4,ホプ
何から始めるか、悩みに悩んだ結果。
私は自分の好きなことから始めてみようという結論に至りました。
叡知の本を持ちながら、この単純な結論に行き着いた理由。それは、
何をするにもお金がない。
この一点に尽きました。私の今生の家は、伯爵家。裕福といえるでしょう。
しかし、私個人の財産といえるものはなにもありません。悲しきかな、何をするにも先立つものが必要であることは、どこの世でも変わることはないのです…。
そしてもう一つ、理由を挙げるのならば。
叡知の本を見て、なるほどこれは良いなと思うもの。そういったものを入手するには、必ずと言って良いほど魔物の存在が絡んできたのです。
魔物は賢く、言葉を話すものもいて、狂暴であることがほとんどのように、本には書かれていました。
事実見たことがないために、その未知なる魔物たちが、どのような存在なのか、深くは知り得ませんでしたが、今すぐにどうにかできることではないというのは確かなようでした。
叡知の本を片手に、私は厨房へとお邪魔しました。
私の趣味、あるいは興味のあったもの。そう言われると、まず思い出すのは料理であったからです。
この世界はおそらく、西洋の食事に近い、と思われます。
日本で定番の、醤油や味噌といったものでの味付けは、ここでは口にした記憶はありません。
まだ存在しないのであれば、いつかは是非、日本の食事を再現したいな、と考えながら、今は存在するものでなにか出来ないかと、厨房へと入ります。
「おや、お嬢様。いかがなさいました?なにかお菓子をご所望ですか?」
そう、声をかけてくださったのは料理長。いつも美味しい食事を作ってくださいます。料理長の作るシチューや、野菜のスープが、私は特に好きです。
「お邪魔してごめんなさい。ちょっと食材を見せて貰いたくて」
「食材?」
料理長は不思議そうな顔をしつつも、食材を保管しているところへ案内してくださいました。
「こちらが、野菜や果物の保管室になります。なにかご入り用だったんですか?」
「えぇ、実は…」
働いている使用人に、時間をとらせるのは申し訳なかったのですが、私は叡知の本を手に(料理長には書き留めているのだと言って)料理長に見たことがない食材の名前を聞いていきました。
「お嬢様はお勉強熱心なんですねぇ」
料理長は、微笑ましそうに見守りながら、丁寧に私の質問に答えてくれます。
すると。
「これはなんですか?」
白い、果実のようなそれ。甘い香りがほのかにしました。
「あぁ、それはホプですね。この辺りではまだ時期ではないので、遠くから取り寄せたんですよ。奥さまがお好きなんです」
ホプ…。調べれば、それは元世界での林檎ということがわかります。林檎…林檎といえば。
「料理長、お願いがあるの」
にっこり笑って、私は料理長に、あるお菓子をお願いすることにしました。