3,新しい世界
叡智の本はどこにあるのか。
私はあの本を、ここに来る以前、女神様のもとで見たきり確認した覚えがございません。
蔦の模様が綺麗な、重厚な装丁の本だったと記憶しています。
「困ったわ…」
頂いた物を失くすのは、罪悪感に苛まれるものです。
何より、これから女神様のお願いを叶える為に、叡智の本は必須と言えるでしょう。
部屋のお掃除は、メイドたちがやってくださっています。私は、部屋にいたエマに聞いてみることにしました。
「エマ、蔦の模様のある本を、どこかで見かけてはいないかしら」
「本ですか?そうですねぇ」
エマはお茶を淹れる手を止めて、考えるように頬に手を当てました。
「あぁ!そういえばあそこに…」
そう言って、エマは部屋の備え付けてある本棚を振り返りました。
「いつも隅に置いてある、あの本ですよね?」
なんですって。驚いて、私も本棚を振り返ります。そこには、あたかもずっと昔からあったかのように…いえ、ずっとあったのでしょう。私が記憶を思い出さなかったから、気が付かずにいただけで。
「あら…こんなところにあったのね」
私は椅子を降り、本棚へ向かいました。本を手に取って、そっと撫でます。
「これから、どうぞよろしくね」
そう小さく呟いて、無口な相棒との再会に、そっと笑みを浮かべるのでした。
さて、本も見つかったことです。何からはじめていくのか、考えていかねばなりません。
そもそも、この世界の状況について、私はあまりに無知でありました。
「お勉強からはじめなくてはいけませんね」
ルイーゼは本が好きだったようで、部屋の本棚にはたくさんの絵本や童話の類が置かれていました。
10歳まで、「私」としての記憶がなかったとはいえ、ルイーゼも私。元々読書が趣味だったことが関係しているのかもしれません。
後から聞いた話によると、この世界の識字率はそう高くないようで、ルイーゼが文字の読み書きができたのは、幸運でございました。
家にある書斎を含め、ルイーゼが調べられる範囲の書物は片っ端から調べ上げて、三ヶ月も経った頃。
わかったことは、この世界がとても不可思議で神秘的な、魔法や、魔物といったものが存在する世界だということです。
そして、魔法の発展が進む一方で、私の元いた世界で一般的だった科学技術というものは、随分と遅れている、あるいは必要とされていない様子であること。
叡智の本で見比べると、どうやら向こうの化学製品なるものは、こちらでは魔物や魔植物といわれるものから取れるものに該当するものが多いこと。
色々のことが、手探りになってしまうのは、覚悟しておりましたが…。
そもそも化学製品とは、詳しくありませんが、化粧品など、もう出来上がった何かを指すはずで、それが魔物の?植物とはいえ直接採取できるとは、なんとも不思議なものです…。いえ、深くは考えない事にいたしましょう…。
はぁ、と、ため息をひとつ。
まだまだ、考えるべきことも、覚えるべきことも、たくさんありそうです。




