾げた。


「どうしてそんなことをするんですか? わざわざ魔法を封印するとか、もったいない」


「それはたぶん君が考えている“魔法使い”と、この世界の魔法使いに違いがあるからじゃないかな」


 宇田島さんはそう言うと、静かにコーヒーをひと口。

 無言のまま、缶を両手で包むように握った。


 その仕草は、まるで過去の記憶を辿っているようにも見えた。


「魔法使いというのはね、この世界の“恐怖の対象”なんだ。とても嫌われている。だから、色々と制限をされることが多い。例えば、能力を封印していない魔法使いは常に位置情報を発信しなければならないとか、就職先が限られるとか。特にスポーツの分野での制限は厳しい」


「それって、魔法を使ってずるする可能性があるからですか?」


「そうだね。本人は使っていないと主張しても認められない。先月、突然能力が発現をしてしまったプロの野球選手が、引退に追い込まれたってニュースもあったばかりだ」


「それって秘密にできないんですか?」


「できるよ。政府に申請しなければね」


「じゃあ、黙っている人もいるんじゃ?」


「そうだね。でも、そういう場合は……ふとしたきっかけで魔法使いだとバレてしまった場合、大きなペナルティがつく。前科持ちになるってことさ。だから大抵は、能力を封印するか、魔法使いでも雇用してくれる仕事に就いている。もしくは……」


 宇田島さんは、そこで一瞬、言葉を区切った。


「もしくは?」


「雑音のような裏社会に逃げ込むって手もあるね。彼らは、特別待遇で雇ってくれるらしいよ」


 その言葉に、ぞくりと背筋が冷たくなるのを感じた。


「……能力によっては、そりゃ大歓迎だろうな」


 俺が自嘲気味にそう呟くと、宇田島さんは苦笑した。


「君も、もし警察官じゃなければ、すぐにスカウトされていたかもね」


 まるで冗談のように言ったその言葉が、なぜだか冗談に聞こえなかった。


 だってこの世界では、魔法は現実で、誰かを殺す力になりえるのだから。



 宇田島さんは、缶コーヒーをもう一口すすりながら、ゆっくりと言葉を継いだ。


「魔法は生まれ持った才能だ。それ自体が悪ではない。しかし、その力を使う人間の意志次第で、魔法は人を助けもすれば、簡単に命を奪う武器にもなる」


「……俺の、水鉄砲も?」


「そうだよ。あれも立派な“魔具”だ。見た目が子ども用のおもちゃだからといって油断しちゃいけない。錫村A――君のこちらの世界のオリジナルは、あの魔具を完璧に使いこなしていた。だからこそ、犯罪者から恐れられていたんだ」


「まるで“死神”みたいな扱いですね……」


「実際、そう呼ばれていたよ」


 宇田島さんの表情には、少しだけ哀しみが混じっていた気がする。


 俺は、手元の缶を無意識に見つめる。そこに映る自分の顔は、確かに見慣れたもので、昨日までコンビニのバックヤードで棚卸しをしていた男のものだ。だけど――。


「でも、こっちの世界の“俺”は……誰かを、殺したんですよね?」


「正確には、“職務中に”敵対した魔法使いを排除した、だ」


「でも結局、人を……」


 その言葉を続けることはできなかった。


 俺がこの世界に飛ばされるきっかけとなった“C17”という犯罪者コードの魔法使い。そいつのことを俺は、何も知らない。名前も顔も、何をしていたのかも。


 それでも、こっちの俺はそいつを殺したらしい――それが、事実として今この世界にのしかかっている。


「だから、錫村B――君は、その責任を感じる必要はない」


「でも、それって……」


「確かに見た目は同じだし、周囲からは“同じ人間”に見える。でも、心は違う。記憶も違う。環境も、生きてきた背景も、すべて別物なんだ」


 宇田島さんの言葉は、温かくて、重い。


「今、君に求められているのは、この世界に“慣れること”だ。元の世界に戻す手段が今は分からない以上、ここでどう生きていくかを考えるしかない」


「……つまり、俺は、これから“こっちの錫村刀矢”として生きろってことですか?」


「厳しい言い方をすれば、そうなる」


 そう言われて、俺は少し目を伏せた。

 人生が急に裏返ったような感覚。舞台袖でネタ合わせをしていたら、いきなり主演舞台に放り込まれて、台本も役も知らないままスポットライトを浴びせられるような。


 笑えない冗談にも程がある。


「でも……少し、分かってきました」


「何が?」


「こっちの世界で、魔法っていうのがどれだけ重いものなのか。あと、“俺”がどれだけ異常な立ち位置にいたのかって」


「……うん」


「怖いな、正直」


 そう素直に口にすると、宇田島さんは珍しく――ほんの少しだけ、微笑んだ。


「怖いって思えるなら、大丈夫だよ。君が無鉄砲で、血に飢えたような男じゃないって証拠だ」


「はあ……まあ、どっちかっていうと、俺はビビリですから。ホラーも苦手ですし、絶叫マシンも乗れません」


「だったらなおさら訓練が必要だな。明日から、基礎訓練に入ってもらう」


「うわ、まじですか。言ったこと後悔しました」


「後悔する前に、筋肉痛が先に来るよ」


 宇田島さんが冗談っぽく言って、俺は苦笑いするしかなかった。


 それでも、こうやってちゃんと“話が通じる人間”がいてくれて良かったと思う。


 この世界で、唯一の“味方”みたいな気がして。


「錫村B」


「はい」


「……この世界は厄介で、理不尽で、そして残酷だ。けれど、君には“味方”がいる。絶対に一人にはしないから」


 その言葉に、思わず胸が熱くなる。


 たった今、俺の世界が終わって、ここで“始まった”んだ。

 まだ混乱の渦中にいるけど――それでも、なんとかやっていけそうな気がしてきた。


「ありがとう、宇田島さん」


「礼は訓練を終えてからにしてくれ。地獄を見るかもしれないから」


「……やっぱ無しで」


「ははっ」


 そうやって笑い合えたのが、少しだけ救いだった。

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