第1話 邂逅と交錯と
俺の意識が深海から浮上する潜水艦のように、ゆっくりと覚醒していく。
(ここは……どこだろう……?)
後頭部に感じる柔らかな感触。
この感覚には覚えがある。
誰かに膝枕をされているのだろう。
(膝枕か……。あの日の太陽ねぇを思い出す……)
まどろみを覚え、眠りの世界へ旅立とうとした。
だが、ゲームマスターの言葉が俺の意識を呼び覚ます。
確か、「カードを奪われたらゲームオーバー! この世界から完全に究極に一片のかけらも残さずに消えてもらいまーす!」と言っていたはずだ。
覚えた危機感。その感情と焦燥から身を起こして距離を取ろうとする。
だが、
「いったーい!!」
女の人の声が耳に届く。
だけど、俺自身も痛みに悶えておりそれどころではない。
俺の意識が戻ったかを確認するために、俺のことをのぞき込んでいたところに頭突きをした形になってしまったようだ。
「すみません! 助けていただいた恩をこんな形で返してしまって。俺にできることならなんでもするので、許してください」
頭よさそうな黒髪ロングヘアの美女。
我ながら頭悪そうな表現だが、俺の語彙力ではそれが限界だった。
頭を押さえながら、恨めしそうに俺を見ながら告げる。
「……それなら、あなたのカードをください」
そう言って、その人は唇に微笑みを浮かべて冗談のような口調で告げる。
その言葉に、冷汗が流れる。
ゲームマスターのルール説明が本当だとしたら……。
カードを奪われたら――死。
「すみません。でも、それはできません」
「ん? いま、なんでもするって言いましたよね?」
「……すみません。何でもと言っても出来ることと、出来ないことがあります。そして、これは出来ないことです」
そういうと、その女性は表情を和らげて俺に言い聞かせるように言う。
「いいですか? 簡単に『なんでもする』って言ってはいけませんよ。それこそ、今みたいに『なんでもするなら、死んでくれないか?』と言われたらどうしますか?」
その声は穏やかではあったが、言葉には確かに鋭い針のような力を感じた。
しかし、その剣呑な雰囲気を消しその女性は続ける。
「あなたのお名前は? 私は月代聖良って言います。持っているカードは『女教皇』になります」
「……俺は、露刺朝陽です。カードは名前が書かれていないのでわかりませんが、たぶん『死神』のカードだと思います」
「なるほど、『死神』ですか。ちなみに、もう能力は確認されたんですか?」
ゲームマスターは、タロットカードの正位置と逆位置に即した能力が与えられていると言っていた。
そしてカードの能力を知るためには、カードに血を垂らせばいいと。
何かの怪しい儀式のようで、すこしだけ気味の悪さを覚えた……。
「正位置は『終焉の宣告者』という能力で、何らかのものを『終わらせる』能力らしいです。逆位置は……ないみたいです」
「ふ~ん、そうなんだ。ところで露刺くん? ちゃん? 聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「……俺は男なので、『くん』でお願いしたいです」
「わかった。露刺くん。なんでそんなに素直に私の質問に答えてくれるのかな? ここは殺し合いだってこと分かってる? もし私があなたを倒してカードを奪うつもりだったら……」
その言葉で俺の背筋に緊張が走る。
この人は悪い人では無い。
そう感じた俺の直感を信じたい。
だから俺は静かに答える。
「……そのつもりなら、俺が気絶している間にしますよね? だから、信用してもいいかなって」
「ふ~ん、そうなんだ。なら、その信用に答えて私も正直に言うと、『女教皇』の能力は正位置が『未来海路』って言って、簡単な未来予測。逆位置が『サーキットブレーカー』って言って、人の思考を中断させる能力なんだって」
「……もしかして俺がそう言うってわかってました? その『未来海路』でしたっけ?」
「ううん、この能力も限界があるみたいなの。『自分が経験した過去の事象をもとに』ってことだから、露刺くんのことをよく知らないからカンみたいなものかな? 少しは分かるつもりだけどね?」
そういって、月代さんは優しく微笑む。
改めて月代さんを見つめる。
知的な雰囲気をした黒髪のロングヘア。
そこに赤い眼鏡をかけている。
タイトスカートに、ノースリーブのセーター。
まるで学校の先生みたいな印象。
「……ここは?」
そのついでに周囲を見回してみる。
年季の入った木のカウンターに、油染みが浮かんだ床板。
少しだけ、饐えたような臭いがする。
床には埃が少しだけ積もっており、踏むと小さく軋んだ。
まるで、廃業してから少し時間が経過した居酒屋のようだ。
カウンターがあってその内側に俺たちはいる。
少し離れた場所には、乱雑になっている机や椅子。
それから、割れた酒瓶の破片が飛び散っていた。
「月代さん、この後どうし……」
俺が月代さんにこの後の行動を相談しようとした時だった。
乾いた破裂音が、飲食店の入り口の方から反響するように響いた。
刹那、俺の頬に何かが掠めていった。
垂れ落ちる赤い雫が床を汚す。
それは痛みと共に、一筋の熱を俺に与えた……。
「露刺くん! 伏せて!!」
月代さんが俺の頭を地面に押しつける。
頬が痛い……。
その痛みが俺を現実に呼び覚ます。
アメリカに住んでいた時に、父親に連れて行ってもらった射撃場で聞いたのと同じ音……。
その音が自分に向かって放たれたと言う事実に、俺はイヤというほどに現実を突きつけられた。
つまり、この世界は殺し合いの世界なのだということを……。
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カードが揃うまで、物語は止まらない――