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桜田門ウィッチーズ  作者: しろいぬ
第二章 新生活開始
11/46

2−3

 六課の会議室には、すでにほとんどのメンバーが集まっていた。


 無機質な長机と椅子が整然と並ぶ中、各自が静かに腰をかけている。

 緊急招集という言葉が頭をよぎるたび、自然と背筋も伸びた。

 空気はどこか重たく、静まり返っていた。


 部屋の中央には、青白い光を放つホログラムモニターが浮かび上がっている。

 その中に表示されているのは、上空から捉えられた校舎の航空写真と、はっきりと浮かぶ「南第三中学校」の文字。


「全員揃ったな」


 扉が静かに閉じられる音とともに、真野さんが前へと歩み出る。

 彼が言葉を発すると同時に、視線が一斉に彼に集まり、室内の空気が一段と張り詰めた。


「先ほど、午前十一時二十七分。大田区南第三中学校にて、魔法による事件があった。被害者は三名。この中学に通う男子生徒で、三人とも現在意識不明の重体だ。通報したのは清掃員。第一発見者は生徒ではない。場所は、現在は使用されていない体育倉庫」


 重く響くその声に、思わず喉が鳴った。

 使われていない倉庫という言葉が、何か陰惨なものを連想させる。


 ホログラムが切り替わる。

 映し出されたのは、台風でも閉じ込めたかのように散乱した室内。


「検視班の初見では、“魔具による直接干渉”の可能性が高い。非物理的、かつ内臓器官の損壊が著しい。通常の凶器では説明がつかない」


 その説明に、場の空気がさらに冷え込む。

 生半可な事件ではない。ましてや子どもが重傷を負わされたとなれば、なおさらだ。


「犯行推定時刻は?」


 山下さんが、淡々と問いかける。その声もまた、静かに重い。


「昨日の十六時から十九時までの間と見られている。現場付近に監視カメラはないが、学校には正門と裏門にカメラが設置されている。映像からは、中学校敷地内に入る不審な人物は確認されていない」


「つまり、関係者か、内部からの発現ということか……」


 呟いたのは宇田島さん。

 その口調は低く、疑念と警戒が混じっていた。

 ピン、と空気が一瞬で張り詰める。


「目撃者は?」

「今のところなし。発見者の情報しかない」


 短い返答が室内を滑る。

 その事実が、捜査の難航を予感させた。


 真野さんが咳払い一つ。

 視線をあらためて全員に向ける。


「山下班長と小野倉は現場に急行し状況確認。宇田島さんと錫村は、学校側から被害者生徒について聞き取りを行ってくれ。生徒は全員帰宅させている。教員と事務員しかいないが、魔具の発現による突発的な暴走であれば、関係者の特定はそれほど難しくないだろう」


 指示が下ると同時に、椅子のきしむ音と返事が重なる。


「了解!」

「了解しました」


 隣の席の宇田島さんに、小声で尋ねる。


「犯人は……三人に恨みを持った人物、という可能性が高いんでしょうか?」

「そう複雑な事案でなければ、そうなる。ただ……魔具が初めて現れたときに感情が暴走して、結果的に他者を傷つけることもある。まだ決めつける段階じゃない」


 宇田島さんの声は淡々としていたが、その裏には幾度も似た光景を見てきた重みがあった。


 そしてその答えは、のちに事実として裏付けられることになる。




 ◆◆◆




 学校側は、最初は生徒の情報を出し渋ったが、魔法が絡んでいると知ると、重い口が急に軽くなる。

 自分たちの立場よりも、魔法使いが恐ろしいのだ。


 宇田島さんが言っていた、「魔法使いは、この世界の恐怖の対象」という言葉が、頭の中で反響した。


 学校の恥が世間に晒されるよりも、一刻も早く“力を持った者”を捕らえてほしいのだろう。


 応接室には校長と生活指導の教諭、それに俺と宇田島さんが揃っていた。

 普段は偉そうな雰囲気を纏っていそうな校長も、今は額の汗をハンカチでせわしなく拭いている。


「校長先生。被害を受けた生徒たちは、学校内ではどんな立場でしたか?」


 宇田島さんが静かに問いかける。


「……その、正直に申し上げますと……彼らは学内でも有名な不良グループでした」


 意外とあっさり答えが返ってきた。

 むしろ、吐き出したがっていたようにも見える。


 恐喝、執拗な嫌がらせ、授業妨害、器物の破損。

 被害者は数十名にのぼるという。


 校長の口から語られる事実に、俺は思わず眉をひそめた。


「その中に、不審な態度を見せていた人物は?」

「まだ詳細な調査をしていないので、私からは何とも。ただ……」

「ただ?」

「最近、特に執拗ないじめを受けていた男子生徒がいました」


 さらりといじめの存在が肯定されたことに、思わず息を飲む。


「その生徒の名前は?」


勝井琉斗(かつい りゅうと)君。彼らと同じクラスの生徒です」

「勝井君は今日は登校していましたか?」

「いえ、朝から欠席だと担任が言っていました」


 宇田島さんは彼の住所と連絡先をメモし、さらに詳しい話を聞くため担任を呼び寄せる。


 ほどなく現れたのは、少し頼りなさそうな中年の男性教員だった。


 勝井琉斗、中学三年生。内気で内向的。

 成績は中の下。二年生の冬に写真部を退部し、以来ずっと不良グループに絡まれていたという。


 だが、具体的に何をされていたのかは、担任も知らないと言った。

 彼が何も訴えなかったからだと、教師は自分を守るように言葉を濁した。


 俺は、何もかも学校の責任だと決めつけるのも違うと思っている。

 だから担任に少しだけ同情した。


「錫村、戻るぞ」


 宇田島さんの声に頷き、再び警視庁へ向かう準備を始める。




 ◆◆◆




 戻る頃には、すでに山下さんと小野倉さんが会議室に戻っていた。

 閉ざされたドアの向こうから漏れる緊張感が、じわじわと胃の奥を冷たくする。


 真野さんが簡潔に状況を確認し、再びブリーフィングが始まった。


「七課の診察結果では、体の外部から内部へ、異常なまでの圧力がかかっている。ただし、三人とも死亡には至っていない。現在も救命治療が続けられている」


 ホログラムが切り替わり、診察台に横たわる少年の体が映し出される。

 赤く浮かぶ痣、腹部に集中する損傷――直視するのもつらい。


「損傷の原因は不明。何かしらの魔具によるものと推定されるが、現時点で特定には至っていない」


 真野さんが続ける。


「……宇田島さんの聞き取りによると、被害者たちは“勝井琉斗”という少年を執拗にいじめていたらしい。

昨夜から家には帰っていない。現時点では、勝井は重要参考人とする。だが犯人と断定する根拠はまだない。魔具の暴走による突発的な事故の可能性も高い」


 その言葉に、少しだけ空気が緩んだ。


 それでも、重苦しさは消えない。


「それでは――」


 真野さんが何かを言いかけたとき、会議室の扉が開く。


「遅れてすまない」


 張り詰めた声が、空気を一変させた。


 藤城課長。

 その存在だけで部屋が凍りつくような人だ。


「大田署から緊急連絡が入った。大田区梅の花公園で、魔法を制御できずにいる少年が目撃されたとのことだ」


 全員が息を呑む。


「詳しい状況は移動中に伝える。六課、総員出動だ」


 次の瞬間、椅子が一斉に引かれ、足音が交錯する。


 緊急出動――その言葉に胸の奥がひどく冷たくなる。


 どこかで、震えている少年を思った。


 冗談みたいな現実に、もう笑えなかった。

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