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『STELLA~還る星~』  作者: 千乃うさぎ
1.Milano
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1.Milano

人生には自分ではどうすることもできないことが降りかかる。誰かに言われなくてもこんなことしてちゃいけないことよく分かってる。でも出来ない時ってあるよね。結婚を機に彼の勤務地についていく為、仕事を辞める決意をし最後の出勤を終えた。これから幸せが待っていると思ったら、どん底の現実に直面した彩菜。本当はこんなはずじゃない。こんなことしている場合じゃないし、こんなことしてちゃいけない。どうにもこうにも現実に向き合い切れない彼女が逃げた先はイタリア。偶然の優しい出逢い・不思議な縁によって癒され、新たな一歩を踏み出す物語。

 1.Milano


「オジョウサン、オコマリデスカ?」

 どこからともなく飛び込んできた声が、私の耳の中を心地よく通り過ぎた。

 オジョウサン?日本語⁈あっ、そっか。シニョリーナって日本語に訳すと「お嬢さん」ってことだ。私は振り返りまわりを見渡した。もしかして「お嬢さん」って私のこと?

「あの、大丈夫ですか?もしかして、日本人じゃなかったのかな」

「え、わたしのこと?」

「はい」

「そっかぁ、わたしね。大丈夫。全然、大丈夫。トゥット・ベーネ」

 ふんわりそよ風に運ばれ、やわらかな教会の鐘の音が遠くから近くから音が重なり美しい音色を奏で始めた。

「何でもなかったんですね。それなら良かった。すみません」

「いや、ありがとう。お嬢さんだなんて嬉しいよ」

「すいません。僕の日本語、変でしたか」

「間違ってはないと思うけど」

「やっぱり変でしたよね」

「お嬢さんって言葉、久しぶりに聞いたかも」

「僕も久しぶりに日本語使ったからかな」

「そう」

「はい。じゃあ、また」


 私に声を掛けてくれた背の高い飄々とした若者は、照れ臭そうにしながら足早に去っていった。イタリアに来て一か月が過ぎてしまったからか日本語が懐かしく聞こえた。自分が今、この場所に居ること自体が不思議だったし、なんとなくもぬけの殻になっていたことに気づいていたから、彼の目に私が困っているように映ったのも分からなくもない。私はパオロと夕飯に行くため、待ち合わせのバールへ行く途中だった。遠い場所でも初めての場所でもない。困っていることなど何もない筈なのに、本当はとっても困っているのだと気づかされた。上手く表現できないけれど、心は空っぽなのに錆びた鉛のよう。恰幅のいいパオロは朗らかで紳士的だ。リストランテはいつも予約が入れてあった。洋服やアクセサリーもプレゼントしてくれる。パオロは私の上司、ボスだった。そう過去形。だからといってこれ以上甘えちゃいけない、頼っちゃいけない、そう感じているのに、ズルズルズルズルと惰性に流され月日だけが過ぎていく。あの日、パオロが空港で私を見つけた時から。


 ***


「彩菜、なぜここにいる?」

 成田空港の第一ターミナル。搭乗手続きを済ませ、出発ゲートのベンチの端っこに一人ポツンと座り、遠い異国の地へ飛び立っていく飛行機をボーっと目で追いかけていると、自分の名を呼ぶ声がした。顔を上げてみたらパオロだった。

「彩菜。何してますか?ひとりですか?」

 その顔を見た途端、スウッと一筋の涙が頬を伝った。

「どうしました?彩菜もこの便に乗りますか?彩菜、ちょっとチケット貸してください」

 私は一言も声が出せず、言われたままバッグからチケットを取り出しパオロへ渡した。いつものサイトでよく利用していた便のチケットを何も考えず機械的に購入してしまったのだ。とにかく離れたかった。とにかく遠くへ逃げたかった。

「彩菜いいですか?ちょっとここで待っていてください。すぐ戻りますから」

 戻ってきたパオロから渡されたチケットは、エコノミーからビジネスへ変更されていた。

「大切な彩菜を見過ごせません」

「パオロ」

 やっとの思いで、ボスの名を呼んだ。

「ここで泣いてはダメです。飛行機に乗りましょう。大丈夫です。私が傍にいます」

 座っている私の腕を取り、立ち上がらせた。

「アンディアーモ。アンディアーモ」

 きっと何も話さなくても察しはつくだろう。一昨日は私の送別会で、皆からお祝いの言葉を沢山もらったばかり。東京からミラノまでの約十三時間のフライトはアップグレードされパオロの隣席に座った。

「彩菜、大丈夫ですか?仕事のパートナーである君が、他の男に取られてしまって、泣きたいのは僕の方だったのになぜこんなことになる。君が素晴らしい女性だってこと僕はちゃんと知ってます」

 飛行機が離陸しシートベルトの点滅ランプが消えた頃、なんとなく言葉が出た。

「ねぇ、パオロ、あなたはどうして結婚したの?」

「パッシオーネかな。二十年以上も前のこと」

「愛は永遠じゃないの?」

「彩菜は難しい質問をするね。僕が思うに色んな愛がある。永遠に続く普遍的なもの、続かないもの…僕らの結婚は上手くいかなかった。人はずっと同じじゃない。変化する生き物だからね」

「わたし、変われるかな」

「変わる?どうして変わる?変わらなきゃいけないなら、彩菜はもっと美しくなる」

「グラッチェ」

「間違いを言ってない。君はベッラだ」

「ありがとう、嘘でも嬉しい」

「彩菜、嘘だと思っても、そう信じてください。心配しないで」

「ありがとう」

「彩菜、まずは少し休むといい、おやすみ」

 パオロが頼んでくれた蜂蜜入りのカモミールティーに口をつけると、優しい香りと甘さが私の中にフワッと広がり緊張がほぐれていく。食事時の赤ワインも深い眠りへと誘う。パオロの手が私の手を包む。セクハラなんかじゃない。その手を握り返すとホッとした。この大きな手のおかげで安心して眠りにつけ、ずっと張りつめていた何かがプツンと切れた音がした。


現実は現実でしかない。何も変わりようのない事実として受け止めるしかないのは、分かっていたつもりなのにどうしてだろう。青天の霹靂というはこういうことを指すのだろうか。私は本当だったら、今、人生で一番の幸せを感じているはずだった。結婚式の日取りも招待客もウエディングドレスも何もかもすべて、これから先、未来永劫の幸せさえも疑う余地などなかった。なぜこんなことが私に起こったのだろう。幸せの絶頂とは真逆の現実が私を平手打ちした。孝とは出逢って十年。たまに喧嘩しても仲直りできていたし、浮気なんて考えたことすら無かった。未来の夫となる彼を信じていた。孝を愛していたから結婚を決め仕事をきっぱり辞めた。それなのに…。


 出勤最後の日、仕事だけじゃなく式の準備で疲れが溜まっていたらしく自分の送別会なのに酔いが回ってしまい、早めに一人暮らしのアパートへ帰らせてもらった。たくさんの荷物を抱え疲れ切った腕をのばしドアを開けるとあり得ない光景が私の目に飛び込んできた。アルコールのせいで幻覚を見ているのかふらっとした。誰もいる筈ない1DKの部屋に孝と私の妹優菜がいて二人抱き合っていた。一気に酔いが冷め吐き気がした。キーンと空気が張りつめる。真っ暗闇が奈落の底へ突き落とす。言葉を失った。どれだけ罵ったところで現実は何も変わらない。せめて他の場所にしてくれたら。そんな話じゃない。彼に部屋の合鍵を渡していたし、優菜は近くの実家で両親と暮らしていた。二人ともここにはよく来ていた。何も気づかなかった私が間抜けだったのだろうか。


ただ、ただその場から逃げることしか出来なかった。結婚を決め、ようやく仕事を手放した日に受け取るには残酷すぎる。あり得ない、思いもよらぬ現実に直面し、とにかく逃げる以外の方法が分からなかった。もうすぐ挙式を控えていながら、現実を完全無視し拒絶した。受け止めるより前に思考停止になった。玄関の端にある傷だらけのスーツケースが目に入り、取り敢えずのものを手当たり次第に詰め込む。何を入れたらいいのか、何を入れているのかさえ分からない。ここから急いで離れなきゃ。私の名前を何度も呼ぶ声が耳に入ってくるが彼の顔を見れない。孝のすがる手を避け、優菜のお姉ちゃん、お姉ちゃんと懇願し謝る泣き声、彼らの気配、存在もすべて何もかも受け取り拒否し続け、ぐちゃぐちゃに詰め込んだスーツケースを抱え、アパートを飛び出した。孝が追いかけて来る。何度も謝り話を聞いてくれと私の手を取ろうとするのを力いっぱい振り払う。急いでタクシーを捕まえ乗り込んだ。私のハートは鋭利なナイフでズタズタに切り裂かれ、鮮明な血がドクンドクンと溢れ止まらない。その鮮明な血はドクドクドクドク流れていき、止血したいのにその術が見つからない。呼吸が苦しい。頭はガンガンする。裏切られたとか簡単に片づけられるような感情じゃない。それでも私は孝が好きだ、愛している。結婚したい気持ちだってある。簡単に白黒つけるなんてできない。だからといって、今の私には彼らと向き合う余裕なんてひとかけらも残ってない。どんなことを聞かされたとしても、新たなショックが広がる以外考えられない。謝罪がほしいわけでも、同情がほしいわけでもない。何もいらない。もう分からない。私がもし少しでも耳を傾けたならこの事実が無かったことになるのだろうか。私に出来ることは現実逃避。その一択しか思い浮かばなかった。


 理学部の孝とは同じ大学のサークルで出逢い付き合いが始まった。彼は合コンよりも研究室で白衣を着ている方が落ち着くと言ってサークル活動に積極的ではなかった。口数も多い方ではなく穏やかで几帳面なところに居心地の良さを感じていた。私たちはタメで恋人であり、お互いの一番の理解者だと思っていた。外国語学部の私は大学卒業と同時に社会人となり、孝は研究をもっと続けたいと大学院に進んだ。それでも二人の関係は変わらなかった。私たち二十代最後のクリスマス、博士課程を修了した孝からのプロポーズを少し待ってもらった。それがいけなかったのだろうか。もちろん孝と結婚するつもり。結婚するなら孝しかいないと思っていた。だけど、当時の私は仕事を続けながら、結婚し家事や子供のことを考える余裕は皆無だった。新しい仕事がどうにか軌道に乗り始め、両立よりも自由に好きなだけキャリアに没頭したい気持ちが強く、結婚を後回しにしてしまった。


それから数年、今ようやく仕事にケリをつけた。未練がないとは言い難いが大好きだった仕事、パオロが経営するイタリア老舗文房具店のアジア展開の新規プロジェクトにひと段落がついた。新年度から孝の研究拠点が金沢の大学に移転することを機に退職することにした。待たせていた負い目と遠距離だと孝を失ってしまうかもしれない恐れもあったのかもしれない。仕事を辞めるなんて勿体ないと、大学時代の友人等は口をそろえて言うけれど、今度は孝と一緒に新しい土地で心機一転するつもりだった。先に籍だけでも入れていたなら、こんなことになっていなかったのだろうか。私たちの信頼関係は築けていなかったのだろうか。これからもずっと孝と一緒に過ごしていけると一ミクロンも疑ってなかったからこそ、きっぱり仕事を辞めこの日を迎えた。愛し合っていると信じていたのは私の奢りだったのだろうか。カタチ無いモノをどうやって。


 飛行機がマルペンサ空港へ到着すると、パオロの仕事の都合でミラノに数日滞在することになった。その夜、ミラノのドゥオモ近くのホテルで同じ部屋に泊まりパオロに抱かれていた。倫理的によくないことは承知の上だ。なのにパオロに抱きしめられたら、抵抗するどころか流されてしまった。独りぼっちになりたくなかった。孝と言葉を交わす前に裏切ってしまう自己嫌悪を感じながらも、ただ誘惑に飲み込まれる。罪悪感すら湧かなかった。仕返しをしたい気持ちとも違う。そんなことしても何にもならないことぐらい私だって分かる。もしかしたらずっと前からパオロに抱かれたかったのかもしれない。今までの私からは想像つかないそんな錯覚にすら陥る。一緒に働いていた頃みたいに自分を飾らずとも受け止めてくれる大きな器にすっぽりと包み込まれていた。落ち込んでいる私を壊れ物の繊細なガラス細工を扱う細やかな丁寧さで愛撫する。何もかもすべて手馴れている余裕を見せながらも、私の耳元に近づき小声で囁いた。

「彩菜、本当にいい?」

「シィ」

 とパオロに微笑み返す。

「やっぱり君は本当にきれいだ」

 両頬を掌で軽く触れ、私の瞳を覗き込んでくる。

「まるで小さな女の子だ」

「私は十分に大人よ」

「年齢の話じゃない」

「じゃあ、何?」

「ピュアだ」

 そう言って、私の唇を甘く塞いだと思ったら、彼の髭が素肌にチクっと痛む。本当にいいのかな。今更ながら、イタリアに来てしまったことにも後悔し始める。背が高く肩幅も広い、がっちりとした大きな身体。お腹も年相応に膨らみがある。どこから見ても中年イタリア男のパオロに妙な安心感を覚える。善悪の話じゃない。私は今、パオロの腕の中でこのまま抱かれていたいのだと言い聞かせる。深く守られゆっくりと心地よく時間をかけて愛撫される。私からも愛撫を返す。今ここがどこで、夢か現か幻かもぼやけていく。


パオロがこんな時は極上のワインで癒されようと夕食時にバローロを開けてくれた。初めて口にするワインの王様の美しい色合いと美味しさにうっとりしてしまい、ついつい飲み過ぎてしまった。フライト疲れも相まって、グルグルグルグル頭だけでなく身体中に酔いが回っている。唐突に頬に涙が伝わってきたのに気づく。指で拭っても、拭っても、止まる気配を見せてくれない。まるで黒い森の誰も知らない湧き水。無色透明に輝く涙の雫。こんな自分は初めてだ。

「ダイジョウブ?」

 パオロはイタリア語なまりの日本語で言うと、止まりそうにない涙をそっと指で拭った。私は彼にしがみつき、こんな悲痛は初めてだってくらい、まるで赤ん坊のように泣きじゃくった。すごく苦しい。とても辛かった。崩れかけたブリリアントグリーンの深海より深く傷ついたのは紛れもない事実のようだ。毛むくじゃらの胸板と筋肉質の腕にすっぽりうずくまったまま、パオロは何も言わずにただそっと抱きしめてくれていた。しばらくすると、ようやく落ち着きを取り戻し、彼の長い指は私の頬を包み込み、淡いブラウンの瞳で私の顔を覗き込み、上唇を重ねた。その指先は頬から首筋をたどり、下へ伸び胸の膨らみを確かめはじめた。もう片方の手も追いかけるように動いていく。腰の下にある膨らみへ滑らかな指の感覚にビリリときた。次は湿り気を含んだやわらかいものが肌を滑らせる。五感が麻痺していく。何も考えられなくなってくると、パオロはもう一度囁く。


「彩菜、ダイジョウブ?」

 

イタリア伊達男はもっと気軽にアバンチュールを楽しむ生き物だと勝手に思い込んでいた。パオロが私の中に入ってきた。彼にしっかり抱きつくと、太い二の腕にも力が込められた。熱を帯びた身体が溶け合い、交じり合っていく。お互いの呼吸までもがぴったりと一つに重なる。このまま死んでしまいたいと自暴自棄な気持ちがこみ上げてきた瞬間、私たちのエネルギーが最高潮に達した。


程よい疲れと快楽にまみれ、いつまでもベッドの中でへたっている私をパオロがヒョイと軽々しくお姫様抱っこをして、シャワールームへ運ぶ。ガラス扉のすぐ横に掛かっている大きな姿見の前で私を下ろすと、くるまれていた薄地ブラケットも一緒にスルッと床へ落ちた。何も纏ってない真っ白な肉体が痛々しいほどあからさまに映し出されていた。慌てて手を伸ばしブラケットを取ろうとすると、すかさず私の腕をパオロが遮った。

「君はそのままで美しい」

「お願いやめて、恥ずかしい」

 もう一度、無造作に床上に乱れたままのブラケットに手を伸ばそうとしたが、私の両肩をしっかり抱き、鏡の真正面へとまっすぐ私の身体の向きを抑えた。

「グアルダ!(見て)」

「いや」

「グアルダ ベーネ!(もっとよく見て)」

 パオロの語調が強くなり、悲嘆に暮れた怒りを切実に向けてくる。

「彩菜、どうかお願いだ。このことは忘れないで欲しい。君の外の世界で何が起きようとも、君の価値は何ひとつ変わったりしないんだよ」

 細長い鏡に露わに映し出された、化粧が剥がれくたびれた私は、顔が酷くむくみ、瞼は赤く腫れ、挙式のために伸ばしていた長髪はボサボサだった。膨らみを帯びた乳房もダウンライトで細部まで照らされた陰毛や少しへこんだ臍までも、今の私をこれでもかと見せつける。目を背け気づかぬふりした醜い部分までまざまざと正確に。誤魔化す術はない。それなのに、姿見に映る私の顔も身体も、私が知っている私とはまるで違う別人のように見えた。


「彩菜、人生に受け入れがたいことが起きたとしても、君の価値は何も変わらない。君の経験が一つ増え、君の人生が豊潤になる。お願いだから、自分を責めないでくれ。君が駄目な人間だから起きたんじゃない。君がそういう捉え方をしただけの話だ。君の外側で起こることは誰にもコントロールできやしない。彩菜、悲しいのはよく分かるよ。だけど、そこまで深く傷付く必要なんてどこにも無いんだよ。外の世界で起きたことに一喜一憂するなんて時間の無駄でしかないんだよ、彩菜。彩菜は何があっても彩菜だ。君の価値は、その出来事が起きる前後で変化したりしない。すべての出来事は自分がどう意味付けするかで変わるんだよ、分かるかい、彩菜。彩菜自身が自分の価値を決めたらいい。誰に何と言われようとね」


 パオロが放った言霊が私の心の中を勢いよくストーンと巡っていく。汚らわしい肉体の末端細胞の隅々にまで染み込んでき、パララパララと何かが弾けていく。何が弾け、何に変化するのだろう。曇りない鏡の中、みすぼらしい物体をぼんやり見返すと自分の輪郭がぼやけていく。私の価値?いったい私は誰?これはどこかの宗教か何かの教えだろうか。イタリア人の褒め上手の域からはかなり逸脱しているように感じた。どういうこと?私はこんなにも悲嘆にくれてるのに。私の胸はこんなに衰弱しきっているのに。どうして何も変わらない?私はすべてを失いこんな所まで来ちゃったのに。何も変わってないはずない。何もない私に価値なんかあるわけない。


「彩菜、ソリーディ(笑って)」

 さっきまでの狂気に満ちたパオロはもういなかった。ぎこちなく口角を上げてみると、頬がヒリヒリと肌が突っ張る。パオロがおでこに軽くキスをした。私の右手に手を絡め、ガラス張りのシャワールームのドアをピタリと閉めた。私の冷えきった身体に熱いシャワーを浴びせると、大きな手の平でボディソープをモコモコ泡立てる。悪戯気に手を伸ばし身体を洗ってくれるのかと思ったら、そのまま無防備な私をきつく抱きしめた。頭上からはシャワーが勢いよく流れていた。


読んでくださり、ありがとうございました。わたしが好きな国、イタリアを舞台に選んだ。わたしが生きていてもいいと気づけた街だったから。人生には自分ではどうにもならないことが、否応なく訪れる。そんな時、あまりその出来事にネガティブな意味をつけても、辛くなるのは誰でもない自分だ。いいことも悪いこともすべての出来事の意味づけは自分で決めている。そんな事に気づけたら、少しだけ生きていくのが楽になるんじゃないかな、と思った。「大丈夫、すべてはうまくいっている!」全くそう思えない日でもそう思って生きてける強さを持てたらと思って描いた作品。

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