第15話 目的と対決と
「……このゲームを終わらせたい」
俺は静かに呟く。
俺自身の過去。そして、月代さんの過去。
それを聞いた上で、俺にはゲームマスターへの怒りが沸いていた。
「……人の心を弄ぶようなこのゲーム。俺はこのゲームを、終わらせたい」
その怒りが結晶となり、結実し、そして確固たる意思へと昇華する。
覚悟は決まった。
目的も定まった。
後はそれを実行するだけだ。
「でも露刺くん。ゲームを終わらせるといっても、手段はあるんですか?」
「……今のところ何もないです。でも、だからこそ俺たちに協力してくれる人が必要なんじゃないかって思うんです。このゲームを終わらせたいと心の底から思っているようなそんな人が」
「カードをすべて集める、でしたっけ?」
「22枚のカード。俺たちも含めて22人。そのすべてを……」
俺にはわかっていた。
そのためには、俺か月代さんのどちらかが死ななければならないという事実。
だけど、今はあえてその現実を見ないふりする。
俺は一度だけ深呼吸をする。
少しほこりっぽい空気ではあるが、今はそれが逆に心地よい。
「ここに居ても協力してくれそうな人も、敵対してくる人も出会えません。いきましょう月代さん」
「……もう、大丈夫なんですか?」
「ええ、大分体力も回復しました。いけそうです」
月代さんは少しだけ悲しそうな表情を浮かべ、そしてすぐにいつもの笑顔に戻る。
その、悲しい過去を塗りつぶした塗り絵のような笑顔に……。
いつか、月代さんが心の底から笑える日が来れば良いのに。
そう思った俺の思いは、工場倉庫のような場所を出た時の空気に吸い込まれていった。
「どうします露刺くん。協力してくれそうな人ってどうやって判断しましょうか?」
「……考えてなかった。月代さんのカードでなんとかなりませんか? 俺のだと基本『能力を解除』みたいな使い方しかできないですし」
「私の能力は私の頭の回転が速くなるだけですし、しかも過去に経験したことが判断の根拠になるのでそこまでの応用性はないですよ……」
「……どうしよう」
思わず口からこぼれてしまった弱音。本当に嫌になる。
こんな自分のことを変えたいと思っていたはずなのに。
覚悟を決めて一歩を踏み出そうとしたら、すぐに壁にぶつかってしまう。
それでも―――俺は先に進みたい。
難しいことはいったん後にして、今はできることから確実にやっていくしかない。
「ねぇ、露刺くん。何か人の声がしませんか?」
「……しますね。あの建物の陰でしょうか?」
月代さんのその言葉に俺は立ち止まる。
少し先にある荒れた家。
その陰から人のような声が聞こえてくる。
でも、この声は……。
少し、いや。不自然な程に無邪気な笑い声。
「子ども……?」
「……二人居るみたいですね」
俺たちは警戒をしながら建物の陰から顔をのぞかせ、声のする方を見やる。
そこには八歳くらいの女の子が2人居た。
同じような顔をしているところを見ると、姉妹か双子だろうか?
おそろいの黒いギンガムチェックのワンピース。
片方は淡い色の茶色をしたセミロングヘヤー。
もう片方は濃い色をしたセミロングヘヤー。
そんな二人の女の子が、楽しそうに話をしていた……。
「ねぇ、彩菜お姉ちゃん。お姉ちゃんは美玲のこと好き?」
「美玲ちゃん。もちろんだ~いすき。美玲ちゃんは彩菜のこと好き?」
「うん、大好きっ! こんなよくわからないところだけど、彩菜お姉ちゃんと一緒だから怖くないよ!」
「もう! 美玲ちゃんったらかわいいんだから!! ギュッてしちゃう」
……なんかよくわからないけど、イチャついている。
とてもじゃないけど、「このゲームを終わらせるために協力してほしい」と言えるような雰囲気ではない。
俺は月代さんに視線で「こいつらはダメそうなので、次に行きましょう」と伝えて、踵を返そうとした。
たまたま足下にあった小枝を踏み折ってしまい、その音にあの2人組が体をビクッとさせて反応する。
「おねぇさんたち、私たちに何か用ですか?」
先までの甘ったるい砂糖を煮詰めたような声色ではなく、カラメルを通り越して焦げ付いたかのような剣呑な声色で彩菜と呼ばれていた方が俺たちに尋ねてくる。
いや尋ねるというよりは、詰問するといった方がより正確かもしれない。
よく見ると顔も先までの楽しげなものから、能面のような無表情に二人とも変化していた。
その二人の瞳に映るのは、明らかな――不快感。
俺の直感が告げる。
こいつらは危険だ、と。
「……お、おまえたちはだ、誰だっ!」
震える声で問いかける。
それに対して、美玲と呼ばれていた方が答える。
「お姉さん、失礼ですよ。人に名前を尋ねるときはまず、自分が言うべきじゃないですか。まぁ、良いです。双川美玲です」
「……双川彩菜です。マナーも知らないなんて、お姉さんはおバカさんなのかな?」
俺は精一杯の虚勢を込めつつ答える。
「……馬鹿とは何だ馬鹿とは。馬鹿っていった方が馬鹿なんだぞ馬鹿」
「……露刺くん。子どもの喧嘩ですか?」
月代さんがあきれたような声で俺をたしなめる。
しかし、その目は一切の油断なく双子を見つめている。
「私は月代聖良です。この銀髪の子は露刺朝陽さんです」
「へぇ~そうなんですね。でも、興味ないです。彩菜は美玲ちゃんだけいれば良いから。ね。美玲ちゃん」
「うん、美玲も彩菜お姉ちゃんだけ居れば良いんだ。だから、お姉さんたち消えてくれない?」
そしてその双子はカードを取り出す。
「「恋人 正位置<混色創成>」」
双子の姿が光に包まれる。
光がはれると、そこには1人の女が立っていた。
黒髪のセミロングヘヤーをして、インナーカラーに茶色。
服装は黒のワンピース。
年齢は15歳くらいだろうか?
「……融合したのか?」
俺は呟く。
「へぇ、全くのおバカさんじゃないんだ。露刺さんだっけ? あなたの目的は何? 場合によっては協力してあげても良いけど?」
「……俺の目的は、『このゲームを終わらせる』ことだ」
「終わらせる? ふざけないでっ!」
俺の答えにその姉妹で融合した女は激高する。
「ゲームが終わっちゃったら! 二人で一緒に居られなくなっちゃうじゃないの!! 余計なことしないでよ!!!」
「……っ!」
そのあまりの豹変ぶりに俺は絶句する。
「……露刺くん。カードの用意を」
「月代さん?」
「忘れたんですか露刺くん。ここは……」
月代さんが言外に俺に伝える。
ここは「殺し合いの場」なのだと。
「お姉さんたち、少し遊んであげる」
そう言って融合した二人が俺たちに襲いかかってくる。
だから、俺は……。
「死神の正位置<終焉の宣告者>。恋人の<混色創成>を終了させろ」
カードの能力を発動し、一人を二人へと分裂させる。
「「……あれ?」」
「月代さんっ!! いまっ!!」
「女教皇 逆位置 <サーキット・ブレーカー> 双川美玲を対象として思考力を無効にします!!」
「美玲ちゃん!! どうしたのっ!! しっかりして!! ねぇ!! ねぇ!! ねぇ!!!!」
俺自身があの能力を食らったことがあるからよくわかる。
あれを食らうと、何も考えられない一種の無気力状態になる。
少し暴力的ではあるが、これで無力化できただろうか……?
「……月代とか言うあなたっ!! 美玲ちゃんに何をしたのっ!!」
「少し眠っていただきました。これで少しは話ができますよね」
「できるわけないじゃん! ばーかばーかばーか!! 恋人 正位置<混色創成>私と美玲ちゃん! もう一度恋人の正位置っ!! <混色創成>!! 地面と私たち!!!! おねぇさんたち、許さないから!! 次にあったときは必ず殺すから!!!!」
そう言い残し、融合をした姿でどこかへと消えていった……。
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カードが揃うまで、物語は止まらない――




