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桜田門ウィッチーズ  作者: しろいぬ
第一章 現実
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1−4

 俺は今、公安六課の会議室という場所に連れてこられている。

 殺風景な壁に、無機質なスチール製のデスク。照明の光は妙に白々しく、空調の音だけが耳に残る。どう見ても、テレビドラマで見るような警察署の会議室……というより、何かしらの特殊機関の秘密拠点のような印象だ。いや実際、そうなのかもしれないけど。


 前方にはホワイトボードがあり、その前に立っているのはイケメン俳優……じゃなかった、真野(まの)さんと名乗った俺の上司?という男性だ。


 そんな彼が、今まさに俺の存在を使って“とんでも理論”を展開している。


「ーーというわけで、この世界をA、別次元をBとすると、ここにいる錫村刀矢は錫村刀矢Bで、この世界にいた錫村刀矢AはB世界にいるらしいということだ」


 まるで中学の理科の授業。世界A、世界B。黒板じゃなくてホワイトボードなだけで、言ってる内容はほぼSFだ。


「質問があります」


 ボソッと手を挙げたのは、小野倉さんだ。


「錫村刀矢Bさんも、魔法が使えるのですか?」


「いい質問だ。錫村B、ちょっと前に出てこい」


 呼ばれて、え? という顔をしながらも俺は仕方なく椅子を立ち、ぎこちなく前へ進む。


魔具(ギア)は出せるか?」


「ぎあ?」


 首を傾げていると、「すまん、そこからだった」と謝られた。


「そうだな、水鉄砲を持っているイメージを想像してみてくれ」


「?」


 俺は右手を見つめた。エアギターなら知っているが、エア水鉄砲?


「いいから。想像したら《起動》と詠唱してみろ」


「きどう……」


 詠唱とか、やっぱりこの人たちは厨二病なのか?と目を細めていると、真野さんがこうやってするんだとお手本を見せてくれる。


「詠唱は、魔法のイメージを確立するための、自分にかける呪文のようなものだ。言葉にすることで意志が形になる」


 こんな理屈を当然のように言うのが、この世界では普通らしい。


「《起動》」


 真野さんの瞳が一瞬、黄金色に輝いた。

 その瞬間、空気が揺れ、微かな耳鳴りのような音が響く。

 会議室の蛍光灯が一度だけ明滅し、周囲の空気が冷たく張り詰めた。

 マジックショーどころではない。体の周囲に浮かんだ魔法陣は、複雑な文様を刻みながらゆっくりと回転し、淡い光が天井を照らす。

 その光は、見ているだけで胸の奥がざわざわするような、不思議な圧迫感があった。


 数秒も経たないうちに魔法陣は音もなく霧散し、瞳も元の色に戻る。


「こんな感じだ」


 俺は目を丸くした。

 さっきまで真野さんは手ぶらだった。何も持っていなかった。それなのにーー。


「スケボー??」


 今は右手にスケボーを抱えている。しかも、派手なペイントの。ドクロが描かれてそうなやつ。


「これは俺の魔具(ギア)だ。君の魔具(ギア)は水鉄砲だ」


 わかったような。わからんような。

 だが、次は見様見真似でやってみる。


 頭の中に水鉄砲を思い浮かべた。

 魔法はイメージ。詠唱は、イメージしやすいように自分にかける呪文……。

 真野さんに教えてもらった言葉を頭の中で繰り返す。


「《起動》」


 それは自分の口から出たはずなのに、自分じゃない誰かが喋ったような、そんな奇妙な声だった。

 体の奥に、冷たいものが広がる。


 俺の周囲に魔法陣が浮かぶ。

 それは心臓の鼓動に合わせて脈動し、うっすらと床に反射する光を揺らめかせていた。

 魔法陣の中央に、ぼんやりとした黄緑色の光が集まりはじめる。

 視界の端で蛍光灯がまたちらついた。


 光はゆっくりと形を結び、輪郭を刻む。

 最後に、ひときわ強い閃光を放って収束した。


 気がつけば、手のひらにそれはあった。


「これは……」


 俺が芸人時代に使っていた小道具だ。黄緑色の、百均で買った水鉄砲。おしゃれな形ではなく、昔からあるダサくて安い威力のないやつ。


「それ、危ないから人には向けるなよ」


「でも、これはただの水鉄砲なんで……」


「試しに撃ってみるか? 弾が出るかはわからないけど」


 彼ははっきりと、水ではなく“弾”と言った。


「そこの花瓶に向けて撃ってみろ。そうだな、最初の時みたいに適当にじゃなくて、本気でそれが拳銃だと思え」


 室内の隅に、生けられている小さな花瓶。それを狙えと言われた。


「……」


 言われるままに水鉄砲を構え、照準を花瓶に合わせる。

 ぶっちゃけ、なんとも言えない間抜けな姿だ。


 まるでコント。水鉄砲だと思われるおもちゃが、本物の拳銃だったというのはロケットモンスターズのネタの一つである。

 だがここには、つっこんでくれる浩も、一緒にボケてくれる仁もいない。

 なんの因果なんだよと、そう思って引き金を引いた瞬間――


 パン!


 乾いた銃声のような音と共に、水鉄砲からは水が出ることはなく、代わりに花瓶が粉々に砕け散った。破片がカツンカツンと床を転がる音だけが、やけに静かな部屋に響く。


「嘘だろ……」


 驚いたのは、俺だけだった。

 周囲の面々は、誰一人として動じていない。あたかも“当然のことが起きました”とでも言いたげな顔をしていた。


 集中力がきれると、空気に溶ける霧のように水鉄砲が消えていく。


「見ての通り、錫村Bも魔法を使えるようだ。だが、使いこなすには時間がかかるだろう。力は、発現した直後くらいのレベルだと思えばいい」


「けっ、そんなんじゃ使い物になんねぇじゃねーか」


 例の、口の悪い子供――というか、暴言マシンのような少年が毒づいた。確か本間と呼ばれていた子供だ。


「真野さん」


 俺は思い切って質問した。


「ずっと気になっていたんですが。公安って警察ですよね?」


「そうだが」


「なんで、あんな小さい子供がいるんですか?」


 質問を終えた瞬間、火がついたように怒鳴られた。


「ふざけんな! お前こそクソガキだろが!」


「えええっ!?」


 なんで俺が怒られんの?!


「…ああ見えても本間は、お前の先輩だ」


 真野さんが淡々と言い放つ。


「先輩?! あれですか? 芸能界みたいに年齢関係なく先に業界入ったほうが先輩みたいなやつですか?」


「そうじゃない…」


「うるせぇ! てめえは黙ってろ! 使い物にならないクソはとっとと外せって言ってんだ! さっさと首にしろ!」


 俺の質問ひとつで、場の空気がこんなに殺伐とするとは。

 だが次の瞬間、真野さんがそっと耳打ちしてきた。


「あいつは捜査中に、魔法をかけられたんだ。相葉先生でも解除できない魔法でね。見かけは子供、中身は34歳のおっさんなんだよ」


「……なるほど」


 ……いや、全然納得はしてないけど、「なるほど」とだけ言っておいた。これ以上こじらせたくない。


「ですが、困りましたね。一刻も早く魔法を使いこなせるようにしないと、おちおち外を歩くこともできませんね」


 今度はスーツをパツパツに着こなした、ムキムキの男性が口を開いた。

 胸板が厚すぎて、Yシャツのボタンが飛びそうだ。


「え、なんで俺、外歩けないんですか?」


「当然ですよ。君にとってこの世界は、異世界です。勝手もわからないだろうし、いつ暗殺者から命を狙われるとも限らない」


「どうして? 俺、捕まえる方でしょう? なんで警察官が暗殺されるんですか?」


「それは君が、彼らにとって一番厄介な警察官だからです。人気者は辛いですね」


 冗談みたいに言うけど、こっちは洒落にならない。


「ちょ、ちょっと。茶化さないで下さいよ。命を狙われるとか洒落にならないですよ…」


 俺が涙目で抗議すると、真野さんが再び静かに口を開いた。


宇田島(うだじま)君の言うことは脅しじゃないよ。犯罪者達は機会があれば錫村刀矢を殺したいと思っている。特に雑音(ノイズ)の連中は仲間を何人も殺されているから、相当な恨みを持っているだろうね」


「ノイズって、なんですか?…」


「日本で一番危険な暗殺者集団だ」


 ……俺の中の現実感が、またひとつ崩れた。


「とにかく、今は錫村刀矢Bだということが外部に漏れるとまずい。この事実は公安六課および七課以外の人物への口外を一切禁止する」


 その“社外秘”みたいな情報を、自分でぺらぺら喋ってるけど大丈夫かよ、とツッコみたいのを我慢した。

 今は俺、ここで生き延びるのが最優先だ。


「では錫村Bへのフォローに関しては、宇田島君、お願いできるかな?」


「僕ですか?」


 一瞬、宇田島さんがちらっと小野倉の方を見た気がしたが、俺はあえて見なかったことにした。


「君が適任だ。錫村Bはまだこの世界のことを何も知らない。できるだけ懇切丁寧に説明をしてあげてくれ。それと、本間、小野倉は引き続きB81の足取りを追ってくれ。話は以上だ」


 そして、混乱と困惑とちょっとした恐怖に包まれながら、俺の“公安生活”という名の異世界ライフが本格的に幕を開けたのだった。

 ……できれば、朝起きて夢でしたってオチになってほしい。


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