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愛しくてたまりません。



 ぱちっと目を覚ませば、もう既に太陽は高く登っているし、同じベッドで寝たはずの旦那様はいない。あまりにもぐっすり眠っていたらしい。


 誰の気配もなくて、悩む。普通であれば侍女やメイドなどが居て身の回りのことをやってくれると思うんだけど……文化すら違う可能性もある。


 冷えた水が入った桶は用意されてるし、花が浮かんでるのは歓迎の意なのだろうか。キンキンに冷えていて、手が赤くなってしまったけど、目は覚めた。

 

 タオルは見当たらなかったので、とりあえず持ってきたハンカチで拭う。扉が開く音がして顔を向ければ、美しい顔のメイドさん、たぶん。慌てて私から目を背けて、パタパタと入ってきた扉から出ていく。


 何かまずいことでもしたかな。


 着替えを探せば、持参した私のボロドレスの代わりに、キレイなマーメイドワンピースが掛かってる。着ろということだろうか。それにしては、私の体格に合ってなさそうな感じがする。


 私が着れば裾は床に届いてしまうだろうし……


 とりあえず着てみてやっぱり、裾が床に届くことを確認。リボンを腰に巻き付けて、きゅっと結んでみる。形は少し崩れたが、許容範囲だろう。少なくとも引きずりはしなさそう。


 さて、これからどうするか……だけど。旦那様が帰るのを待つか。使用人の方々に聞いてご飯を食べるか。


 考えているうちにお腹がぐぅううと鳴って、ご飯を食べることを勧める。そういえば、昨日旦那様にキッチンの場所とかは案内してもらったんだよな。


 部屋から出れば、掃除をしている最中だったメイド達と目が合う。


「おはようございます」

「あ、おはようございます……」


 ぺこっとお辞儀をして仕事に戻る。えーっとこれは、どうしたらいいんだ。私の存在はそもそも認知されてるんだろうか?


 それにしても、みんながみんな、顔がいいな! やっぱり、種族的なものなんだろうか。


 昨日紹介してもらった道をうろ覚えで歩きながら、すれ違う使用人たちとあいさつを交わす。みんな、冷ややかな視線でこちらを一瞥したかと思えば、すぐに仕事に戻る。


 うん、歓迎されてないことだけはわかった。


 キッチンに辿り着けば、筋肉隆々のシェフと出会った。シェフは他の使用人と、雰囲気がちょっと違うな。


「あ、奥様! ごはんですか? 今ご用意いたしますね! どれくらい食べられますか?」

「おはようございます。どれくらい……パンとスープだけいただこうかしら」


 お腹は空いているけど、食べすぎても胃が驚く気もするし。キッチンの中のテーブルをささっとキレイにしたかと思えば、イスを持ってきて前に置いてくれる。


「ん?」

「あ、えっと奥様はご存知ないかもしれませんが……この屋敷の方々はこういう食事ではないので……そのぉ、ダイニングのような場所がなくてですね」


 言いづらそうに澱みながら口にする。それでも、人間用の食べ物が棚にたくさん並べられてるのは愛人用なのだろうか。


「なので、私たちが食べてる場所で申し訳ないんですが」


 ()()()()()()()()()()……?


「ごはん、食べるんですか……?」

「えぇ、人間なので」

「人間、なので、人間なの!?」

「え、はい、人間です」


 だから、私に対して一歩引いた感じもなければ、ちょっと違う雰囲気を纏ってるのか。納得。つまり、ここには、人間の使用人もいるってことね。


「構わないので、用意していただける?」

「もちろんです、どうぞ! 今朝焼きたてなのでフカフカですよ」


 トングで目の前の皿に置かれたのは、ふかふかのロールパン二つ。その横にはフルーツがこれでもかと盛り合わせられて、塩味のスープも出てくる。今までの食事より豪勢で、またお腹が鳴った。


「あなたたちはもう食べたの?」

「これからですが」

「一緒に食べましょう! 人と食べるの久しぶりなの」

「……へい」


 一瞬考え込んだのは、貴族の使用人としての立場だろうか。まぁでも、旦那様の食べ物はそもそも違うんだから、この場を見たところで人間はそんなもんかと思うだろう。


 パンを一口頬張れば、ふわふわの生地が口の中でとろける。あたたかい食事はやっぱり、おいしい。


「旦那様たちの食事方法見たことある?」

「食事方法ですか……?」


 ずっと気になっていたことを口にしながら、気にしてないふりを装う。旦那様はどんなにお願いしても食べてくれなかったし、答えてくれなかった。


「知らない?」

「いやーあのーそれは……」


 答えづらそうなシェフを見る限り、箝口令でも敷かれているのだろうか。フルーツを口に運んだところで、キッチンの扉がバタンと音を立てて開いた。


「シャンデリー!」

「あら、旦那様。おはようございます」

「何も言わずに部屋を出るな!」

「あら、だって、ルールも、そういう礼儀も私知らないんですもの」


 飄々と答えれば、シュンとする。かーわーいーいー!


「ベルを鳴らせば、侍女が来る。着替えも自分でしたのか? それにその服は……」

「私の服ではなかったんですか?」

「いや、シャンデリーのサイズに合わせて発注したはずなんだが……ずいぶん大きく見える。人間はブカブカのを着るのか?」

「着ませんね」


 すかさず突っ込んだのはシェフだった。想像してるよりも、フランクな関係なのかもしれない。普通だったらこんな口調で答えたら不敬罪よ。


「すまない……」


 慌ただしく入ってきたかと思えば、旦那様は慌ただしく出ていく。何を言いにきたのか、すっかり忘れてしまったらしい。最後に一口を食べ切れば、思い出した旦那様がまた戻ってきた。


 ドジ可愛い!


「どうしたんですか?」

「あ、いやその」

「何かあったんですか?」

「新婚だから、その仕事はしばらく休みにされて……な」

「もしかして、デートのお誘いですか!」


 行間を読むのは得意だ。観察を繰り返してるうちに、いつのまにか私に身についた能力。旦那様の側にいれば、愛の食べ方も見られるかもしれないし。ラッキー!


「そうなんだが……」

「歯切れが悪いですね?」

「その、私が悪いんだが……」

「はい?」

「シャンデリーは、あまり、歓迎されてない。わかっていたと思うが……あ、いや準備に関してはきちんと叱っておくぞ。冷たい水に花を浮かべるなんてイタズラや、服だって、食事の説明もそうだ。きちんと辞めさせる。すまない」


 あれもこれも嫌がらせだったとは、つゆ程も思っていなかったけど。墓穴を掘った旦那様から目線を逸らしてシェフに視線を合わせれば、やれやれと言った顔で笑ってる。


 この屋敷の()()あるあるなのね。


「シェフは」

「ジェフリーだ」

「ジェフリーは、他の使用人とは……仲がよろしいの?」

「自然と、時間が経つうちに慣れてきたみたいだぞ」

「あらそう……じゃあ、私も慣れてもらうしかないみたいね」

「そうだな」


 私とジェフリーのやりとりに何を思ったか、旦那様がぐいっと私を引っ張り上げた。はてなを浮かべていると、軽々しく抱き上げられて歩き出す。


「食べ終わったならいいだろ」

「食べ終わってますけど……」

「いくぞ」

「どちらに?」


 扉を出たところで、ぴたりと旦那様が立ち止まる。メイドや執事たちは、旦那様を見た途端作業を中断してキレイなお辞儀をした。


 私は、丁寧な対応をする相手には相応しくないと判断されていた、ということを今更実感する。種族の壁のせいもあるだろうし、私が生贄の奥様というのもあるだろう。


 別段問い詰める気も、怒る気にもならない。


 人であるジェフリーが居ることがわかったし、旦那様も私のことを気持ち悪いとは思いつつも歩み寄ってくれている。それだけで十分だ。


 私の身に余るくらいの幸福だとすら思う。


「行きたいところは、ないか?」

「旦那様の愛人のところ?」

「は?」

「愛の食べ方を知りたいんです!」

「またそれか」


 はぁっとため息混じりに答えられるのは、変わりない。それでも、仕方ないなという表情をしたのを私は見逃さなかった。顔が近いせいもあるかもしれない。


「愛人ではないが……」

「愛人以外にもいらっしゃるんですか?」

「まぁ……そうだな……」


 カツン、カツン、と旦那様の靴音が響くたびに、メイドや執事たちは道を開ける。それでも、話しかけてこないのは、私が居るからだろうか。


「変か?」


 黙って考え込んでいた私に、歩みは止めずに旦那様が問う。何に関して、かは考えずともわかった。私が居るから、話しかけてこないわけではないのだろう。


「吸愛鬼は、気軽に目上の方とお話されませんの?」

「それは人間も同じだろ」


 たしかに。


「私は、怖いらしい」

「こんなに美しい顔をしてらっしゃるのに?」


 頬に手を伸ばせば、すいっと避けられる。それでも、耳まで赤く染まってるのは……慣れていないのだろうか。私の質問には答えずに、旦那様は一人語りを始める。


「愛を食べられないと、飢えてしまう」

「まぁごはんですものね」

「私は燃費がどうやら悪いらしい」

「だから、愛人がたくさん必要なんですね」


 ふむふむと頷きながら、頭の中で話をまとめていると、またため息混じりに答えが返ってくる。


「黙って聞けないのか」

「あら、黙って聞いて欲しいんですか?」


 そうじゃないような顔をして、そんな言葉を放つだなんて。素直じゃなくて、まるで威嚇する子犬みたいだ。顔が可愛いだけじゃなくて、そんなギャップまで大優勝。天才すぎる。可愛いの天才だわ!


「……変わってるな」

「変わってますかね」

「俺が会った中では、一番変わってる人間だ」


 うんうんと勝手に頷いて、スタスタ足を進めていく。移り変わる屋敷の中を目で追っていれば、酔いそうになる。変わってる自覚はあるけど、とぼけてしまった。変わってるからこそ、私は今ここに居る。だけど、変わってるは、今までいい意味で使われてこなかったから。


 旦那様のあまりに優しい変わってるの言い方が受け止めきれない。


 着いた先は、執務室のような場所。書類を整理している男性が、旦那様に気づいて立ち上がった。執務を担当してるのだろう。手元の書類には、いろいろな国の言語が蠢いて見える。


「どうしたんですか、休めって言われたのに」

「手を出せ」

「は? いやいや、奥様持った状態で?」

「いいから」

「引かれますよ」

「……引かん」


 渋々と腕まくりをした先には、なんの変哲もない筋肉。この方があいじ、愛人?


「奥様下さないんですか」

「見たいらしいからな」

「はいはい、どうぞ」


 諦めが早くすっと口元に腕を突き出す。旦那様は躊躇なく、牙を突き立てて吸い上げた。数秒足らずの時間だったが、食い入るように見つめていたらしい。


 血が出る様子はないけど、肌に開いた牙の跡が痛そうだなと思った。瞬間、スルスルと傷口は塞がっていく。


「治療魔法的な……?」

「そういうもんだ」

「原理はわかっていないんですの?」

「知らん、興味もない」

「変わってますねぇ……」


 本日二人目からの「変わってる」の言葉に、瞬きをする。この人の「変わってる」も嘲でも、気味の悪さでもない。ただ、優しい音だった。


「ちなみに、何の愛だったんですか?」

「こいつは仕事バカだ」

「はい?」

「仕事への愛を時々もらってる」

「熱中しちゃうと休みなく働いちゃうので少しだけですけど」


 良いことなのでは? と思う。強すぎる愛は、時として毒だから。そして、まるで私みたいだなと感じた。


「仲良くなれそうだわ」

「仲良くならんくて良い、これで満足か?」

「私のも食べて見てくださればいいのに」


 ぷいっと顔を背ければ、クックっと抑えきれない笑い声が耳に響く。旦那様は、呆れたような声で「変わってるな」とまた口にした。


「とりあえず食べてください!」


 手をそっと旦那様の口元に突きつける。牙が肌に触れることはなく、ソファに下された。


「どうしてそこまで食べられたいんだ」

「気になるじゃないですか。食べられたらどうなるのかなとか、旦那様のお腹はいっぱいになるのかなとか、感情の変化は? 可視化できない愛がなくなった時、気持ちはどうなるかとか、ほらほら!」


 捲し立てて唇に腕を押し付ける。軽く触れた唇に恥ずかしくなって引っ込めようと思った瞬間、旦那様の腕が手を押さえつける。


「それなら、私への思いをいただこう」


 ぶつり、と肌が切れる音と明確に吸われていく旦那様への興味。永遠のように続く時間を計る余裕もなく、体の中から何かが薄れていく感覚がした。


 先ほどの男性が慌てて私たちの間に入ろうとする。すっと唇が離れれば、旦那様の少し切なそうな瞳。


 吸い込まれるようなパープルブルーの瞳は、宝石のようでやはり美しい。


「これで、満足したか?」

「はい、大したことありませんね」

「は?」

「えっ?」


 相変わらず旦那様には興味しかないし、愛情というものが減った感覚もないから本当に吸われたのかすら疑わしく思えてる。私をからかったのかとも思ったけど、先ほどの男性の反応からしてそうではないみたいだし。


「何を吸ったんですか」

「俺への……思いだ」

「えぇっ!? 相変わらず顔がいいし、時々素で出てるであろう俺もときめき止まんないんですけど? 全然変わんない! えっ、ちょっとだけですか?」

「いや、結構ガッツリなんだがな……普通だったら興味すら失せてる頃なんだが」


 戸惑いがちの瞳が、嬉しそうに揺れている。旦那様は、意外に寂しかったのかもしれない。愛を食べないと生きていけない。でも、愛を食べてしまえば、相手が壊れるか、離れていくか。


 きゅんっと胸の奥が切なくなって、両手を伸ばして頭をぐしゃぐしゃに乱した。


「愛という定義から、まず知りたいですわ! 食べられる感覚はわかったので、あとは、どのくらいの思いが、どれくらいの時間で吸い出されるのか。その後の愛はどうなるのか! 知りたいですわ!」

「変わってますねぇ……」

「お前は変だな」


 お前と呼ばれても嫌な気がしない。こんなにいい声にお前と呼ばれるならいくらでも、いいかもしれない。


 ぐしゃぐしゃに乱した髪の毛の下で、旦那様の瞳が優しく私を見つめている。


「イチャイチャはここじゃないとこで」


 くすくすと笑うのを辞めもせず、男性は私と旦那様の背中を押して部屋から追い出した。


「リズナリー様、この奥様手放しちゃダメっすよ。じゃ、俺もしばらく休みまーす」


 パタンと扉が閉まり、私たちは廊下に取り残された。旦那様は、何も言葉を発せず、私をじいっと見つめている。


「なんですか?」

「俺が、そんなに好きなのか?」

「はい?」

「いや、変だなと思ってな」

「まず、顔がどタイプです。めちゃくちゃ好みです。パープルブルーの瞳も、鼻の高さも、髪型も、大好きです。彫刻にしたいくらい」

「そうかそうか」

「声も好きです。ちょっと低くて甘めの声が耳に響くと痺れますね。あと、甘やかし癖。きゅんとしました。愛人さんにもしてると思うと、嫉妬するくらいには」

「そうかそうか」


 何を答えても、旦那様は同じ言葉しか返さない。私の変人具合を受け止めきれないのだろうか。それでも、何個も何個も、旦那様の好きなところを言葉にしていく。


「旦那様が、自分の魅力をわかってないとこもいいです。冷たそうに見せて優しいとかギャップ凄すぎるし、それでも、私のために愛を食べないと決断をしていたところも。え、なんで急に食べたんですか?」

「めんどくさくなったからだ」

「はい?」

「お前の質問攻めが、めんどくさくなったからだ」

「は?」


 めんどくさくなったからって……そんなに質問攻め、してた。してました。でも、本当に嫌そうな声じゃない。むしろ、踊るような嬉しそうな声に聞こえた。もう一度ひょいっと軽々しく持ち上げられて、顔が近づく。


「まずは、奥様のお披露目会からだな」

「急ですね。どうしたんですか、旦那様」

「リズナリーだ。リズでも、リズリーでも」

「どういう心境の変化ですか?」

「よし、リズリーと呼べ。俺はシャンリーと呼ぼう。最後がリーでお揃いみたいだろ?」


 旦那様の変化に戸惑いながらも、小声で名前を呼べば、犬のように嬉しそうにパタパタと動く耳まで見えてきた。


「シャンリーとなら、一生添い遂げる自信ができただけだ」

「い、意味がわからないです」

「シャンリーの愛は尽きないだろ?」

「尽きない、かはわかりませんが、リズリー様の顔だけで何度も愛せる自信はありますよ」

「それで十分だ」


 頬にちゅっと唇が付いたかと思えば、また体が軽くなる感触。おやつ感覚で私の愛を食べたな、この人。


「甘くてうまいな」

「良いんですけど、良いんですけど……記録くらい取らせてください!」

「いくらでも、死ぬまでいいぞ」


 私を抱えたまま歩くリズリー様の足音が、まるでスキップのようにタン、タンとリズムを刻んでいた。


 <了>

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