任務・研究者・使命
〈東海区・ナゴヤ〉
6:30。郊外の住宅地で一斉にアラームが鳴り響く。日勤の官僚たちが目を覚ます時間だ。レイもそのうちの一人で、さっそく仕事着の軍服に着替えた。
部屋を出るとアカネは朝食の準備をしていた。準備といっても簡易食糧のため短時間で完成する。まだ時間があるので二人並んで食べることにした。
静かに食べ終えたレイはタブレットで今日の予定を確認する。午前中はナゴヤ中央研究局に行くことになっていた。そして、午後は地下の緊急調査局・・・つまりアカネの職場へと向かうことになっているようだった。
「どうやら、今日はアカネさんのところに行くみたいだ」
アカネは驚き、そしてうれしそうな表情で反応した。
「政治局の方が来ると昨日聞いていたけど、レイだったなんて。ごりごりの原理主義者の方がきたらどう説明したらいいかと悩んでいたけど、杞憂だったようね」
「そうだな。原理主義者・・いや保守派たちは、その研究にあまり好印象を抱かないだろうな」
「よかった。同僚たちにも共有しておくわね」
「わかった。だが私はさきに中央研究所に行かなければいけないようだ」
「あら、リュウイチ先生のところ?」
「そうだ。あの博士のところにいくようだ」
「あら?なにか不具合を感じて行くように自分から要請したのではなくて?」
「いや、向こうからの呼び出した。どういう理由かはわからない」
「あの人実験にしか興味がないし・・・あまりいいイメージがないんだけど・・・」
「それでも様々な成果を残した偉大な人だ。このナゴヤの有力者の一人だ」
「そうね・・・奇怪な研究を除けば・・・」
「知らないことを解明することはいいと思うのだが?」
「でも私はなぜか好かないんだよね」
「そうか・・・まあ人を選ぶかもしれないな」
出立の時刻になる。制帽をかぶりタクシーを呼ぶ。レイは無人タクシーに目的地を認識させた。タクシーは発進し目的地の方向へと向かっていく。出勤の遅いアカネはそれを見送っていた。
ナゴヤ・・・やはり素晴らしい街だ。この日本列島州において3番目の大都市とされている。川を調教し、大地を従属させたビル群は人類の科学的勝利を裏付けている。空には無音で飛行する監視用のドローンがあちこちいる。信号機や案内看板などに内蔵されている多機能な監視カメラは人々の安全を確保している。統制された完璧な出勤ラッシュは事故も事件もなくスムーズに仕事場へと送り届ける。別の方向を見ると、巨大な画面に映るテレビ放送が今日の天気を正確に受態民向けに流れている。簡単な単語の羅列の放送にレイは酔いそうになっていた。この程度しかわからない受態民に呆れつつ、彼女は連れられて行くのであった。
タクシーが中央研究所のビルの前に止まった。そそくさとレイは出てビルにはいる。そしてレイは受付のアンドロイドに自身の電子コードを読み込ませ、要件を伝えた。受信完了の合図として目が点滅したそのアンドロイドは定型文を読み上げた。
「要件把握いたしました。リュウイチは17階の研究所にいらっしゃいます」
といってすっとエレベーターの方へと手をむける。レイはそれに従うことにした。
ビル内の研究員たちは熱心に仕事をしている。科学崇拝が根底にある連邦にとって科学的研究は進歩を確実なものにするための道しるべであり、促進剤なのだ。さらに、倫理感の存在しない研究所では今まで人がためらってきたことを躊躇なく実行することができる。
エレベーターに乗って17階へ登っていく。ガラス越しにナゴヤが見える。100年前の写真と比べれば段違いだ。木造建築などでひしめき合っていた都市が今やガラスの杖が何本も突き刺さったものになっている。技術の勝利であることが見てわかる。名古屋城跡には新設されたコンクリート製の政治局の本部が置かれている。区画整理によりどこがどんな街なのかも一目でわかる。官僚の仕事場、受態民向けの娯楽施設、官僚の住居・・・嘘をつかない科学と数学の優位性が見て取れる。
17階に着いた。白色のリュウイチの研究室にきた。しかしリュウイチに呼び出されている人は他にもいるようで待たされることになった。仕方がないのでレイは座って待つことにした。そんな時、一人の高身長の女性がレイに話しかけた。覇気のある低い声がレイに突き刺さる。
「やあ、お前も呼ばれたのか?」
レイは驚いていた。そして畏まって返答する。
「あら、オワリさん。私も呼ばれましたが・・・」
「うちもだよ、あのおっさん、なんで呼び出したんだか・・・」
オワリは20歳の金髪の女性だ。鍛えられた筋肉は軍人らしさを際立たせている。ひ弱なレイとは真逆だ。そしてオワリも半機械人類だ。しかも極度に戦闘特科の修正がなされている。両肩に戦艦の主砲のようなものがついており戦闘時にはここから超火力の砲撃が可能だ。オワリという名自体も、昔あった大日本帝国の構想上の戦艦が由来だ。この装備はリュウイチによって生み出された。オワリは戦闘教育(主に市街戦・都市防衛)を十分に受けた若き天才である。
オワリはレイの隣に座る。体格の良いオワリの横に座るレイは小さく見える。
「しかし・・・軍人、しかも特殊部隊のうちをわざわざレイと一緒に呼び出すなんて何事なんだろう?」
「おそらく・・・あの出来事についてだと思います。そう、最近世界中で騒動になったこと」
「あれね・・・気味悪いよね、あれ」
「いろいろなことが謎ですが・・・告げられたことが本当に行われるなら・・・」
それは5日前の話だ。突然世界中の官僚用のパソコンが何者かにハッキングされ、一斉に動画が流れた。黒いフードで顔を覆われた人が虚無の空間で官僚向けに話している映像だった。そのものは”神”と自称し、来年の4月に全世界に対して神罰を行うと告げた。神罰の内容は明かされなかったが、爆破テロなどの破壊活動だと予測されている。それを告げるとすぐにハッキングは解除された。すぐに場所が特定されて現地の特殊部隊が送られたが、その洞窟にあったのは古い型のパソコンが置かれていた蜘蛛の巣が張ったテーブルと白骨化した死体だけだった。この死体が実行したとも考えにくく各地で保安局を中心に調査が行われている。同時にテロに備えるために軍人を中心にそれに対処する計画を立てている。ナゴヤでも同じことが行われているのだ。
「しかし・・・なんで予告なんてしたんだ?不意打ちで叩いた方がいいんじゃないか?」
「実は、予告した日にちは旧キリスト教(※1)のイースターデーなんです。復活祭の日にそれが行われるらしい。神、主の復活だって・・・」
「こんなに猶予期間を与えるなんて・・・ただの馬鹿なのか、それともそれほど自信があるのか・・・」
前方のモニターに二つの識別コードが表示され、部屋の中に入るように要請される。コードはレイとオワリのものだ。レイは腰をあげた。
「呼ばれたみたいですね」
「じゃあ、行こ」
オワリはレイに手を差し伸べる。だが、それが子どもを引き連れる大人のように感じたレイはそれを拒絶してすたすたと入っていく。透かしをくらったオワリは少し不満そうにレイについて行った。
様々な研究書類が詰まれ、データがパソコン内を往来している。そこにいたのは一人の男性。白衣を着用し、眼鏡をかけた小太りのオヤジだった。これがリュウイチ、ここの所長だ。研究で忙しかったのか、洗浄室へ行っていないようで、体中が汗まみれだ。オワリは呆れた顔でいった。
「先生、いくら優秀で特別行動が許されているからって、洗浄をし忘れるのはよくないですよ」
リュウイチは恥ずかしく思いながら話す。
「すまんすまん。くさいか?」
「くさいですよ。今日は洗浄室に行ってくださいね」
「わかったわかった」
一呼吸おいて、レイは発言する。
「・・・それで、私たちを呼んだのはなぜでしょうか?」
にやりとリュウイチは笑う。
「改良だよ。改良。素晴らしい兵器の改良さ」
また始まったとレイは感じた。リュウイチは好きなことになると話が止まらない。何を言っているかわからない時もある。とにかく、話に合わせるようにした。
「期待してもいいでしょうか?」
「もちろんさ。俺と部下たちが徹夜でつくりあげたものだ。役に立ってもらわないと困るからな」
リュウイチがパンパンっと手を叩くと、彼の後ろの部屋から2人の部下が入ってきた。2人で大きな箱を持っている。それをリュウイチのデスクに置くとドンと重圧が鳴る。リュウイチは変な笑い声をしながらカギをあけた。そこには一丁の銃があった。気持ち悪い笑い声とともに話し始めた。
「見ろよ。これが新式の銃だよ」
その拳銃は白黒を基調としており、紅い液体のようなものが中に入っている。
「・・・銃弾を装着する箇所が見当たらないのですが・・・」
「これはレーザー光線銃だ。太陽光と地上の空気さえあればどこでも使える。銃弾の制限もない。横のスイッチで威力を調整できる。最大火力であれば戦車やビルをも溶かせる程になり、低火力であれば相手に重度のやけどを負わせて行動不能にさせることもできる。どのような状況でも使用できる画期的なものだ。さあ持ってみなさい」
リュウイチの早口のプレゼンが終わる。レイは言われたとおりに拳銃を箱の中から片手で取り出す。それをみたリュウイチの部下たちは目を丸くしていた。
「あ、そうだ。いうのを忘れていた。こいつは高機能ではあるがあまりにも重い。普通なら両手で持つことで精いっぱいだ。それを発砲するとなると・・・手や腕がダメになってしまう。だが、お前さんの腕は俺の改良によって重度の強化をしている。つまり・・・これはお前専用のものだ。ありがたく使え」
「ええ、ありがとうございます。・・・しかし、これは持ち運びしにくいのでは?私だってずっとこれを持っているわけにはいきませんし・・・。せめて、収納できるようになればいいのですが・・・」
「・・・あ」
リュウイチは硬直した。
「・・・え?まさかそれを見落としていたのですか?」
「・・・」
「どうなんですか?」
「いいやいいや。今日はただ見てもらいたかっただけだから!これはまだ試作品の段階でな。もうすぐ!もうすぐ完成するから!しばし心待ちにしているがいい!」
「・・・そうですか。わかりました。心待ちにしていますね」
レイは妙なところで計算の悪いリュウイチに対して心の中で苦笑した。
「・・・で、うちは?どうなんですか?ほったらかしなんですけど?若い子優先ですか?いけませんよ?そういうことは・・・」
「そうそう。おまえにも話があるんだった。おまえが装備している砲の弾についてなんだが・・・」
またリュウイチに早口プレゼンがはじまった。
オワリの件も終了した。用事が終わったとみなしたレイは退出しようとしていた。
「では、失礼します」
リュウイチは振り返って笑った。
「ああ、午後からも励みなよ」
「はい。先生も。では」
そうしてレイとオワリは退出した。
レイとオワリは一階へ降りるエレベーターで二人きりになった。ドアが閉まり下り始めるとオワリは愚痴をとばした。
「で、うちはいろいろとあったけどさぁ。おまえにはただ見せびらかしただけじゃないか、あのおっさん。忙しい政治局のレイの時間を奪うなんてなんてやつなんだよ」
「それでも、日本列島・・・いや世界的にみてもすごい先生であるのは間違いないですし。きっと数日で完成するでしょう」
「それもそうなんだよな・・・実際、ここナゴヤの官僚であのおっさんの手にかかっていないものの方が少ないし・・・」
「あの人は実験に熱心だから、いろいろと人をこき使ったり実験体を求めたりとしますからね」
「この都市の改造人間率も高いしな。全部あのおっさんのせいだっていうんだから、驚きだよ」
「あなただってそうですしね」
「そうね。しかも失敗作がないのだから、なおさらすげーよな」
「食用人間を作ったはいいものの、結局共食いが発生して繁殖しなかったみたいなことはありましたけどね」
「まあ、あれはほとんど遊びみたいなものだったし」
「先生にとっては、実験や試作品づくりは仕事や義務ではなく、自身の探求欲を満たすためのものですからね」
「貪欲だね。欲ってあまりいいものじゃないのに」
「害悪ではないですし、社会貢献もそれでしていますので、いいんじゃないですか?連邦もそれを考慮しているかと」
「それもそうか・・。おっと、もう一階に着くね。うち、これから会議があるから急がなくては。失礼するね。また会おうね!」
「えぇ。また今度」
ドアが開くとオワリはすぐに出口へと走っていった。レイは少し微笑みながらそれをみていた。




