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桜田門ウィッチーズ  作者: しろいぬ
第五章 逆光
39/46

5−5

 警察病院の特別病棟。

 ここに、B11――南川修星が入院している。


 俺は厳重なセキュリティチェックを通過し、三階の特別隔離フロアへと向かった。

 廊下には監視カメラが張り巡らされ、所々に分厚い扉が設置されている。

 まるで病院というより、地下の留置所のようだった。


 ナースステーションで許可証と面会カードを提示すると、無言で警備員が頷いた。


「308号室です」


 番号を確認し、指定された部屋の前に立つ。

 カードキーを差し込むと、電子ロックの重たい音が廊下に響いた。


 中には消毒液の匂いが立ち込めていた。

 鉄格子の嵌められた窓、四隅に設置された監視カメラ。

 その中心に、特製の拘束具でベッドに固定された南川修星がいた。


「……今度は、死神かよ。いくら聞かれても、お前らに話すことなんてねぇぞ」


 うんざりした目で、南川がこちらを見る。


「……捜査に協力してくれ。そうしないとお前も……」


 続きを言いかけて、俺は言葉を飲み込んだ。


「……お前もって、なんだよ?」


 少し間を置いて、俺はようやく口を開く。


「……田仲恵一と、同じ末路を辿ることになる」


 南川の目が、わずかに揺れた。


 真野さんから聞いた、魔法による尋問。

 それは人の心と身体を壊す。

 生きていても、生きているとは言えない――死よりも残酷な終わり方だ。


「……ああ。あいつもここにいるんだっけか。忘れてたわ」


 肩をすくめ、冗談めかして笑う南川。


「死ぬのは、もう覚悟してんだ。俺たちみたいなはみ出し者が、寿命を全うして死ねるわけない」


 どこか他人事のように、吐き出すように呟く。


「野垂れ死ぬか、公安に殺されるかの違いだろ?」


 俺は反射的に首を振った。


「違う。少なくとも、俺の中では違うと思ってる」


「どこが違うんだよ」


「……ごめん。どうしても、上手く言えないんだ」


 しばし、重い沈黙が流れる。


 俺の中の“正しさ”は、いまだ言葉にならず、のたうちまわっていた。


「ふーん……」


 南川は俺を一瞥し、鼻を鳴らす。


「やっぱ、お前変だわ」


「変……?」


「なあ、どうなってんだよ。まさか、二重人格ですとか言わないよな?」


 その目は冗談めいていたが、どこか鋭かった。


 俺の体のことは、こいつには言えない。

 でも、たしかに今の俺は“変”なのかもしれない。


「……ごめん。君には言えない。けど、菜美のことは――残念だった」


 その名前を出した瞬間、南川の表情が変わった。


「残念……?」


 噛みつくような声音だった。


「さんざ、俺達の仲間殺しといて、残念だとか言ってんじゃねーよ」


 言葉に詰まる俺を見て、南川はあきれたように息を吐いた。


「よくわかんねぇけどよ。そんな気持ちで刑事やってんなら、辞めたほうがいいんじゃね?」


 胸に、ぐさりと刺さる。


 その通りだ。

 この世界では、命の重さは現実の重さと結びついている。

「かわいそうだから」で見逃した先に、何人が死ぬかなんて、わかりきってる。


「俺に向いてないことぐらいわかってるよ。けど……」


「だったら、何なんだよ」


 南川が、俺の顔をじっと見た。


「どうしたら、救えるのか。考えてしまうんだ」


 そう言うと、南川は「なんだそれ」と呆れたような声を出す。


「救ってくれるって言うなら、今すぐ俺を殺せよ」


 その声は、まっすぐだった。


「俺さ、もうわかってんだよ」


 南川は、鉄格子の窓を見上げた。


 その瞳には、うっすらと涙が滲んでいた。


「……俺は、あそこから戻れねえ。もう、普通の道なんて歩けねぇんだよ。戻れない場所にいるんだ、俺たちは」


 自嘲気味に笑い、俺に正面から向き直る。


「だったら、悦男のところに、俺を連れてってくれよ。あいつ、一人で泣きながら待ってんだろ」


 角川悦男。

 彼の元相棒。

 錫村Aが撃ち殺し、俺がこの世界にくるきっかけとなった男。


「すげー、バカなやつでさ。もしも俺達が普通の家庭に生まれて、普通の両親に育てられて、普通に学校とか行ってたら、俺達は普通にコンビニのアルバイトとかしてたのかな。とか、いきなり言い出した事があって」


 俺には想像できる。

 南川と悦男が、普通に笑ってコンビニで働いている姿を。


「カッコつけて、ありえねーわ。って返したけど、俺だって、そうだったら良かったなぐらい思うっつーの」


「……俺は、お前を救えるのか?」


「ああ。実はさ、すげー体が痛いんだ。わざとじゃね? ってぐらい。どうせ死ぬなら、楽に逝きてーわ」


 俺は、ゆっくりと手を挙げる。

 そして魔具を起動する。


「《起動》」


 空気が凍ったように、ひんやりと張り詰める。


 銃口が、彼の心臓を捉える。


「……やっぱ、お前、優しすぎるわ」


 ――一発。


 小さな銃声とともに、南川の命は静かに絶たれた。


 苦しまないように。

 ただ、静かに。

 安らかに。


 彼の顔には、どこか救われたような、穏やかな表情が浮かんでいた。


 すぐに病室の扉が開き、数人の警備官が飛び込んでくる。


 俺は抵抗せず、魔具を消して両手を上げる。


 拘束されながらも、俺の視線はベッドの上から離れなかった。


(ようやく……迷いが消えた気がする)


 世界が濁っていても。

 その中で選び取った、自分の“優しさ”が彼を救えたのなら――


 それで、いい。


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