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第18話 正偽と矛盾と

「……どいつもこいつも僕のことを馬鹿にするっす。なら、そんな奴は壊してしまえば良いっすよね。それが『正義』っすから」


 粘り着くような風がその路地を吹き抜ける。

 二瀬野陽彩は小さく呟く。そして、顔を上げる。

 そこには狂気に満ちた笑みが浮かんでいた……。


「正義のためになら、あらゆることは肯定されるべきっす。だから、僕が人を殺してカードを奪うのも正義っすよ……」


 その声には――確信が宿っていた。

 奪われ、虐げられ、壊される。


「正義のためになら、人を殺しても良いっす」


 二瀬野がそう信奉し、崇拝する正義。

 だが、それを否定する声がその場に響いた。


「いや、それは間違っている」

「……誰っすか、お前」


 二瀬野はその言葉の主を無感情な瞳で見つめる。

 暗闇の中、一人の女がそこにいた。

 一見すると優しそうにも見える瞳には強い意志が宿り、長い白髪が月光を受け淡く輝く。

 服装は黒の着物と袴。

 そこにあわせるのは、五つ紋の羽織。


平沢(ひらさわ)水城(みずき)。法と良心に従い、悪を裁く者だ。――お前に、裁きを下す」

「はっ? 法っすか? ただの人が妄想しただけの文に何の価値があるって言うんすか? そんなもん、クソ食らえっすよ! 法律なんて、強者が弱者をいたぶるために作ったゴミっすよっ!!」


 二瀬野は敵意をむき出しにし、平沢に対して怒鳴る。

 平沢は微動だにせず、ただ無価値なものを見つめるような冷たい目に表情を変える。

 そして、冷たく、ただ、告げた。


「法を無視し、己の正義をただ無秩序に巻き散らかす。お前のやっていること、それは正義ではない、独善ですらない。ただの『悪』だ」

「……僕は、僕は! 正義っす!!」


 地を蹴り、飛びかかる二瀬野。


「塔! 正位置!! <崩天の号令>ぃっ!! 落石!!」

「……お前のような奴には理で説いても無駄だろうな。ならば、カードの力と法の力によりお前に裁きを下そう。正義の正位置<独善裁判>。これよりお前への裁判を開廷する。被告人は名前を名乗れ。――これは命令だ」


 発生した落石が消え、二瀬野は自らの名前を平沢へと告げる。


「……は? 何で? 何で落石が消えたっすか!? それに何で、お前に名前を!!」

「ここは今、お前を裁く法廷と化した。この『正義』のカードにより、お前を断罪する。たった今から、お前は『被告人』だ。二瀬野陽彩」

「……そのカードをよこせっ!! 僕が正義っす!! 正 義 は ボ ク の も の っ す ! ! ! !」


 二瀬野は平沢からカードを奪おうとする。

 しかし、


「刑法第236条、未遂罪第243条により、お前には5年以上の有期懲役が科される。よって5年の有期懲役に処す」

「うるさいっすよ! 『正義』は僕にこそふさわしいっす!! 『塔』正位置<崩天の号令>ぃっ!! 火災ぃいぃぃぃぃぃっ!! 燃えろ! 燃えろ!! 燃えろっ!!! すべてを焼き尽くして、僕の正義を証明するっすよぉ!!」


 二瀬野の狂気に包まれた声がその場に響く。

 周囲一帯が炎に包まれ、すべてを焼き尽くそうとする――狂炎。

 その炎に対して平沢はため息を付き、言葉を紡ぐ。


「カードの効果で作り出したこの法廷。そこにお前は放火を行った。よって先の判決を取り消し、刑法110条の規定により死刑に処す」


 平沢の冷たい正義の声が響くと同時に、世界が揺らいだ。

 炎は掻き消え、空間が歪む。

 平沢と二瀬野の中間に天秤のような影が浮かび、それが二瀬野の方へと傾いた。


「執行」


 二瀬野の足下の大地が消える。


「……はっ?」


 二瀬野の身体がその穴に吸い込まれるように、落下する。

 しかし、その首に太い縄が絡みつく。

 喉に焼けるような痛みが走る。

 息が――できない――。

 足が宙を蹴る。

 ――何もない。

 首の縄に手をかける。

 ――ほどけない。

 薄れ行く意識。

 ――眼前には平沢の姿。


「終わりだ、二瀬野陽彩。お前は『正義』を語りながら、私欲を満たそうとするだけの『悪』だ。――そのような『悪』は、決して許さない」


 その絶対者のような姿。これが正義だと言う姿。

 二瀬野の目には、その姿が偽善者のように映る

 そんな奴に、殺されるのはイヤだと言う執念。

 それが奇跡を呼んだ。

 二瀬野が持っていた「塔」のカード。

 それは決して壊れないし、汚れることすらない。

 唯一にして絶対の理。

 平沢が二瀬野を断罪するための縄を、「塔」のカードが切り裂いた。

 二瀬野は生還を果たす。


「……お前の、よう、な、『偽善者』に、僕、みたいな、『正義』が、負け、る、訳、ない、っすよ。 ……そんなもんで、この、僕を、殺せる、わけが、ないっす、よ」

「……偽善者か」


 平沢の眉が一瞬だけ、不快感を示すかのように動いた。


「……それならば、それで良い。法の下には感情など不要。ただ淡々と、取り決められたことを実行する。それが、正義だ。 ……そう、あるべきだ」


 明確な意思を持って、平沢を睨み付ける二瀬野。

 平沢も自信の信じる「正義」にのっとり、断罪の宣言を行う。


「死刑。再執行」


 だが、何も起こらない。

 平沢の冷静な目に、うっすらと焦りが浮かぶ。


「……おまえ、みたい、な、『偽善者』が、『正義』、を、語れる、訳が、無いっす、よ」


 息も絶え絶えではあるが、それでも自らの信じる正義にのっとり宣言する二瀬野。

 平沢へ向けゆっくりと歩み寄り、その頬を力なく殴りつけそのまま崩れ落ちる。

 その顔にはうっすらと笑みを浮かんでいた。

 しかし、力尽きたかのように倒れ伏す。

 その姿を内心の動揺を隠しつつ、垂れる冷や汗を乱暴に袖で拭いながら平沢はゴミを見るような目で見つめ続ける。


「正義、逆位置。<バイアス・シール>」


 二瀬野の腕に「X印」の刻印が刻まれる。

 それを見て胸をなで下ろす平沢。


「カードの効果が使えなくなったわけではないのか。おそらく、一度執行された刑罰は再執行できないと言うことだろうか。ならば、判決内容を変更。平沢を殴りつけたことによる傷害罪。刑法208条による刑罰を執行する。ただし次回再会するまでの期間は、執行猶予とする。これで、効果があればよいが、『偽善者』と言われて動揺してしまったか。……まだ未熟だな」


 虚空を見つめ、平沢は呟く。


「正義は法だ。これは絶対だ。間違ってなどいない」


 自らに言い聞かせ、自らを納得させるかのように呟く平沢。

 その場を後にする姿は、「正義」という名の「偽善」に揺れ動くかのように影が左右に振れていた……。

 残された二瀬野陽彩。

 その身体は――震えていた。


「僕が悪? 違う。違う。違う……」


 誰にも届くことのない呟きは、やがて嗚咽へと変わる。

 誰にも届くことのない正義は、闇へと消えていった……。

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次話もがんばって書いていきますので、ぜひお付き合いください!


カードが揃うまで、物語は止まらない――

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