1,女神様の願い
享年96歳。大往生。
そう言われるだけの、穏やかで満ち足りた最期だった。
優しい両親の元に生まれ、不自由なく暮らし、年相応の悩みや苦しみはあっても、支えてくれるたくさんの人がいた。
本当に、恵まれた人生だったと思う。
だから、もうこの人生は終わってしまうけれど。
もしも生まれ変わったなら、もっとたくさん、ここで貰った幸せの分だけ。
誰かの役に立てたらいいと、そんな事を、思ったのだ。
1、女神様の願い
それは10歳の誕生日。教会では、その月10歳になるたくさんの貴族の子供たちで溢れていた。
みな、一様に白い衣を纏って、青や黄色、赤、ピンクなど、様々な花で衣や髪を飾っている。
「さあ、順番に前に出なさい」
少し恰幅の良い、優しそうな司祭様に促され、子供達は5、6人ずつ、列になって神像の前に立たされていく。
これは、10歳まで元気に成長した事を神様に感謝し、今後もお守りいただくための礼拝の儀だ。
子供達が並んだ事を確認し、司祭様は朗々と、祈りの言葉を紡ぎ出す。
『この世界を守る六柱の神々よ…』
司祭様の言葉をなぞるように、続けて子供達が祈る。
柔らかい日差しが教会のステンドグラスを抜け、キラキラと輝きながら落ちてくる。
厳かでありながら、温かい気持ちになる光景だった。
すると。
祈りを捧げる私の中に、静かな声が降りてくる。祈りの言葉を紡ぎながら、私はふわふわと、夢を見ているような心地で、その声を聞いた。
『…約束の時、ここに……どうか…って……お願……』
断片的な、声。祈りの言葉が終わる。その時。
「…!」
ぱちん、とシャボン玉が割れるような微かな感覚の後。私は、自身が外の世界、つまりは異世界から来たのだという事を、思い出したのである。
私の名前はルイーゼ。ルイーゼ・カルブンクルス。カルブンクルス伯爵家の三女として生を受けました。
おかしな話と思うかもしれませんが、私には、前世の記憶がございます。
記憶を思い出したのはつい先日。10歳の誕生日で、ちょうど礼拝の儀があった日です。
元より、表情にたくさんの事が出る性分でなかった事が幸いしまして、本当に驚いていたのですけれど、誰にも気付かれることはございませんでした。
そうして、前世の記憶と共に、もっと大切なことも思い出しました。
それは、この世界の六柱の神々のうちのお一人、知恵と豊穣を司る女神リーベ様との、約束です。
女神様は仰いました。
曰く、世界は今、混沌とした苦難の時を迎えている。
多くの民が貧困や病によって苦しみ、嘆いている。
自分は豊穣の女神であるからして、この叡智で持って民に救いの手を差し伸べなければならない、と。
しかし、神が直接下界に降り、民を救うことは叶わない。
そこで、自分の代わりとなって世界を導いてくれる、『御使い』として、私を呼び寄せたのだ、と。
なぜ、私だったのでしょう…?首を傾げるばかりではありますが、女神様は、理由としてこう仰いました。
「私が気に入ったからよ」
と。
納得のいかないような、不思議な顔をする私を、柔らかなお声で笑いながら。
「異世界の知恵は、この世界に新たな思考を産み、発展を促す。」
だから、私に力を貸してくれませんか。
優しい、声でございました。
私にできるのかは、わかりませんでしたが、この優しい女神様が、誰かの幸福を願うなら。
それは、奇しくも私が最期の時に願った想いと、同じであるかのような気がして。
「私で、お役に立てるのなら」
こうして、私は約束をしたのです。この生涯をかけて叶える、大切な約束を。