第13話 追憶と再会と
「……寝ちまってたのか」
室温を「節制」のカードで調整したせいで快適となっている室内。
後藤は毒づく。
「……最悪だな。あの頃の夢とか」
理想と使命に燃えていた、かつての自分。
狂気と激情に手を汚した、今の自分。
その手を血で汚すのは同じであるが、真逆のベクトル。
自分に嫌気がさして、後藤はため息をつく。
(さて、そろそろ行くか……)
露刺朝陽を探すために行動を起こそうと、立ち上がろうとしたときだった。
後藤の背中に、悪寒のようなものが走る。
感じるのは誰かの視線。
(くそが! この俺様としたことが!!)
後藤は「節制」のカードを手で探りながら、その視線をたどる。
静かに後藤を見つめるその女は、青みを帯びた白髪に少し明度の低い青色の瞳。
体格は一目で女性とわかるそれである。
そしてその女性が後藤に対して声をかける。
「ずいぶん不用心ですけど、お昼寝ですか?」
「……頭をすっきりさせた方が良いからなぁ」
売り言葉に買い言葉ではないが、相手の調子に合わせて後藤は発言を返す。
その間も油断なく相手の姿を観察する。
服装は黒の旗袍。
そのスリットから見える足には、ほどよく筋肉がついている。
おそらく選手までは行かないが、本気で水泳を行っている人物である後藤は医療従事者としての過去から推測する。
「安心してください。もし、そのつもりならあなたが眠っている間にあなたのカードをもらっています。それでも心配なら、私のカードを地面に置きます」
「……複数枚持ってるかもしれないだろ。信用できねぇな」
「……そうですね。確かに信用されるには足りないかもしれませんね」
そう言って、その女はかすかに微笑む。敵意は感じられないが、その表情にはどこか含みがある。
床に置かれた「月」のカードを後藤は見つめ、舌打ちをする。
「てめぇのことは信用ならねぇが、そのカードに免じて話くらいは聞いてやる。てめぇの目的は何だ? この俺様のカードが目当てじゃないってなら、何が目的だ!」
「これは私がお世話になった医者の先生に言われた言葉なんですけど、『相手のことを知りたいなら、まず自分のことを教えてやれ』って言われたんです」
「……どこでその言葉を」
後藤はその言葉に対して緊張が走る。
その言葉はかつての医者時代。担当した占いが好きだけど、少し内向的な女の子にかけてやった言葉。
今思うと青臭くていやになるが、当時の自分は本気でそう思っていた言葉。
それを今、この場で聞くとは……。
「もしよければ、このカード。『月』の力を使っていくつか質問をしても良いですか?」
「……先にカードの能力を説明しろ。いや、信用ならねぇな。なら、こうしよう。俺様のカードの力で、てめぇのカード能力を説明させる。それならてめぇは嘘をつけねー。そして、俺様は万が一危険と判断したらそのままてめぇをぶっ殺せる。これでどうだ?」
「わかりました。それでお願いします」
後藤は胸ポケットから「悪魔」のカードを取り出し、「正位置<操送行進曲>」を発動する。
「おい、てめぇ。おまえのカード。『月』の能力は何だ」
「はい。『月』の能力は、正位置が<真実の追究者>で、自分がした質問に対して嘘偽りなく答えさせる能力になります。逆位置が<シー・スルー>で、相手が隠しているものを見破ることができます。例えば、鞄の中に何かを入れているかといったものを見破ることができます」
「次の質問だが、てめぇは他のカードを持っているか」
「いいえ、私のカードはこの『月』1枚だけです」
「良いぜ。なら、俺様は『悪魔』の正位置。その効果を終了する」
「……これで、信用してもらえましたか」
後藤はかすかにうなずく。
女は床に置いたカードを拾う。
「なら、今度は私の番ですね。『月』正位置。<真実の追究者>。これからする質問に嘘偽りなく答えてください」
「どうせ拒否できないんだろ。良いぜ、答えてやる」
「まずは、あなたの名前を教えていただけますか。それとお仕事を」
「後藤方舟。職業は無職だが、前は医者をやっていた」
その問いかけに対して、その女は「やっぱりか」と言う顔をする。
そして、さらに質問を続ける。
「では、『魚住優江』という名前を知っていますか?」
「ああ。医者時代に俺様が担当した女の子だ。確か、授業中に頭を打って急性硬膜下血腫の疑いがあったので開頭手術にて血を除去した」
その答えに対してその女性は静かに微笑み、ゆっくりと歩み寄る。
「……お久しぶりです、後藤先生。魚住優江です」
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カードが揃うまで、物語は止まらない――




