幼馴染と付き合わない絶対に避けられない理由
「今日は私が夜にごはん作りに行くから、ちゃんと家にいてよね!」
「はいはいわかったって、お前は俺のおかんか」
「言っとかないとまたどっかでテキトーに食べて帰るでしょ!」
「ファストフードは手軽でいい……」
「部活終わったら行くから!」
「わーかった、わかったからさっさと部活行けって」
「もうっ!」
そう言い残すと、大きめの鞄を持った女の子が部活へと参加するため、足速に教室を出ていった。
教室に残ったのは先ほどの女の子にきゃんきゃんと言われていた目の前の男子生徒と自分のふたりきり。目の前のそいつはひとつため息をつくと、「勘弁してくれ」とこぼした。
何を勘弁してくれだこの野郎、ふざけんな。
そう思うのは自分が狭量なのだろうか?
「……あんたらふたり、ほんとに付き合ってないわけ?」
「付き合ってねー」
……家にごはんを作りに来るような間柄で?
朝も一緒に学校に来て、夕飯一緒して、あの距離感で? どう見ても付き合ってるっていうか、周りももうそういう空気っていうか……。正直、未だに彼女ができたことないモテない男子たちからめちゃ羨ましがられてるって気付いてるんですか! 今も凄い目で睨まれてるのに!
しかも、しかもですよ!
「……幼馴染なんだっけ、確か」
「あー、まぁ、うちの母さんの友達とかで、昔からちょくちょく……だから幼馴染でいいと思う」
あらやだ羨ましい。
女の子の幼馴染とか、普通に考えてウルトラレアくらいの高レアリティの存在じゃん。世の男子100人が100人欲してやまない存在、それが可愛い幼馴染。
しかも料理まで作りに家まで来てくれるなんてスキル持ちですよ、排出率0.04%くらい? これがもし人権キャラになったら人生ってゲームをもう引退するしかないって人多いよ。神様仏様、ピックアップガチャの復刻はやくしてやくめでしょ。
そんな誰もが羨む状況にある目の前でなんか不貞腐れてるこの男、なぜそんな甲斐甲斐しくお世話してくれる幼馴染を邪険にできるのか、これがよくわからない。ていうか付き合ってるんじゃないの?
「だから付き合ってないって、それにあいつもそんな気ないから」
「えぇ……あの状況でそれは……」
ほんとでござるかぁ?
いやいや……ええ、ほんとでござるかぁ?
「つーかさ、だいたい幼馴染幼馴染言われるけど、幼馴染ってそんないいもんじゃないぞ?」
「え、どこが? 全世界の男子が羨んで仕方のない最強キャラじゃん」
「わかってねーな……いいか? 幼馴染ってのはな、必ず寝取られるもんなんだよ!」
「……………………はぁ?」
何言ってんだこいつ、頭おかしくなったのか。
寝取られる? いやいや、何言ってんだこいつ。思わず2回言っちゃったわ、もう一回言っちゃう。
何言ってんだこいつ。
「何言ってんだこいつ」
あらやだ4回目言っちゃった。
「例えば……そうだな、あいつの部活、陸上部だろ?」
「知ってる知ってる、この前もなんかの大会でいい成績残したーって話題になってたし、なんかすごいらしいじゃん」
「ああ、将来を嘱望された選手だ、そうなるとそういう合宿なんかにも招かれるわけだ」
「あー、そういうのってやっぱりあるんだ、強化合宿みたいなやつ?」
「まぁそんな感じだ、あいつも今年の夏になんか行ってたし」
よくあるよね、合宿。
自分は体育会系の部活に入ったことないからよく知らないけど、部活の仲間と寝泊まりとかちょっとワクワクするよね、ちょっとイベントみたい。
「そういう合宿って、外からコーチとか指導者を呼んだりするわけだ」
「ん、そう……なのかな? いやそんなこともあるのかな、強化合宿だし」
「いや、俺も部活とかやってないから知らんけど、でもそういうのってやっぱ有名なコーチとか、大学生のOBとかが来るもんなんだよ、そうしたらそこから始まるのはあいつに目をつけた個人的な練習だ」
「え、待って待ってなんか今ものすごい話が飛躍したな?」
「昼間はマンツーマンでトレーニング、夜にはマッサージだなんだと呼び出され睡眠薬なんかを盛られて弱みを握られて逆らえなくされてそこからはなし崩し的に……合宿期間中に時間をかけてじっくり調教されて最終日には自分から求めるように……!」
「いやいやいやそれはおかしい」
「それが世界の真理というものだ」
ふっと遠くに視線を飛ばす友人……友人? こいつと友人でいてもいいの? 大丈夫? こいつと同じ変人だと思われてない? やだ……こいつと同じ扱いとか困るんだけど……普通の人なのに……。
「まぁ部活関連でなくてもだ、例えば俺とあいつが付き合い出すとする」
「早くくっつけばいいよもう見てて本当にイライラするから」
「そうなると今度は年上でチャラくて女と見たらヤることしか頭にないようなイケメン、たとえば3年の池面先輩あたりに目をつけられて、無理矢理合コンとかに連れ込まれてそこで酔わされる等々の手段で弱みを握られて、最終的には身体から堕とされしまうんだ……あーだめだめ、もう目に見えるようだ」
「救急車呼ぼうか?」
救急車は救急車でも、俗に言う黄色いやつだが。
だめだ、こいつがこんな意味不明なことを考えているとは思っていなかった、だいぶ頭おかしい。だから彼女との仲が全く進展しないのか……まったく、それを見せられている周囲の気持ちも考えろと言うものだ、どう見てもお互い好き同士だと言うのに。
「あのさぁ、そんなんだとそのうちマジで他の男に持ってかれるぞ? 好きなんだろ、そろそろ素直になりなよ」
「仮に俺があいつのことを好きだったとして、他の男に持ってかれた場合はBSS、僕が先に好きだったのにという展開もあってだな」
「頭にアルミホイル巻く?」
ダメだこれは。
実際に幼馴染を他の男に持っていかれてから後悔すればいいんだ、そんなふうに思った今日この日から数えて3日ほど経った頃だろうか?
幼馴染のあの子が、こいつのところにやってこなくなったのは。
キッカケがなんだったのかはよくわからない。
いつもなんやかんやと言いに来ていたのが、「あれ、そういや今日見かけないな?」となり、「今日来なかったな」になり……それから1週間。
彼女がこの教室に来ることは一度もなかった。それどころか、朝昼夕のどの時間もこいつと一緒にいるところを見ていない気がする。
こいつに聞くのもなんとなく憚られるものがあったので、それとなーく彼女のクラスの子にどうなってるのかって話を聞いてみたところ、どうも彼女に彼氏が出来た、というのだ。
なるほど、そうやって気にしてみると、確かに別の男と一緒にいるのを見かけるようになった。そして今も、目の前を彼女と別の男がいかにも仲良さげに歩いているような状況だ。
……正直、いたたまれない。
「だから言ったろ、いつかこうなるって」
隣を歩く友人にそう声をかけると、ふん、と鼻を鳴らした。
「いやむしろこうなるってわかってたから今まで何もしなかった俺の慧眼を褒め称えるところでは? 言った通り寝取られただろ? だから幼馴染なんてろくなもんじゃないって言ってたんだよこれが幼馴染の真実なんだよようやくお前もこのステージに達することができたなおめでとう!」
早口がすごい。
「はぁ……まだそんなこと言って……ほんとにこれでよかったの?」
「いいも悪いも、あいつの選択に俺が口出しできるもんじゃないだろ、あいつの自由だよ」
そう言いながら隣を歩く友人の目線は前方……仲良さげに話しながら歩いている、一組の男女へと注がれていた。その視線の先にいるのは当然、こいつの幼馴染の彼女だ。
「幼馴染なんてこんなもんだよ、な?」
「いや、自分幼馴染とかいないし」
「田舎のばーちゃん家に帰った時に知り合った男の子、数年後に再会したら実は美少女でとか」
「ないなぁ、うちのおばあちゃんち、歩いて10分のとこだし」
……こんな軽口を叩きながらも、自分が険しい表情をしてると気付いているんだろうか?
はぁ……やれやれ、本当に面倒くさいやつ。
「そういやさ、これ風の噂で聞いたんだけど」
「なに」
「あいつ、ヤバいらしいよ? 外で色んな女の子に粉かけて侍らせてるって噂になってるの、知らないでしょ?」
「…………」
「典型的な外ツラがいいってやつなんだって、それで泣いてる子がうちの学校にもいるけど、そういう写真とか撮られて脅されてるんじゃないかって。まとめるとハッキリ言って人間的にはクズの部類に入るって感じ」
「ま、まぁそういうのに捕まるのが寝取られのデフォみたいなもんだから……」
「なぁ、ほんとにそれでいいのか?」
「いいも何もあいつがそう言う選択したなら、俺にとやかく言う権利は……」
「ほんとに、それでいいのか? 後悔しないんだな?」
「……………………悪い、やっぱ」
そう言うや否や、前のふたりに駆け寄ったかと思うと、一言、二言と声をかけ、彼女の手を引いて無理矢理連れて行ってしまった。
側から見るとDVでもやらかしそうなヤバい男にしか見えなくて笑える。
連れていかれる最中、後ろを振り向いた彼女が物凄くいい笑顔でこちらへ手を振る。
あー、やっぱりね。
「そんなことだろうと思った」
「どんなことだと思ってたの?」
ぽそりと呟いた一言に反応してきたのは、先ほどまで彼女と付き合っている、と噂が流れていた男だ。ていうか、なんでこいつ馴れ馴れしく人の隣歩いてるの、ビックリするんだけど。
「周りから見たら仲良いみたいに思われるからちょっと離れてくれる?」
「まーまー、で? どう言うことだと思ったの?」
どうやら、答えを聞くまで離れる気はないようだ。なんて面倒くさい奴。
はぁー……と、長いめのため息をつき「話したくない」という空気をあえて出してみても、にっこりと笑顔を返すだけ。
この無駄に顔だけはいい男を睨みつける。無反応。
はぁ……。
「煽ったんでしょ、あいつのこと」
「ふーん?」
「あいつ、普段から馬鹿みたいなこと言ってたけど、本音のとこではどう思ってたかなんて周りからはモロバレだったしね」
「そうだねぇ」
「そこにあんたみたいなタチの悪いのに引っかかったって聞けば、さすがに動くでしょうよ」
「タチ悪いって……え、俺ってそんなにタチ悪そうに見える?」
「事実でしょうが」
そう言うや、膝裏に軽く蹴りを入れてやる。
え、なんか嬉しそうな顔しててキモいんですけど……。
「ただ、あの子が自分からこんな暴挙に出るとは思えないから入れ知恵したやつがいるんだろうね」
「暴挙?」
「暴挙でしょ、もしこれでもあいつが動かなかったらそこで終わりなんだし」
「ふんふん」
「タチの悪い男に引っかかったって聞いてそれでも動かないなら完全に脈なしゲームオーバー、お疲れ様でした。長年中途半端な関係にいた子がする行動から見ると、やっぱ暴挙でしょ」
「なるほど?」
「どう考えても自分から率先してやるとは思えない、だから入れ知恵したやつがいるのは確実」
それでもあの子は動いたし、あいつは動かされた。そしてその結果が今だ。
……今頃、ものすごいニヤケ面してるんだろうなぁ、これからは幼馴染ふたりであれやこれやと色々初体験ってか? くそっ、人生なんでこんなに不公平なのかなぁ!?
……というか。
「なに、しれっと隣歩いてんの」
「いや帰る方向一緒だし?」
「並んで歩いてると仲良いみたいに思われるんで離れてくれます?」
「え、なんで俺そんな扱い?」
「あちこちの女の子に手ぇ出してるチャラ男と仲良いと思われるとかこっちの評判が落ちる、しっしっ!」
「ひっでぇ」
「今回の件もこれであの子が失恋したらワンチャン食えるとか思ってたんでしょこのクズ」
「え、待った待ったそんな事考えてないから! いやマジでマジで! え、酷くない!?」
何が酷いものか。
火のないところに煙は立たない、そういう噂があるということはそういう事象があるということに他ならない。つまり酷くない。
さっさと帰れ帰れ、しっしっ。
というこちらの考えを理解しているはずなのに素知らぬ顔で隣を歩くこいつが本当にムカつく!
「────ところで、ちょっと聞いていい?」
「は? 聞かないで欲しいんですけど? この女たらし」
「俺の評価がヤバい……じ、実際のところ、幼馴染で恋愛ってどう思う?」
「聞くなって言ってんでしょーが? ……まぁ、仮に、本当に仮の話として。幼馴染がすぐ移り気するたらし、チャラ男の場合論外。どうせすぐ浮気して泣かされるのはこっち、クズ、死ねばいいのに、隣歩いてるだけで孕まされそう」
「待って待って、え、そこまで言う!?」
「言うに決まってんでしょ、自分の胸に手を当てて聞いてみれば?」
「いやいやいやちょっと待った、なんか俺のこと誤解してるって!」
「知るか」
もう一度、膝裏に蹴りを入れてから早足で距離を離した。
後ろから「いってぇ」とか声が聞こえてくるけど、知ったもんか。
────私は、絶対に!
幼馴染なんかと恋愛しない!!
幼馴染!清楚!勉強得意!アウト!
幼馴染!ボーイッシュ!スポーツ好き!アウト!
幼馴染!奥手!実は可愛い!アウト!
なぜなのか