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桜田門ウィッチーズ  作者: しろいぬ
第一章 現実
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1−2

 俺の人生のピークは――たぶん、二十歳のときだった。


 大学のサークルで知り合った仲間たちとお笑いトリオを組んで、初めて挑んだオーディションでコント部門の優勝を勝ち取った。

 夢みたいな話だった。

 名前を呼ばれた瞬間、スポットライトの下で拍手を浴びたあの光景。

 あれは、まさしく“人生の頂点”だった。


 そこからの一年は、まるでジェットコースターみたいだった。

 バラエティ番組、旅番組、ラジオに雑誌――引っ張りだこってやつだ。

 俺たちは確かに「チヤホヤ」されていた。


 けれど、そんな光もすぐに陰る。


 二年目に入る頃には、どこからともなく「飽きた」の声が聞こえ始めた。

 最初のコントの完成度が高すぎたせいか、それ以降のネタは評価されなかった。

 三年目には、仕事は激減し、俺たちは“コント界の一発屋”というありがたくない称号をもらった。


 そして結成三年で、解散。

 笑いながら手を振ったラストステージの裏で、俺は本気で泣いた。


 他の二人はうまくやっている。

 (ひろし)は俳優として連ドラの端役に出るようになり、(じん)は放送作家として引く手あまたらしい。


 それに比べて俺はというと、残ったのは“何もない自分”だった。


 演技も中途半端。アドリブも苦手。ネタを書いたこともない。

 『イケメン担当』なんて言われてたけど、それも芸人界という特殊な土俵での話。

 俳優に転身できるほど顔がいいわけでもなければ、キャラが立ってるわけでもない。

 つまり、俺は凡人だった。


 解散後、細々と事務所には残してもらえたけど、仕事の依頼なんてほとんどない。

 今じゃコンビニでバイトして、その日暮らしの生活をしている。


「実家、帰ろうかな……」


 ぽつりと漏らした声は、部屋の中にむなしく響くだけだった。


 土下座でもすれば、親はきっと許してくれるだろう。

 『芸人なんて無理だ』と、あのとき止めてくれた親の言葉は、今思えば正しかった。


 けど、俺は意固地になってた。

 『まだやれる』なんて根拠のない自信を振りかざして、ズルズルと夢の残骸を引きずっていた。


 田舎では、もう噂になってるかもしれない。

 『錫村さんとこの息子さん、最近テレビで見ないわねぇ』なんて、昼下がりの井戸端で。


 情けないよな。

 何もかもが中途半端で、みっともない俺の人生。

 あのとき浴びた光は、結局俺の実力じゃなかったんだ。


 気分が底まで落ち込んで、帰宅後、冷蔵庫から大事に取っておいた缶ビールを取り出した。

 安い発泡酒じゃなくて、ちょっとだけ高いやつ。

 今日は、少しくらい贅沢したってバチは当たらないだろう。


 ゴロンと布団に転がって、天井に貼られたポスターと目が合った。

 そこには、笑顔の天使――キキ・ランドがいた。


「……キキちゃん」


 ポスターの彼女は、今日も麗しく、微笑んでいる。

 ドジっ子で漢字も苦手。歌も踊りもいまいちだけど、いつだって全力で、明るく前を向いてる。

 俺にとっては、完璧な存在だった。


「ねぇ、キキちゃん……俺、どうしたらいいと思う?」


 誰にも言えない弱音を、俺は天井のアイドルに問いかける。


「東京にいても意味ないよね。ライブにも行けなくなるけど……俺が東京からいなくなったら、寂しい?」


 もちろん返事なんてない。

 でも、返事がなくてよかった。

 黙って、ただ笑ってくれてるのが、今は一番救われる。


 テレビ局ですれ違った時、ちゃんと声をかけておけばよかったな。

 サイン、もらっておけばよかった。

 後悔ばっかりが、あとからあとから押し寄せてくる。


 きっともう、彼女と接点を持つことなんて二度とない。

 それでいい。

 推しってのは、恋じゃなくて信仰だ。

 俺はただ、彼女の存在に救われたかったんだ。


 俺は負け組だ。

 誰かに負けたんじゃない、自分に負けたんだ。


 深くため息をついた、その時だった。

 スマホが震え、着信を告げる画面に一つの名前が浮かぶ。


「有坂さん?」


 有坂史緒里(ありさか しおり)

 元マネージャーで、今は別の部署に異動になった人。

 たまに思い出したように、仕事の連絡をくれる。


 でも、大抵は一瞬映るだけの番組か、セリフのないエキストラ。

 交通費で赤字になりかねない仕事ばかりだ。


「どうせ、1秒も映らないやつだろ……」


 最近はバイト先も人手が足りなくて、シフトを抜けるのも気を遣う。

 かけ直そうか迷っているうちに、俺はそのまま意識を手放した。




 ◆◆◆




「んあー……?」


 スマホの着信音で、けだるく目を覚ます。


 薄手のカーテン越しに差し込む日差しが、部屋の空気をじわりと温めていた。

 寝惚け眼でスマホを手に取り、画面に表示された名前を見て、一瞬で目が冴えた。


 《店長》


「……もしもし?」


 寝起きのせいで、喉の奥がかすれている。


『あ、良かった。錫村くん、出てくれて。……それがね、ちょっと、大変なことになったんだよ』


 店長の声は、明らかにいつもと違っていた。

 焦りと動揺が滲んでいて、こっちの胸までざわつく。


「どうしたんですか?」


『志麻さんがね……今朝、突然亡くなったんだ。交通事故らしいんだけど、詳しいことはまだ……娘さんから連絡があって』


「……志麻さんが?」


 頭の奥がじん、と鈍く痛む。

 まだ現実味が追いつかない。

 あの志麻さんが? あの強烈で、厄介で、誰よりも声が大きかった志麻さんが?


『それでね、急なんだけど、今日シフトに穴が空いちゃってさ。もし今から来れたら、助かるんだけど……』


「……わかりました。準備して、すぐ向かいます」


 通話を終えたあとも、俺はしばらく動けなかった。


 何もかもが、あまりにも突然すぎて。

 ついさっきまで、脳内では「志麻さん、ちょっと苦手かも」なんて愚痴っていた気がする。

 それがもう、この世にいないなんて。


「うざいって思ったことはあったけど……死んでくれなんて、一度も思ったことないよ」


 小声でつぶやく自分の声が、静かな部屋に浮かんで消えていく。


 ――彼女は口うるさかったけど、発注も、清掃も、在庫整理も全部やってくれていた。

 鬼のように怒鳴ってきたけど、俺たちに代わって面倒な作業を黙々と片づけていた。

 指導が厳しかったのも、仕事を回す責任感ゆえだったのかもしれない。


 そう思うと、胸の奥がずきりと痛んだ。


 でも、悲しみに浸っている暇はない。

 とりあえず、今は店長を助けに行かなくちゃ。


 歯を磨いて、顔を洗い、くたびれた白いトレーナーに袖を通す。


 小さなコンビニでも、人手が一人欠けるだけでまわらないことなんてよくある。

 鬼シフトが続く未来も見えるけど、それはそれとして、今この瞬間を動かなきゃ始まらない。


 玄関で靴を履き、ドアノブに手をかける。

 気を引き締めるように深く息を吸って――


 そして、扉を開けた。


 その瞬間だった。


「な、なんだ?」


 目の前が、真っ白になった。


 信じられないほどの光が視界を覆い、肌に刺すような熱が走る。

 まるで、巨大なフラッシュが至近距離で焚かれたような、凄まじい光量。

 テレビ局のスポットライトなんて比じゃない。

 反射的に目を細めても、焼けつくような眩しさが視界に染みる。


 こんな光、普通じゃない。

 普通じゃ――ない。


「ど、どうなって……」


 世界が、白で塗りつぶされていく。

 いつも聞こえていた都会の雑音が――一斉に、消えた。


 無音。


 限りなく、完璧な静寂。


 まるで、音のない宇宙に放り込まれたような錯覚。

 足の裏の感覚が抜け落ち、体がふわりと浮いた――ような気がした。


「まさか……俺、死ぬのか?」


 本当にそう思った。

 でも、恐怖すらぼんやりするほどの、現実感のなさ。


 頭の芯が痺れ、キーーーーンという高音が耳を貫いた。

 体が動かない。手足を動かしたくても、命令が届かない。


 まるで夢の中にいるみたいな感覚だけど、夢にしては空気が重すぎる。

 視界が揺れる。心臓の鼓動だけが、異様に大きく響いていた。


 やがて、眩しさの向こう側に――何かの“影”が浮かび上がった。


 誰かが、こちらを見ているような気がする。


 世界の形が崩れ始め、全てがぐにゃりとねじれた。

 耳の奥で、何かが“ひび割れる”ような音がした。

 それは、自分の世界のガラスが砕けていくような――

 ……あるいは、“誰かの願い”が引き金になったような、そんな音。

ジーンズを履く描写はくどいので抜きました。大丈夫です。履いてます。

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