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第38話 信念と終焉と

「……待たせたな、村田フレイ」

「えぇ、大分待たされてしまいましたよ。この濃霧で下手にあなたに攻撃を仕掛けるのは危険。そう思って待機しておりましたが、――ようやくですか」


 お互いに一歩ずつ歩み寄る。

 歩みは加速し、やがて走り出す。


「村田ぁああああああああっ!!」

「後藤、方舟ぅうううううう!!」


 体重をかけた一撃が、お互いの頬を襲う。

 拳が交錯し、互いに数歩後ずさる。


「へ、あの頃と何も変わってねぇなぁ。相変わらず、何の思いも宿ってねぇ軽い拳だなぁっ!!」

「そういう貴方も、何も変わっておりませんね。ただ愚直に、真っ直ぐに、迷いなく殴る単純な拳ですね」


 お互いにカードを取り出し、構える。


「あのときと違うことが一つだけあるよな」

「えぇ、あの日。貴方が私を殺した日。そのとき、この崇高な私は貴方の暴力の前に無力でした。ですが、今は違う。このカードの力がある」

「ぬかせ。テメーごときにカードを使いこなせるわけねーだろ」

「さて、それはどうでしょうか」


 一瞬の沈黙。

 そして、互いのカード能力が放たれる。


「No.20 逆位置<キャン・ノット> 後藤方舟の信念を破壊してください」


 村田フレイの「審判」から赤黒い煙が発生し、後藤方舟の身体を包む。


「悪魔 逆位置<ノクターン・オブ・マインドフルネス> そんなもんでっ! 俺様の信念は折れねぇっ!!」


 だがそれは霧散し、獰猛な笑みを浮かべた後藤方舟がそこに立っていた。


「……やるじゃねーか。100点満点中2点ってとこだな。ちったぁ殺す価値が出てきたってもんだ」

「貴方から点数をいただけるなど、光栄ですね。ですがよろしいのですか? 医者である貴方が、私の命を奪うなど。――それに、カードはまだあるんですよ」


 そう言うと村田は「力」のカードを発動し、疾走疾駆する風と化す。

 姿が掻き消え、砂塵だけがその軌道を描く。

 ほとんど視認することは困難なそれ。

 だが、


「はっ! それはさっき見たぜっ!! 悪魔っ! 正位置ぃ!! <葬繰行進曲> 俺様が対象だ!!」


 後藤が自らに「悪魔」の動きを制御する能力を発動する。

 それにより、「自分の考えたとおりの動き」を自身に強制することが出来る。


「……ずいぶんと早いですね」

「テメーがおせーんだよっ!!」


 人間は考えてから動き始めるまでに、ほんのわずかだがタイムラグが発生する。

 後藤は「悪魔」のカードにより、そのタイムラグを限りなくゼロにしていた。

 それにより、視認することすら困難な村田の動きに無理矢理ついていくことが出来ている。

 ついて行けてはいるが、その身体は悲鳴を上げ始めている。


(ちっくしょうっ! きっちぃぜ……)


 肩で大きく息をする後藤。

 対して村田は余裕そうな表情を浮かべている。


「……ところで、先ほどからなぜNo,15しか使わないのですか? 貴方ともあろうものが、この崇高な私を舐めているとは思えませんが」

「…………てめぇなんて、1枚あれば、十分、だ」

「そうですか。では、そろそろ飽きてまいりましたので終わりにいたしましょうか。No,4正位置<支配者の威光> 後藤方舟は自害してください」

「……残念だが、俺様はっ! 俺様の意志以外には、従わねぇ!!」


 村田の頬を全力で打ち抜く後藤。

 たたらを踏んでよろけて数歩下がる村田。

 その鼻から、血が流れ出す。


「……血? あぁぁぁぁぁあ! 血! 血ぃ!!。イヤです。止まってください! 止まりなさい!!」

「……は!! 何も! 変わんねーな!!」


 後藤はそのまま村田を殴りつける。

 しかし、村田は恐慌しつつも目は死んでいない。

 後藤から距離をとり、1枚のカードを取り出す。


「……許さない。この崇高な私に血を流させた。死ね、後藤方舟ぅ。No.6逆位置<クロマキーデリュージョン>」

「今更テメーが何しようが関係ねーよ。俺様の勝ちだ」


 自らの勝ちを宣言し、幽鬼のように歩みを進める後藤。

 だが、その歩みは転倒という結果を招いた。


「貴方は貴方の意志にしか従わないと言いましたよね。ならば簡単。貴方自身に愚かな選択を強制させればいい」

「……それがそのカードの力かよ。クソだな」

「えぇ、最高に汚く美しい。私好みの能力ですよ」


 村田は後藤の上に余裕をもって、優雅に座る。

 格闘技でいうところの、マウントポジション。

 喜色満面の笑顔を浮かべ、幾度となく後藤の顔を殴りつける。


「は、はは、あははっ!! あの、後藤方舟がっ!! 私の下で!! みじめに!! 殴られるままになっている!!」

「……くそゴミが」


 後藤は吐き捨てるように呟き、村田に向かって口内に溜まった血を吹きかける。

 たまらず村田は目を押さえて、数歩分後ずさる。


「……あまりにも下品ではありませんか?」

「は、お上品にしていて死んでたんじゃ世話ねーぜ。下品でも、下劣でも、下等でも、テメーを殺して俺様が生きるためなら、なんだってやってやる」

「…………美しいですね。ですが、もう貴方には飽きました」

「テメーと意見が合うのは癪だが、俺様も飽きた。――そろそろ終わりにしようぜ」


 村田が、「力」のカードを構える。

 対して後藤は、「悪魔」のカードを構えた。

 空気が凍り付いたかのような沈黙。

 時間にすれば1秒もない。

 だが、永遠のようなその時間。


「No.8 逆位置<ドレット・ストライク>」

「悪魔 逆位置<ノクターン・オブ・マインドフルネス>」


 お互いが静かにカードの能力を発動した。

 片や、相手の心に恐怖心を植え付ける力を。

 片や、精神的なダメージを回復する力を。


「……効きませんか。では、No11正位置<独善裁判>この崇高な私に逆らった罪で、後藤方舟を収監します」


 その力は、平沢瑞樹が使っていた「正義」の力。

 自らの思想及び良心に従い、他者を裁く力。

 だがその力は村田フレイには何も、もたらさない。


「なぜですか!? 使い方はあっているはずでしょう!!」

「……てめぇが、『正義』を語れるわけねーだろが!!」


 後藤の拳が鳩尾を射抜く。

 一瞬息が詰まり、しゃがみ込む村田。

 その隙を逃す後藤ではない。


「いい加減っ!! 終われやぁああああああ!!!!!!!!!!!」


 まるでサッカーボールを蹴るように、大きく足を振りかぶる後藤。

 だが、ニヤリと村田が笑った。


「No.6 正位置<混色創生> 後藤方舟と地面を融合させてください」

「……しまっ!!」


 後藤の身体が大地に沈む。

 だが、即死はしない。

 村田がゆっくりと歩み寄り、嘲るような笑みを浮かべた。


「まだ、クロマキーデリュージョンの効果が残っているんですよ? 最も愚かな選択をいたしましたね」

「……ちっくしょぉぉぉぉぉおおおおおお!!!!!!!!!!!!!」


 他者をいたぶることを楽しむ村田は後藤をあえて即死させず、その身体をいたぶる。

 骨が折れ、傷口から砂がこぼれ落ちる。

 もはや、後藤が助かることはない。

 それを示すかのように……。


「さて、終わりましょうか。貴方は私が出会ってきた中で、一番醜く美しい生に執着した方でした。……ですが、少々見飽きてしまいました。もう、終わりましょうか。No.8 正位置<克己軽勝>」


 抵抗をすることを許されない。

 防御することも許されない。

 後藤は強化された身体能力で、その身体を何度も何度も何度もいたぶられる。

 そして、カードを持っていた右腕が千切れた。


「俺様はぁ!! まだっ!!!」

「……いいえ、貴方は終わりですよ。最後に最高に美しい醜さを見せていただき感謝いたします」

「……終わらねぇよ。俺様は未来を託した。アイツなら、テメーに勝てるからな!!」

()(ごと)は終わりにしていただきましょうか」


 村田はトドメとばかりに、光になって消えつつある後藤の頭を蹴り飛ばした。

 数度地面を転がり、それは消滅した。

 村田は所有者の居なくなった「悪魔」のカードを拾い上げる。

 付着していた泥はカードに吸い込まれ、消えた。


「あぁ……最高に美しく、そして最高に醜い。生に執着した姿でした。もはや一種の芸術と評してもよいでしょう。かつてないほど、興奮させていただきました。さて、次は逃げた3人でも追いかけましょうか。彼ほどの芸術になるのは難しいでしょうが、少しは楽しませていただけると幸いです」


 ゆっくりと歩を進める村田。

 村田が去ったその後には、(むくろ)すら残らないただの虚無が広がっていた……。

ご覧いただき、ありがとうございました!

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次話もがんばって書いていきますので、ぜひお付き合いください!


カードが揃うまで、物語は止まらない――

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