第30話 美学と狂気と
「あぁ、人が必死に生きようとする姿はなんて美しいのでしょうか……」
火柱が上がり、焼け落ちて崩れてきた木材。
必死になって逃げ惑う人々。
子どもの泣き声、誰かの叫び声。
そして――助けを求める声。
「最高ですね。実に気持ちが良い……」
その様子を恍惚の笑みで浮かべる人物がいた。
名は、村田フレイ。
薄暗い夜空を焦がすように、そのアパートは燃えさかる。
「……はぁ、美しい。もっとこの崇高な私に生きることの汚なさを見せていただけませんか?」
屋内に取り残され、助けを求める声。
それに導かれるように村田フレイは室内へと入る。
「……たすけっ!」
「イヤですよ。何故この崇高な私があなたのような汚いものに触れなければならないのですか。命が終わる瞬間の美しさを私に見せてくださいよ」
すがりついてきた腕を振り払い、まとわりついてきた腕を蹴り飛ばす。
燃えさかる炎の中で、村田フレイは酷薄に笑っていた。
しかし、だんだんと呼吸が苦しくなっていく。
灼熱により、酸素が失われていく。
意識を失う寸前、村田フレイは思う。
(まだ死にたくはありませんね。もっと、人が死に抗う生き汚さを見せていただきたい)
と。
「……ここは、どこですか?」
「目が覚めたか。あぁ、あんま動くな。幸いにも軽度の火傷で済んでいるが、それでも重傷には違いない。あの火事で、生き残ったんだからな」
そう、後藤方舟は答える。
火事の後、病院に運ばれ緊急手術。
後藤は軽い調子で流しているが、手術は複数回に及んだ。
そして、その命は救われた。
「……ありがとうございました。後藤先生」
「おう、もう来るなよ。病院なんて来ねー方が良いに決まってんだからな」
数ヶ月が経過し、村田フレイは退院した。
だが、その退院の日に迎えに来るものは居ない。
たまたまそ火事の日は不在。
病院に駆け込んできた親は、「助けずに殺してくれ」と懇願する。
医者としての美学により、それを断った後藤方舟。
それ以降、村田の元を訪ねるものは誰も居ない。
後藤はカルテの項目を確認し、同僚の医師へとこぼした。
「……元々住んでいた地域で、村八分。原因は資料に書かれていねーから分からねーが、それに両親が耐えきれず引っ越し。この街に引っ越してきてから、3ヶ月か」
「何があったかは分からないですけど、まだこの時代に村八分なんてあるんですね」
「あぁ、しかもあの親の発言。実の子に向けるもんじゃねーだろ……」
その数ヶ月後だった。
ある国の要人を刺して、臨時ニュースが流れる。
その容疑者として、村田フレイの名が報道された。
後藤方舟が「悪魔」へと身を落とすきっかけとなった、その事件。
その容疑者として……。
「村田フレイ、だな」
「あぁ、これは後藤先生ではないですか。その節はお世話になりました」
「症例、強盗殺人に放火。かつて在住していた村で、隣人宅から金品を盗む。その際に抵抗されたため、殺害。両親が有力者であったため、事件をもみ消すことが出来たが引っ越しをした。その後、自宅のアパートへ放火。多数の人間を殺害。その後も、自らの狂った美学に基づき殺人行為を繰り返した。治療方針、治療不能。よって、この世界から切除する」
「その前に、一つよろしいでしょうか?」
「なんだ」
「あの日、助けていただいてありがとうございました。おかげで――引き続き人が命を失う瞬間の美しさを見ることが出来ました」
その言葉で浮かんだ強い怒り。
しかし、後藤方舟は感情を押し殺し続ける。
「……これより、村田フレイ切除手術を開始する」
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カードが揃うまで、物語は止まらない――




