第20話 勝者と敗者と
薄暗い路地裏に金属が風を裂く、硬質な鈍い音がこだました。
「……勝つ。勝つ。勝つ。勝たなければ意味が無い。今回も勝つ。1番になるんだ」
そう言いながら白の上着に紺の袴――-剣道着をまとった少女が、緩やかに湾曲した鉄パイプを振るい続ける。
その名は、丸村菜生。
水色のショートボブを伝い、ひとしずくの汗が地面に落ちた。
それは地面に染み込み、形すら残さずに消えていく。
「ふぅ……100本、終わり」
汗を袖で拭い、鉄パイプを閂差しの要領で腰へと納める。
丸村は懐から自身のカード――「戦車」を取り出し、じっと見つめる。
「……『勝つための道筋が見える』効果、か」
カードの効果を使用し、思い浮かんだ「勝つための道筋」を思い返す。
「『鉄パイプを手に入れる』、『その鉄パイプで素振りを100回行う』『最初に出会った人物からカードを奪う』か。……ここまでは見えた。ここから先は……もう一度、カードを使うか。『戦車』正位置<勝利への旅路>、発動。このゲームに勝つ方法を示せ」
すると丸村の眼前に文字が浮かぶ。
――この後に出会う人物からカードを奪え――
続いて、「獲物」のいる方向を示すかのように矢印が現れる。
「これまでも、これからも変わらない。一番になる。今回も勝つ!」
丸村は矢印が指し示す方へ歩みを進める。
常勝必勝を旨とするその心が打ち砕かれる事も知らずに……。
――――
――
「もっと、この崇高な私に、あなたが必死に、無様に、そして醜悪に、『生』に執着する姿を魅せていただけませんか? ――そうで無ければ、あなたの価値はありませんよ?」
左腕はあらぬ方向へ曲がり、かすかに骨が見えている。
鉄パイプは無残に歪み、左足の甲を貫いて、地面に丸村を縫い付けている。
(……負ける? ありえないありえないありえない。この丸村菜生が負けるなどありえない。絶対あり得ない。絶対勝てる、絶対かてる、ぜったいかてる)
激痛に耐えながら、丸村は懐にしまっている「戦車」のカードに右手で触れる。
能力を発動し、「この状況から勝利する方法」を示そうとした。
しかし、その眼前に浮かぶのは、ただ一つのメッセージ。
――な~いよ!! ムリムリムリムリかたつむり。
無駄に頑張っちゃって、ざ~んね~んでした~。じゃあね、ばいば~い。
Byゲームマスター ――
というものであった……。
そのメッセージを見た瞬間、丸村の全身から力が抜けた。
思考がまとまらない。感じていた激痛すら分からなくなる。
ただ、早鐘のように打つ心臓の音。その音だけが異常に強く響く。
――勝つ方法が、無い?
あり得ない。
あり得ない、ありえない。
ありえない、ありえない、あり、えない……。
だが、眼前に浮かぶ文字は一言一句変わること無く、自身の敗北を軽い調子で告げている。
「……ウソ、だ」
丸村の表情に絶望が浮かんだ。
「その表情、もう生きることを諦めたのですか?」
白い着物に身を包んだ女が、心底つまらなそうに問いかける。
「あなたにはガッカリいたしました。もう少し、この崇高な私を楽しませていただけると思ったのですが……」
村田はため息をつきながら、丸村へと歩みを進める。
丸村の頬を左手で触れ、撫でる。
まるで、汚れた玩具から汚れを指で拭い取るかのように。
そして、丸村の右眼球に親指で触れる。
「まぁ、良いでしょう。あなたのような『つまらない凡人』でも、この崇高な私によって、最高の死を迎えられるのですから。では、最後にその目に刻みつけなさい。あなたを殺すこの崇高な私、村田フレイの姿を」
村田は自身の親指に力を込めて、押し込む。
およそ人があげられるモノとは思えない絶叫をあげ、丸村が村田フレイを突き飛ばす。
「……とてもムカつきました。この崇高な私を突き飛ばすなど」
村田は口元を拭いながら、ゆっくりと立ち上がる。
その目に宿るのは、狂気。
「せっかく、このまま安らかに逝かせてあげようと思ったのですが、気が変わりました。冥土の土産にあなたの価値観を完全に壊して差し上げましょう」
村田は1枚のカードを取り出す。
そのカードは――「審判」。
しかし村田は、逆さまにカードを構える。
まるで舞台役者のように大仰に、そして優雅に微笑む。
「No,20、リバース。『キャン・ノット』を発動。この凡人の価値観に不信感を与えてください」
すると木箱が現れ、丸村をその中へと閉じ込める。
その木箱はまるで棺桶のようであった……。
(……ここは?)
丸村は暗闇の中で目を開く。
折れ曲がっていた腕は元に戻り、足を貫いていた鉄パイプは元の通り閂差しの要領で腰に帯びられている。
「……夢だったのか?」
ぼんやりとした意識の中、耳を澄ます。
竹刀が打ち合わされる音、裂帛の気合いと共に吐き出される声。床を蹴る音。
見覚えのある、景色。
気がつくと視界が明るくなっている。
間違えようのない、高校の剣道場がそこにあった。
「なぜ、ここに……?」
すると、部室の扉が開いた。
中から現れるのは数人の剣道部員たち。
「なんで部活を辞めたお前がここにいる」
「私たちはお荷物なんですよね。ミスナンバーワン?」
「お前と剣道するの、疲れたよ。もう、消えてくれないかな」
「そのムカつく面、二度と見せんな」
「お前のことは好きだったけどさ……、でも、無理だよ。お前、怖いし……。今は嫌いになった……」
そう、口々に言われる。
(……これは、あのときの)
丸村の脳裏に浮かぶのはかつての記憶。
インターハイ個人戦で優勝、団体戦で準優勝。
そのときに負けた仲間に、「お前のせいだ。お前のせいで1番になれなかった」と言ったときに相手から言葉の数々。
1番以外には価値がない。
故に、罵倒した。
そのときの記憶。
「おまえさ、1番じゃないと意味が無い。勝たないと意味が無いって言っていたよな。じゃあ、あいつに負けたお前はもう何の価値も無いじゃん。死んで良いよ」
「……あ、あぁ」
自身が持つ「勝利」という価値観。
それが根底から否定され、無価値と化した。
それでも、自らのカードである「戦車」に手を伸ばす。
きっと、多分、もしかしたら、ここから勝てるかもしれない、と……。
だが、表示される言葉は一言一句変わることのない無情さ。
自己を否定され、自己を拒絶され、自己を喪失した……。
そして丸村の意識は闇へと消えていく。
再び、視界が光に包まれる。
「戻ってきましたか。いかがでしたか、無価値の凡人さん。自分の価値観を否定されるお気持ちは? 最高の気分では無いですか?」
そう、村田フレイは問いかける。
だが、丸村にはもはやそれに答える気力が残されていなかった。
ただ一言だけ「……ばけもの」とつぶやいた。
そして、「戦車」のカードが手のひらからこぼれ落ちる。
「さようなら、自分の価値観と言う糸に縛られた、哀れな操り人形さん」
丸村の身体が消えた後、そう村田はつぶやき「戦車」のカードを拾い上げる。
「……今回も退屈でした。もっと生き汚い、生に執着した美しい醜さをこの崇高な私に見せていただける方はいらっしゃいませんかねぇ」
村田はその場を後にする。
残されたのは、地面に落ちた「敗北者」が流した涙の跡だけであった……。
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カードが揃うまで、物語は止まらない――




