第19話 淘汰と崩壊と
「ただいま戻りました。師匠」
「おつおつ~。で、進捗は~?」
豪奢な黒檀の机にうずたかく積まれた書籍。
それにデザインを合わせた揺り椅子に座り、ゲームマスターである風谷七詩は「世界」のカードを持つ人物に尋ねる。
「今回は『隠者』と『星』の2枚を回収することに成功いたしました。ただ、これ以降はどんな形であれここまで生き残っている人物が相手となります。そのため、かなり苦戦が予想されるかと思います」
「そっか。でも、キミなら余裕でしょ?」
そう言うとゲームマスターはニヤリと表情をゆがめ、「世界」のカードを持つ人物を見つめる。
それに対してため息をついた「世界」のカードを持つ人物。
「余裕。か、どうかは分かりません。ですが、対策を立てることは可能かと思います。師匠が見ている限りで、今の状況と今後の様子はどうなりそうですか?」
「ん~? 僕が見ている限りで良いのかな~? そうだなぁ……」
顎に手を当て少し考える。
そして、その質問に対しての答えを口に出す。
「まずは二瀬野陽彩だけど、あの子はもうダメだね。思考を歪ませる『正義』の逆位置、<バイアス・シール>を受けている。もう自分の『正義』に対して疑問を持たされてしまった。で、そうなると……」
心底楽しそうに笑いながら、風谷七詩は指を鳴らして続ける。
「ゲームオーバー。あの子はこれまで歪んでいるとはいえ、自分が妄信する『正義』に縋って生きてきた。だけど、その軸が揺らいでしまった。もう耐えられないよね? 自己否定、自己の崩壊。後は自滅までのカウントダウン開始~ってこ~と」
「……つまり?」
と、「世界」のカードを持つ人物が尋ねる。
「簡単な話さ。もう放っておいても勝手に壊れるから、キミが手を出すまでもないってことさ~」
そう言って、風谷七詩は手元にあるリストに目を落とした。
そこに書かれた22人の名前。その中にある「二瀬野陽彩」という名前へ、万年筆を用いて2重線を引いた。
すでに退場した「有幕遊」の名前にも2重線が引かれている。
同様に、「隠者」と「星」のカードを持つ人物の名前にも2重線を引くゲームマスター。
まるでその2本線は、墓標のようであった……。
「他の人物たちはどうでしょうか?」
と、「世界」のカードを持つ人物がゲームマスターへと尋ねる。
風谷七詩はクスリと笑い、その問いかけに対して答える。
「まずは後藤方舟。『悪魔』のカードを所有しているんだけど、他に『魔術師』と『女帝』。後は『吊るされた人』に『節制』の合計5枚を持っているね」
「大体1/4ということでしょうか」
「そだね~。けっこうやる気まんまんで良い感じじゃない? ま、知らないけど」
「カードの回収に向かうとするとかなり厄介になりそうですね」
「そうでもないよ? 後藤くんは確かに強いんだけど脆いよ。だから幾らでも崩しようはあるし、いざとなったらお荷物になってる『魚住優江』くんから順番に整理していけばいいし」
そして、リストの「露刺朝陽」に目を落とす。
「僕が一番怖いと思うのは、この『露刺朝陽』くんかな?」
「……露刺朝陽ですか? すみませんが、私にはそう思えません」
「へぇ? なんでなんで?」
風谷七詩が面倒臭そうに、「世界」のカードを持つ人物へと尋ねる。
「この人物は、過去に受けたトラウマが強すぎます。一度曲がってしまった針金が完全に元に戻らないのと同じで、そこを刺激されれば早晩にも精神崩壊を起こします。そうなれば」
「もうやった」
「え?」
「ゲームのルール説明をしたときにもうやった。確かに気絶こそしたけど、その後はどういうわけか立ち直ってたんだよねぇ~。例えるなら、加工硬化ってとこかな? 僕は科学とかマジで超絶大っ嫌いなんだけど、そんな言葉があるらしいよね~」
その言葉に、「世界」のカードを持つ人物は沈黙した。
「で、次は月代聖良くんね~。本人はどうってこと無いけど、カードの能力自体は厄介だよね~。自分で創っといてなんだけどさぁ、『思考をできなくする能力』ってさ何それ? チートだよチート。創ったやつは馬鹿だと思うよ。ムカつくことに自分の顔しか浮かんでこないけど!!」
「……師匠、自分で創ったんですよね?」
「うん、4日連続での徹夜テンションは怖いよね」
「……だから、ちゃんと寝ろって言ったじゃないですか」
その言葉に少しムッとした顔をして、「君は僕のお母さんかっ!!」というゲームマスター。
それに対して「いや、弟子ですが」とだけ返す、「世界」のカードを持つ人物。
「……まぁ、いいや。ほかに面白い子はいないかぁ~?」
「師匠、村田フレイはどうなんですか?」
「……君さ、ボクが必死にスルーして見ないようにしてるの、分からなかった? ねぇ、空気読んでよ」
風谷七詩はため息をつく。
「……こいつを参加させたのは、完全に失敗だった。僕の計画、根底からぶっ壊されそうなんだけど?」
「それならば私が排除しましょうか?」
「……無理だね。君の力は信じているし、信頼もしている。でも、そんな次元ではない。こいつの事はまるで意味が分からない。理解できないし、理解もしたくない。アレは生きたエラーだよ。全く、誰だよここにアレを連れてきた馬鹿は」
「……師匠ですよね?」
「…………………だから、困ってるんだっての!! 誰かのせいにしたいのに、自分の顔しか浮かんでこないんだって!!!!」
風谷七詩は寒気を我慢するときのように、少しだけ震えた。
部屋に沈黙が流れる。
「……はぁ、誰かこいつを消してくれないかな? そしたら、こんなに僕の胃が痛くならなくて済むのにさぁ……」
「胃の痛みくらいなら直せますよね。師匠の力なら」
「……それはそうなんだけど、違うんだよなぁ~」
常のふざけた様相はどこかへ消えたかのように、本気で頭を抱え机に突っ伏すゲームマスターである風谷七詩。
その姿を見て、「世界」のカードを持つ人物は微かに笑った……。
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カードが揃うまで、物語は止まらない――




