第16話 冷笑と好物と
「……何だったんだ、あいつらは?」
思わず俺は呟く。
あれから少し、場所を移し「今わかっていること」と「わかっていないこと」を整理するために月代さんと廃屋の一室へ入った。
「私にもわかりません。ただ一つだけわかるのは、『あの二人は、自分たち以外には興味がない。それを邪魔しようとする人間は排除する』って考え方をしているんじゃないかってことですね」
「……危険じゃないか」
「危険ですよ」
月代さんが簡潔に。
しかし確実に言い切る。
その瞳はじっと何かを考えているようだった。
「あの二人はまだ分かりやすいから良いですよ。ほかの人たちがどんな考え方をして、この世界に居るのか。協力してくれるか、それとも敵対するしかないのか。それすら判断ができないですから」
「……もう、訳がわからない」
俺は頭を抱える。
「ふ~ん、キミ達は難しいことを考えてるんだね~。うん、えらいえらい。ハゲるよ?」
思考を乱すような、どこまでもふざけた声が聞こえてきた。
この声には、聞き覚えがある。
俺は反射的にその場を飛び退き、カードを構える。
月代さんもその七色の髪をした少女をにらみつけながら、カードを構えている。
「おまえ、ここに何しに来やがった!! このクソみたいなゲームマスター!!」
俺の怒声。
それを意に返さずに、ゲームマスターは人の神経を逆なでするかのような軽やかな口調で言葉を紡ぐ。
「はいはい、このボクがやる気だったらキミ達なんて秒で倒すよ。秒だよ秒。だ・か・ら、安心してね~。それと、ボクのことは敬意を込めて風谷七詩と呼んでね。クソだなんて言うと泣いちゃうぞ? 結構ガチめに」
「……安心なんてできるかよ、クソが」
俺は吐き捨てるように言い、ゲームマスターをにらみつける。
だが、ゲームマスターは涼しげな顔。
「そんな目で見たら、泣いちゃうぞ? かわいい女の子の姿になった露刺朝陽くん?」
「……今更、俺にそんな言葉が通じるとでも? 俺にあるのはおまえへの怒りだ」
俺は「死神」のカードに、こいつの「死」を望む。
そして、カードを発動しようとした。
「女教皇。逆位置<サーキット・ブレーカー>このゲームマスターを対象にします」
それより一歩早く、月代さんがカードを使う。
だが、
「うん、良い判断だね。だけど、残念だったねぇ~。このボクに効くわけないじゃん。当然そのくらいは対策してるって」
「やっぱり対策はしていますよね。それより、何もしてこなかったあなたが、わざわざ私たちの前に姿を現した。何か目的があるんですよね?」
月代さんが問いかける。
それにゲームマスターが軽い調子で答える。
「せいかーい! ご褒美として、これを二人には贈呈しちゃうね!」
ゲームマスターが2つの紙袋を俺たちの足下へ投げつけてくる。
俺はゲームマスターをにらみつけたまま、紙袋を拾い中身を取り出す。
中には鼻腔をくすぐる焦げた醤油の匂い。
「……テリヤキハンバーガー?」
その袋の中から出てきたものは、あの日太陽ねぇと一緒に食べてから大好物になったテリヤキハンバーガーだった。
月代さんの方を見やると、イチゴ大福がその手に握られていた。
「ここまで生き残ったから、出血大サービスだよ! 特別にキミ達の大好物を用意してみましたー。そういう嗜好品があった方が楽しいでしょ?」
「……なぜ俺の好物を知っている」
「ひみつ~♪ ほら、秘密の多い女の子の方が魅力的でしょ! じゃあ、ボクは他の子たちのところに行かないとだから、ばいば~い!」
そう言い残し、ゲームマスターの姿は掻き消えた。
後に残されたのは静寂。それと食品。
俺はそれを投げ捨てようとした。
こんな訳のわからない物を食べるのは怖すぎるから。
だが、それを月代さんに制される。
「露刺くん。ゲームマスターはその気になれば私たちを爆殺できるはずです。だからわざわざこういった物で、私たちを殺す理由なんてないと思うんです」
「……それもそうか」
俺はため息をつき、包み紙を開く。
ゲームマスターの施しに内心、イラつきと不快感は残るけど食べ物に罪はない。
「……うまい」
――――
――
「で、後藤方舟くんさ~。君はこの『こしあんのおまんじゅう』と『ビターなチョコレート』のどっちが良いかな~」
ゲームマスター。
風谷七詩が後藤方舟を挑発するように、彼女の前でその2種類のお菓子を揺らしている。
「……どこまでもふざけた奴だ」
後藤は怒気を隠さずにそう言い、ビターチョコレートをひったくるようにその手から奪い取る。
当然ゲームマスターを対象として「悪魔」のカードを使ってみたが、何の影響も起こらなかったため癪ではあるがその行動に従うことに決めていた。
「ふざけてなんかいないよ~。これは本気さ」
「余計悪い。用が終わったんならさっさと消えろこのクソゲームマスター」
「こんな魅力的な女の子に対して『クソ』とはひどいなぁ~。泣いちゃうぞ?」
「うるせえよ」
「まぁ、ご機嫌斜め30度な後藤くんのことはほっといて~、キミ。魚住くんは焼きそばパンを贈呈しよう! はい、拍手。感謝して崇め奉ってね!!」
「……毒とか入ってないんですよね」
「ないない。そんな必要ないよ」
そう言うとゲームマスターは魚住の耳元に口を近づけて、耳打ちをする。
「そんな物入れる必要ないんだよ~。だってあのルール説明の時みたいに、『ボンッ』ってしちゃえば良いんだから~」
「ひっ……!」
その言葉に魚住は「そのとき」のことを思い出したのであろう。
大きく震える手で、渡された焼きそばパンを握りつぶしてしまっていた。
ゲームマスターは少し顔を離し、その表情を実験生物でも見るかのような冷たい目で見つめる。
数秒が経過したところで、飽きたかのように顔を後藤へと移した。
「ちなみにボクとしては、後藤くんならおまんじゅうの方を選ぶと思ったんだけどね!! だって、キミ。本当は甘い物の方が好きなんでしょ?」
「……テメェ」
「きゃあ! こわ~い!!」
そう言い残し、ゲームマスターは姿を消す。
残された後藤の表情は、およそ人間が人間に向けてはいけないような憤怒の色に染まっていた……。
握りしめた拳。
その中で砕けてしまったチョコレート。
包装が破れ、中のチョコレートが体温で溶け、雫となって滴り落ちる。
あたりには静寂が残り、ソースの香りとチョコレートの香りだけが残されていた。
――――
――
「う~ん、他のみんなには『好きな食べ物』をあげているんだけど~。二瀬野くん、キミにあげられるものは何もないね!!」
「……なんっすか!! えこひいきでもするっていうんっすか!!」
二瀬野は「塔」のカードの正位置の効果で、落石を発生させる。
しかし、ゲームマスターはそれに対して軽く手を振った。
発生した落石は砂となって霧散する。
「だって、キミには『好きな食べ物』がないんだろ?」
ゲームマスターはかすかに微笑みながら、そう告げた。
その言葉で二瀬野は動きを止める。
脳裏に浮かぶのは、腐敗物や汚物でも生きるために口にした日々。
そして、頭を抱え、膝を付き、まるで痙攣したかのように震え始めた。
「あ~ぁ、つまんないなぁ~。キミはからかいがいも無い。もう飽きたからいくね~。ばいば~い」
ゲームマスターはそう言い残し、七色の光に包まれるようにして姿を消した。
後に残された二瀬野陽彩が小さく何かをつぶやいている。
その言葉は徐々に大きくなり、やがて絶叫へと変わる。
「どいつもこいつも馬鹿にしやがって!! こんな世界、全部壊れちゃえばいいんっすよぉ!!」
その悲痛な叫びは誰にも届くことがなく、空間に溶けていった……。
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カードが揃うまで、物語は止まらない――




