第48話 真相と継承と
「とまぁ、コレが大体の経緯って奴さ。オレ達のことをバカだと思ったろ?」
レオナルドさんが俺に伝えてきた話は、半ば信じられないものだった。
「……15世紀って、600年位前だよな? どうやって生きてんだよ。その、シルヴィア・バルディーニは死なないから分かるけど、あんたはどうやって?」
「あぁ、そのことか。師匠の持つ『愚者』の正位置さ。あのカードの効果は、『すべてのカードの能力を使える』ってものさ。その力で『太陽』と『悪魔』を使えば」
「……『太陽』のカードで肉体的な損傷は元通り。長く生きることで、おかしくなる精神は『悪魔』で問題が無くなるってことか?」
「そうだね。まぁ、そうは言っても限界はある。近頃は5時間に一度位のペースでカードを使ってもらわないと、いろいろ問題が起こってくるようになった。あんまり詳しいことを話すと、ご飯が食べられなくなると思うから辞めとくな」
レオナルドさんがポケットに突っ込んだままにしている左手が、少し変色をしているように見えた。
それを見ないようにしながら俺は質問を続ける。
「その、根本的な事なんだけど」
「なんだい?」
「なんで、そのシルヴィア? が、カードを造る前に殺してでも止めなかったんだ? そうすれば」
「……キミは、命の恩人を殺せるかい? オレは師匠に拾われなければ、その辺の路地裏で野垂れ死んでいた。あるいは動物の餌になっていただろうね。そんな大きな恩を持つ人を手にかけることは――-出来なかったのさ」
レオナルドさんが俺の目を真っ直ぐに見て、伝える。
確かに、それだけ大きな恩を持つ人を殺せと言われても難しいだろう。
俺の場合なら、太陽ねぇを殺せと言われても――無理だろう。
「師匠は『お金持ちになること』が夢だった。それがいつしか、『世界を思いのままに作り替える』にすり替わってしまった。でも、それでいいと思っていた。だけど、間違っていた。だから、ルーカスと相談をして手にかけようとした。……でも、遅すぎました」
「……ルーカスさんはその後どうなったんですか?」
「ルーカスは商船に密航し、カードを地中海に投げ捨てました。その時に船員からに殺された上で、遺体は海に投げ込まれたようです」
現代の価値観で過去を裁くことは間違っている。
だけど、やはりそういう結論になってしまったのか……。
「……海に投げ捨てたって、どうやってカードを?」
「あなたならなんとなく想像がつくのでは無いですか? 露刺朝陽くん。あえてヒントをあげるなら、『太陽』と『悪魔』のカードは便利って事ですね」
レオナルドさんがとても辛そうな表情をしている。
何か、とんでもない方法を使ったのだろう。
身体的損傷を治す「太陽」のカードに、精神的ダメージから回復できる「悪魔」のカード。
そして、決して死ぬことが無い「愚者」のカード。
これらから導かれるのは……。
まさかとは思うけど、そういうことなのか?
「……『愚者』で死なないことを利用して、海に潜った。後は『太陽』と『悪魔』で回復ってことか?」
「その通りです。さすがはこのゲームに選ばれた22人。そして、私が願いを託すのにふさわしいと感じた2人のうちの一人だ」
「……正気じゃないだろ、そんな方法」
「そうですね。でも、そうするしか無かったんです。 ……意外と冬の地中海は寒かったですよ」
レオナルドさんが俺に伝えてきた話は、いろいろ衝撃で。
でも、確かにそれなら筋は通る。
「……22枚は何とか集めたんだよな。なら、そのときに『世界を改変する』って願いを叶えればよかったんじゃ無いのか?」
「もっともな疑問ですね。ですが、それは出来なかった。あの頃のことは、さすがに記憶が曖昧だけど、数年? いや、数十年? まぁ、良いでしょう。海の中からカードを回収した後で、当然それは試しました。ですが、カードから『願いを叶える力』は失われていました」
「……力が失われていた」
「えぇ。理由は分かりませんが推測するとするなら、一度『世界』とのリンクが途絶したことによるのでは無いでしょうか? ですが、オレがこの『世界』を自分のものにしたときに話は変わりました。少しだけ願いを叶える力が戻ったんです」
「……そうか。だから、俺たちを」
「はい。お解りいただけたようですね」
カードから失われた願いを叶えるための力。
レオナルドさんが「世界」を手にしたときに、少しだけ力が戻った。
なら、後20枚をふさわしい人物に持たせる。
そして、願いを叶えるための力を取り戻したカードを回収する。
「ところで露刺朝陽くん。あなたは永遠を生きる事になったら、次に何を願いますか?」
「……どういうことだ?」
「簡単ですよ。永遠を生きるなかで当初の目的である『お金持ちになる』は叶いました。『世界を変える』のはそのための手段でしかありませんでした。その後で、あなたなら何を望みますか?」
レオナルドさんが俺に質問をしてくる。
考えてみよう。
おそらくコレは、レオナルドさんが俺に本当の目的を話すかどうかを試して居るんだと思う。
手段と目的が入れ替わったが、当初の目的は叶ったらしい。
そして、そのための手段が何らかの呪縛になっているとしたら。
永遠の命を得た先に望むであろうものは。
レオナルドさんの言うことから推測するに、金と権力は手に入れているんだろう。
となると、後は――多分、コレしか無いだろう
「……死か?」
俺は呟く。
それを見て、レオナルドさんはうなずいた。
「それが私の今の思いであり、師匠の今の願いです」
「……だから、シルヴィアさんはあんな態度を俺たちにとっていたのか」
「あれは師匠の素です」
「……………………」
意図的に、俺たちを苛つかせるようにしていたんじゃ無いのか……。
ま、まあいいや。
とりあえず、分かったことをまとめよう。
「……不死者を殺せってことか。無茶なことを言う」
「無茶は承知でお願いします。そのための手段は『死神』にあります」
「……一応確認だけどさ、『終焉の宣告者』は試したのか?」
「もちろんです。結果はお解りですよね。結論としては、『愚者』の不死により結果が上書きされてしまいました。ほんの一瞬だけ心臓が止まったようですが、何事もないように鼓動が再開していましたよ」
自らに「終焉の宣告者」を使う。
そうすれば自らを終わらせる事が、本来なら出来るはずだ。
だから22枚のカードを集めて、自らの「死」を願う。
「……じゃあ、お手上げじゃ無いか」
「露刺朝陽くん。あなたは、この戦いを通じて『カードは能力そのものよりも使い方』と言うことを学んだはずです。オレ達には思いつかなかった、『死』を象徴するカードの使い方をあなたなら思いつけるはずです。それで、師匠を終わらせてあげてください」
そうレオナルドさんが俺に依頼をしてきた。
理屈は分かる。
理論も分かる。
だけど、納得は出来ない。
「……バカだな」
俺は思わず呟く。
それを聞いたレオナルドさんは、少し不思議そうな表情を浮かべる。
「確かにオレ達はバカですよ? だから、こんな手段しか……」
「違うさ。俺がバカだって言ってるんだ。お前たちの言うことは理解も出来る。そうすることしか出来なかったことも分かる。だけど、俺には納得が出来ない!!」
俺は力強く宣言する。
「俺は、俺のやり方で、自分の願いも、お前たちの願いも叶えてみせる。だから、少しだけ先にいって見ていろ。レオナルド・ロッシ!!」
「……やはり、あなたを選んだオレは間違っていなかった」
レオナルド・ロッシは俺に「世界」のカードを手渡す。
「約束だ。持っていきな。それと、オレがここに来たときに使った扉が『隠者』の効果で隠してある。その扉をくぐれば、師匠の下へたどり着けるさ」
「……お前の『願い』、確かに受け取った」
「さて、オレは少々長く生き過ぎた。先に逝くとしよう。キミはなるべくゆっくりおいで」
レオナルドさんの身体が淡い光を散らしながら、少しずつ薄れていく。
カードを俺に渡したことで、終わりの時が来たのだろう。
「お前の、願いっ!! 確かに!! 受け取ったからな!!」
俺は薄れゆく人影に対して再び強く宣言を行う。
その人影は、微かな笑みを浮かべたように見えた。
数秒が経過した。
後に残されたものは何もない。
いや、違う。
託された思いが残っている。
「……行くか」
俺は最後の戦いを始めるために、ゲームマスターのもとへと向かった……。
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カードが揃うまで、物語は止まらない――




